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「ねぇ・・・そこに居るのでしょう? 出てきて下さい――」 ある日。 彼女は、いつも通り教室の外にいる僕に、声をかけた。 僕は黙る。 「話したいことがあるんです、どうか――教室の外にいるのは分かっていますから」 良く通る、澄んだ声。 感情の希薄な声。 ――初めて意識する、神の声。 僕は、意を決して教室のドアをスライドさせた。 彼女は、教室中央付近の自分の席に着き、体ごとこちらを向いていた。 「・・・こうして面と向かってお話しするのは・・・初めてですね」 言うと、わずかに口の端を緩めて微笑む。 「・・・はい」 僕はその視線から目を逸らしながら、小さく答えた。そしてそのままの調子で続ける。 「何か・・・ご用ですか」 「ご用だなんて・・・随分妙なことを仰いますね――」 そして彼女は、さらにその口元を歪める。 とても神聖とは言えない形に、歪める。 「いつも――私のことを視姦しているくせに」 「な――ッ」 ぎょっとして、僕は思わず視線を彼女の瞳に戻す。 「あら、まさか――私が感付いていないと思っていた訳でもないでしょう?」 「だ、だけど、でも――」 視姦、という言葉に僕は酷く衝撃を受けた。 そんな、何という淫らな・・・。 僕は、もっと神聖な気持ちで見詰めていたのに。 僕の女神が、僕のことをそんな風に見ていたなんて・・・。 逃げたくなる。 女神の前から、消えてしまいたくなる。 だって僕は、ぼくは、しんせいなきもちで。 きよらかなきもちで、ミツメテ、イタノニ――。 「ふふ・・・別に恥じることなどないと思うのですよ」 混乱した頭に、神の声が響く。 ああ――止めてくれ。それ以上、言わないで。 「そんな・・・そんなことは・・・」 喘ぐように、僕は声を漏らす。 「『そんなことは』? 嘘ばっかり。いつも・・・いやらしい目で、私の姿を見ていた癖に」 呆然と立ち尽くす。 僕は、崇拝していたはずなのに。 敬虔な瞳で見詰めていたはずなのに。 「違う・・・違うのです」 「どう・・・違うのですか。私の脳裏に焼きついた貴男の顔は――とてもいやらしくて、発情した犬のようにしか見えませんが」 糾弾するような口調ではなく、あくまで穏やかに彼女はそう言った。 いつもとよく似た笑顔のままで。 沈黙が流れる。 僕は――僕の思考は、壊れ始めていて。声を出すこともできなかった。 額に大量の汗を浮かべて。視線を宙に泳がせて。時間すら感じられなかった。 沈黙を破ったのは、だから当然彼女だった。 「私は――別に貴男を責めるつもりで呼んだ訳ではないのです。先ほども言った通り、貴男の行動は恥じるべきこととは思いませんし、何より――」 そして彼女は、熱い吐息を吐きながら言う。 「何より、私も貴男に見られることで感じていたのですから」 ・・・僕が、最も望まない言葉。 彼女は、頬を赤くしながらそれを吐いたのだ。 それは、恥じらいではなく、発情の姿――。 僕の脳に、ゆっくりと過去の映像が甦る。 ――彼女の、笑顔。殴られながらも僕に向けられた笑顔。何度も何度も、脳内でリピートさせた笑顔。 痛みを受けて・・・そんな中で、僕の視線を見付け出して、見せる神聖な笑顔。 それは・・・今、目の前にいる、彼女の笑顔と同一のものだった。 頬を赤くして。 決して、全てを赦しているわけじゃあなくて。 ただ、快感に身を委ねる、淫らな笑み。 そして僕は、それに興奮して、欲情して――。 「そ・・・んな・・・」 焦点が、定まらない。 視線はますます虚空を泳ぐ。 呼吸が困難になる。 舌が乾く。 「ああ――ダメよ、もっと、もっと私を見て――ねえ、お願いです。もう我慢できないの。もっといやらしい目で、淫らな私を見詰めて・・・」 彼女の声が、神の声が、僕を壊す。 「貴男の視線があれば、痛みだって快感に変わるんですよ――ほら、私、いつも微笑っていたでしょう? 殴られながら、蹴られながら・・・貴男の視線に犯されて、微笑っていたでしょう?」 僕は、神を、犯した・・・? 意識が、遠くなっていく。 僕の神が、壊れていく。 僕の神が、堕落していく。 僕が、失くなっていく。 ――世界が、溶暗した。 | |