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全校生徒約800名――。 我が校は地域有数の進学校だ。 教師の大半は本校卒業生で構成されており、その誇りの強さたるや他に類を見ない。 エリートによる、エリート育成のための高校であるといえよう。 そのエリート教師は言う。 「我が校の生徒であることを誇りに思え。決して名前に泥を塗る行動を取ってはならない。全員が本校生徒たる自覚と責任を持て」 そんな厳格な環境で育てられた生徒たちの学業成績は、なるほど凄まじいものがある。部活などの運動面での成績は今一つ振るわないが、それを補って余りあると言えよう。 文武両道――世間一般には頑なにそんなポーズを示しているが、実際は学業一本である。テストと大会が重なれば、一も二もなくテスト優先だ。大会に出ることよりテストをこなすこと、体を鍛えるより知識を溜め込むことが良しとされる。 それは、進学率を上げるため。 学力社会において、学校の最大のステータスは「高い進学率」だ。小さな部活の大会で一位や二位になるよりも、ずっと確実で効果がある。 そのために、徹底的に生徒をしごきあげる。そして、その苦しさに負けぬよう、「お前は選ばれた者だ」という思想を植えつける。 これはもはや宗教だ。 自分はエリートである。他校の愚民どもとは違う。そのために辛い仕打ちにも耐えなければいけないし、耐えられるはずである。 強くそう信じこむ。そして信じることは実際に作用する。大半の生徒は、そうして強く歪んだ精神力を身に付けていく。 そのようにして出来上がったエリートの完成品は――教師という形となり、今僕らの目の前にいる。 自分はエリートである。その自分が教えを授けるのだから、生徒もすべからくエリートになるはずである。 彼らは皆、そう信じている。 ――狂っている。 教師も、生徒も。一人残らず狂っている。 個性を活かすと言いながら、教師の指定した枠から溢れ出した者は容赦なく矯正され、もしくは排斥される。 全ては、学業のため。点数のため。進学率のため。 盲目なまでにそれを信じ、実践する。 我が校は、そんな場所だ。 僕は、こんなところに馴染めるはずがないと思っていた。馴染みたくないと思っていた。 しかし、反発するのは大変なことで。 毎日続く教師の説教や、作られた個性をアイデンティティとするクラスメート達が吐く言葉・・・。 そんなものに晒されながら、自己を貫き通すのは限りなく不可能に近い。 僕は、少しずつ、少しずつ順応していった。 仕方ない、仕方ないと・・・自分に言い訳しながら。ゆっくりとその枠に捕らわれていった。 そしていつしか、反発していたことさえ忘れて。 気が付けば、僕は――人形になりかけていた。 僕は違う。周りの犬達とは違う。心の中ではいつもそう思っていたのに。 馴染んでいるなら、「普通」であるなら、僕だって意思を持たぬ人形だ。命令に従うだけの犬だ。 先日のいじめを見て・・・強くそう思った。 そして同時に、そんな歪んだ人形達の悪意を赦してしまった「彼女」が――神々しく思えた。 あの人は、女神だ。 悪意を、穢れを、全て認めて。赦して。浄化してくれる。 こんなにも歪んだ世界に咲き誇る、純白の花だ。 あの微笑がよみがえる。 美しい、汚れない微笑み。 汚れた僕に投げかけられた、至上の微笑み。 ああ、思い出す度に呼吸が止まる・・・。 正確には、だから「惹かれた」という表現は正しくない。魅了されたと言えなくもないが、それよりも・・・この感情は「崇拝」に近い。 彼女は、闇の世界に射す一条の光。僕は、それを崇める「信者」なのだ。 ・・・それから僕は、毎日のように彼女を見詰めるようになった。 目立たない人だなんて、とんでもない。 この狂った世界で、彼女は唯一正しい存在なのだ。 いつだって――あんなにも、まばゆく輝いているではないか。 それから、度々彼女はいじめにあった。 僕は、それら全てを、隠れて見ていた。 しかし・・・彼女はそんな僕を必ず見付け出した。 どんなに隠れても、必ず・・・。 そして、僕と目を合わせると決まって優しく微笑むのだ。 その度僕の胸は熱くなって、苦しくなって・・・汚れた自分を確認し、同時に彼女によって癒された。 しかし、直接言葉を交わすことはなかった。 崇拝する相手と言葉を交わすなど、恐れ多い。矮小な僕の言葉で、彼女が汚れてしまう。 きっと彼女は・・・そんな僕さえ赦してくれるだろう。しかし、それは「信者」たる僕の心が許さなかった。 だから僕は、彼女の声を正確には知らない。以前、授業中に聞いた朗読の声を微かに記憶している程度で、それもよく思い出せない。 だが、それで良いのだ。僕は、彼女について今以上に知る必要はないのだ。 僕は、ただの「信者」だから。「神」を詮索してはいけない。 ただ、崇拝していれば良い。 常に遠くから彼女を見詰め、時折与えられる微笑みという「恵み」に狂喜すれば良い。 幸せだった。 毎日、放課後は校内に残った。 そして彼女が数人に囲まれるのを待った。 メンバーは毎回若干違っていたが、大体いつも三名から五名の女子で構成されいた。 その少女達も皆、救いを求めているのだ――いつしか僕はそう思うようになっていた。 ――無理もない。この荒んだ世界で生きていくには、エリート思想だけでは不充分だ。癒しを求めるのは、至極自然な行動といえる。 そして僕は、繰り返される暴行の一部始終を、恍惚としながら見詰め続けた。 誰にも見付からないような物陰から、じっと見詰め続けた。 そうしながら・・・彼女が僕を見付け、微笑みかけてくれるのを待った。 これが、僕の信仰のスタイルだ。 キリスト教徒が十字を切るように。仏教徒が掌を合わせるように。 そうすることで僕は、彼女の神聖さと汚れた自分とを確認するのだ。 彼女は、絶対の存在。 僕は、下等な存在。 身分を知り、立場を知れば――この「感情」にも説明が付くのだ。 そして僕は、一つの「衝動」に気付かない振りをする。 | |