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ドンドンドン! ドンドンドン!! ――深夜。 僕が布団に入り、目を閉じて10数分後にその音は響いてきた。 玄関・・・誰かがドアを叩いている? 半分寝ぼけたまま、僕は仕方なく玄関へと向かった。 ドンドンドン! ドンドンドン!! 「あー、はいはいはい・・・煩いなぁ」 ぶつぶつと独り言を呟きながら、僕は扉のロックを外してノブを回す。 かちゃ・・・。 「やあ、コウイチ」 「あれ・・・マサトさん?」 ――そこには、爽やかな笑顔のマサトさんが立っていた。 「どうしたんです、こんな時間に?」 「いや、ちょっと聞きたいことがあってな」 「はあ、何でしょう」 寝ぼけていたせいもあって、僕は妙に冷静にマサトさんの話を聞いていた。 よく考えれば・・・おかしいことだらけなのに。 「コウイチ、彼女とは上手くやっているかい?」 またしても、笑顔。 「ああ・・・えっと、おかげさまで」 「そうか、それは良かった。彼女は大切にしなければいけない。生涯のパートナーたりうる存在は、何といっても恋人なのだからな」 「はあ・・・」 段々と、目が覚めてくる。頭の中がクリアになり、思考能力が甦ってくる。 「良いか、彼女というのはだな――」 「あのちょっと、マサトさん」 そこで僕は、ようやく「おかしいこと」の一つ目に気付いた。 「えっと、夜も遅いし・・・その、近所迷惑でしょうから、取り敢えず部屋に上がりませんか」 「む? そうか。そうだな。ああ、そうだ」 うんうんと必要以上にうなずきながら、マサトさんは靴を脱ぎ、部屋へと上がった。 僕は、消していた部屋の電気を再びつける。 「ああ、コウイチ、寝ていたのか。すまないな」 「いや、それは別に良いんですけど」 ―― 一体、マサトさんは何をしに来たのだろう? 先程から今一つ要領を得ない話をするばかりで、ウチに来た明確な理由がつかめない。マサトさんの性格からして、少々考え難いことだ。 マサトさんは、そのまま定位置であるベッドの前に座りこんだ。 「でも、どうしたんです? こんな時間に・・・」 テーブルを挟んで、彼と向かい合う位置に腰を下ろす。 「何か、緊急の用事とかですか?」 ・・・・・・返事がない。何故か、うつむいたまま黙りこんでいる。 「マサト・・・さん?」 「・・・だ、な・・・だ・・・」 「え?」 耳をすますと、微かに呟いている声が聞こえた。口元を僅かに震わせて・・・確かに、何か呟いている。 僕はますます不審に思い、もう一度声をかけてみた。 「マサト、さん? どうしたんです?」 「・・・・・・」 再びの沈黙。 どうして良いか分からない僕は、ただ黙って様子を見るしかなかった。 やっぱりおかしい。 そうだ、さっきからおかしいことだらけじゃないか。深夜に突然、あんな大きな音でノックして、そのまま意味の分からないことばかり一方的にまくし立てて、しかもいつも以上の・・・不気味とさえ言えるほどの笑顔を見せて。 そんなの、オトナなマサトさんの性格からして考えられることじゃない。 僕は、意を決して彼に質問した。 「何か・・・あったんですか?」 「お前に何が分かるんだ! 俺の、一体何が分かると言うんだ!?」 「なっ・・・?」 不意の大声に、僕は思わずたじろぐ。 「あははは、どうした、その顔。何を驚いている?」 ・・・今度は、笑顔。 「なあ、やっぱり俺が悪いのかな? 俺のせいなのかな?」 一転して、普段決して見せない今にも泣き出しそうな表情。 ――混乱している。 感情が、心が混乱している。 あの冷静沈着なマサトさんが・・・一体どうして? 「マサトさん、マサトさん・・・っ!」 テーブル越しに彼の肩をつかみながら、僕は何度も呼び掛けた。 「・・・・・・」 返事は、無い。 「マサトさんッ! しっかりしてくださいよッ!」 「・・・ん・・・?」 マサトさんの目が、ふ、と一瞬だけうつろになる。そして次の瞬間。 「あれ・・・ああ、悪い、ちょっとボーっとしていた」 そんな言葉と共に、彼はいつもの彼に立ち戻った。 「・・・マサトさん・・・。はぁ、ビックリしましたよー」 一体、どうしたというのだろう。ここまで混乱したマサトさんを、僕は見たことが無かった。 「とにかく、迷惑をかけたな」 言うと、彼は唐突に立ちあがった。 「え? マサトさん、話があったんじゃ・・・?」 「ああ、いや・・・良いんだ。なんでも無い」 ――何でも無い。 嘘だ。絶対、嘘だ。何も無くてマサトさんがああまで取り乱すはずが無い。 しかも・・・混乱しただけで、ここまで突飛な行動に出るものだろうか。僕には・・・到底そうは思えない。絶対、何かあったんだ。 「何でも無いわけ・・・ないじゃないですか」 立ち去ろうとするマサトさんの左手をつかみ、僕はゆっくり言った。 「さっきのマサトさん、悪いですけど普通じゃなかったです。いつものマサトさんじゃなかった・・・」 「いつもの俺・・・か」 ぼそり、と目を合わせずにそう漏らす。 そして、僕の手を軽く振り払いながら振り向き、彼は言い放った。 「コウイチ、君には分からないさ」 ――この言葉。デジャヴじゃないかと思わせられる、この言葉。 「・・・あぁ・・・いや。すまないな、心配かけた。もう・・・大丈夫だ」 マサトさんは、少しだけ済まなそうな顔をしながら付け足した。 だけど。僕の耳には、そんな言葉はあんまり届かなくって。 ――君には、分からない。 その一言だけが、ぐるぐると頭の中を駆け巡るばかりだった。 マサトさん。そして、ヒビキさん。二人が共通して発した、この言葉。 僕に・・・何か、隠しているのは間違い無い。 だけど、僕の自惚れでなければ――。 君には分からない。そう言いながらも、マサトさんは僕の部屋に来た。ヒビキさんは積極的に僕に話しかけてきた。 そう――もしかしたら、それは二人の・・・僕に対するSOSだったのかも知れない。 だったら、何か力になってあげたいと思う。直接話を聞くことが無理でも、一緒にいてあげるとか、さりげなく様子を見るとか、僕にだってできることがあるはずだ。 きっと。きっと、あるはずだ。 二人とも、大好きな友人だから。大切な先輩だから。 僕は、マサトさんの背中を見送りながら、そんなことを考えていた。 次の日。アルバイトの、帰り道にて。 僕は、少し・・・いや、かなり戸惑っていた。 「い、いや・・・別に、構わないんだけど」 「じゃあ、今から行きましょうよ。どうせ帰り道ですし」 「えっと、その、結構散らかってたりするし」 「あはは、そんなの気にしません。よろしければ、お掃除もしますし」 「いやそんな、さすがにそれはマズイって!」 「・・・あの、やっぱり・・・迷惑でしょうか?」 「ち、ちち違うってば。だから、えっと、その・・・一応、もう夜だし・・・さあ」 「大丈夫です。ウチ、結構放任なんで。電話さえ入れれば文句言われません。大学生ですからね、これでも」 「あー、えっと・・・そ、そういうことなら、まあ・・・」 「やったぁっ!」 ――要するに、鈴が急に、僕の部屋に遊びに行きたい、と言い出してしまって。僕は・・・なんというか、困ったことに断る術を持っていなくて。 更に困ったことに、女の子と自分の部屋で二人っきりだなんて、今までに体験したことが無くて。 嬉しい・・・んだけど、まあその、嬉しすぎて大変というか。 隣を歩く彼女は、満面の笑みで夜道を歩いている。 無邪気、なんだろうなあ。 僕みたいに、こう・・・いろいろ、色々、イロイロ想像を巡らせてしまうなんてこと、無いんだろうなあ。 そう考えると、恥ずかしくて死にたくなる。 そして、ちょっとだけ残念な気にもなってしまって・・・またそれで罪悪感を感じて死にたくなる。 ・・・ああ、こんなんで本当に大丈夫なんだろうか、僕。 「コウイチさん? どうかしました?」 「あ、いや、別に!」 鈴の声に、不意に現実に戻される。ぶんぶん、と頭を振って、僕は嫌な考えを脳の隅に追いやった。 「ああ、ここ。この角を曲がって、すぐのアパート」 危うく通り過ぎそうになったその曲がり角を曲がり、僕らは大通りから住宅街へと入った。 そして、歩くこと約2分。 家賃4万2千円のアパートへとたどりつく。 「へえ、キレイなアパートですねー」 「まあ、外観はね。そんなに古いアパートでもないし」 そんなことを話しながら、階段を上る。僕の部屋は、2階だ。 そして――階段を上りきったところで、ばったりとヒビキさんに出会った。 「げ」 「げ、じゃないわよ」 僕の、思わず出た当然とも言えるリアクションに対し、彼女は方眉を吊り上げて厳しく返してきた。 「で・・・コウイチ、今帰り?」 「え、ええ・・・まあ」 多少どぎまぎしながら、僕は彼女の問いに答える。 そのやりとりに、背後の鈴が反応した。 「あの・・・コウイチさん?」 「あー! コウイチ、その子ね? 噂のカノジョは!?」 目ざとく――というか当たり前なのだが――鈴に目を付けたヒビキさんは、鈴の言葉を遮るようにそう言った。 「うぅ・・・」 何と言うか・・・一番会いたくない人に会ってしまったものだ。 「コウイチさん・・・あの、そちらの方は?」 少し怯えたような声で、鈴が僕に問う。 「はぁ。仕方ないなぁ・・・。こちらは僕の先輩の春日ヒビキさん。で、こっちは野仲鈴さん」 手早く、二人に紹介をする。 ヒビキさんの方は興味津々といった顔、そして鈴の方はどこか不安げな表情をしている。全く、正反対な二人だ。 「ところで――コウイチ」 不意に、真剣な顔になって、ヒビキさんが言う。 ・・・てっきりからかわれるものだとばかり思っていたので、僕は拍子抜けしてしまった。 「な、何です?」 「ふふ、そんなに警戒しなくても良いじゃない。・・・あのさ、明日、ヒマ?」 「はあ・・・まあ、一応ヒマですけど」 「ちょっと、聞いて欲しい話があるんだけど・・・今日はさすがに、ね」 と言って、ちらりと鈴を見やる。気を使っているらしい。 「分かりました。じゃ、明日」 「うん・・・ゴメンね、引きとめちゃって。あと、カノジョの方も・・・」 ヒビキさんは、軽く会釈しながら、続けた。 「コウイチのこと、ヨロシクね。これで結構イイヤツだからさ」 ・・・今日は、次から次へと信じられない台詞を吐く。まるでヒビキさんじゃないみたいだ。 「・・・・・・」 そんなヒビキさんに対し、鈴はうつむきながら軽くうなずくだけだった。 「それじゃ、今日はこれで」 微笑んで言うと、ヒビキさんは階段へ向かって歩き出した。そして、僕とすれ違う瞬間―― 「初めてだからって、ハリキリすぎて失敗するんじゃないぞっ☆」 ・・・やっぱりからかうんかい。 僕は脱力しながら、一人心の中で突っ込んだ。 そして彼女は、何事も無かったかのように、そのまますたすたと階段を降りていく。 ――マサトさんの部屋に行くんじゃないのか。 軽い疑問はさして気にもならず、僕はそれよりも後ろで強張る鈴の方が気になっていた。 「えっと・・・」 しかし、何とも気まずい。恋人の前で、別の女の人と明日の約束を交わす・・・このシチュエーションで下手なことを言うと、妙な勘繰りをされてしまうんじゃないだろうか。 「さっきの・・・ヒビキさんって人・・・」 ぼそぼそと、鈴が言葉を綴り出す。僕はその一つ一つを体を硬直させたままで聞いていた。 「キレイな、人でしたね。それに・・・何だか、コウイチさんとも仲良さそうで・・・」 「え? あ、いや・・・そ、そんなんじゃないからね? 言っとくけど、あの人にはマサトさんっていう立派な彼氏がいるんだ。僕の目から見ても、お似合いの二人でねー。あ、そ、そうだ! 今度マサトさんも紹介するよ! 凄くオトナで、理知的な人でさー・・・」 ・・・言えば言うほど、墓穴を掘っているような気がしないでもない。でも、言わずにはいられない。言い訳っぽくても、本当に言い訳なんだから仕方ないじゃないか。 「・・・・・」 そして思った通り、鈴の機嫌はなおらない。 自分の経験の無さが、恨めしい。 沈黙は続く。気まずさはそれに正比例してどんどん増していく。何か言わなきゃ――そう思っても、きっと何を言っても通じない。伝わらない。空気でそれが分かってしまう。僕には、何も言えない・・・。 「あの・・・私、やっぱり帰りますね」 「え・・・っ?」 予測され得る、最悪の事態。 「そ、そう・・・?」 考え得る、最悪の返答。 そして鈴は、ぺこりとお辞儀して薄暗い階段を駆け下りていった。 建物に反響する靴音が、妙に耳障りだった。 もやもやとした感情が、僕の中で渦巻く。頭が痛くなる。 ――ああ、やっぱり女の子のことなんて分からない。 半ばヤケになりながら、そんなことを考えていた。 今夜は、眠れそうに無い。 | |