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放課後。 先生が教室から去って行くと同時に、みつみが話しかけてきた。 「ねえねえ、相原さん、今日はもう帰るの?」 「・・・・・・?」 私は、彼女の言葉の意図がつかめず、何も答えられなかった。 「良かったら、一緒に帰らない?」 一緒に・・・? そんな風に誘われるのは、始めてだ。 「・・・構わないけれど」 少し戸惑った後、短くそう答える。 「よしっ、じゃ、帰ろっ!」 彼女は、元気良くそう言い、カバンを持って席を立った。 「あ・・・」 そこで、私はあることに気がついた。 ・・・馨君。 今日も校門付近で待っているのではないだろうか。ここ数日、ずっとそうであったように。 「ん?どうしたの?」 席を立つこともしない私を不信に思ったのか、みつみが私の顔を覗き込むようにして問う。 「・・・裏門から」 「え?ああ、裏門から出るの?いいけど」 特に気に留めた様子も無く、彼女は簡単に了承してくれた。これなら、馨君に会うことも無いだろう。 そして私達は、昇降口から裏門へと向かった。 「家、こっちからの方が近いの?」 みつみが当然出るであろう質問を投げかけてきた。 「遠い」 「へ?じゃあ、何で?」 「ちょっと・・・今、会いたくない人がいるから」 正確には、会いたくない訳ではない。むしろ、今朝のこともあるし、会っておきたいくらいだ。 でも・・・今は、みつみがいる。 みつみと馨君が会うのは・・・嫌な気がした。 二人は、別の世界の人間なのだ。 何故か、そう感じていた。 そんな不明瞭な理由にも関わらず、みつみはそれ以上介入することをしなかった。それが、何となく嬉しい。 「ねえ、相原さん」 「何」 「ああ言っといて何なんだけどさ・・・」 「・・・?」 「相原さんの下の名前って、何だっけ?」 ちょっとうつむくような仕草で、みつみが言う。先程、私がみつみの名を知らなかったのを大笑いした手前、なかなか言い難かったのであろう。 「朔良(さくら)」 「さくら・・・花の桜?」 「いいえ」 「もしかして・・・結構難しい字?」 「そう、かも知れない・・・『さく』の方は。でも、『ら』は、良い、悪いの『良』だから」 「へぇ。すごい、カッコイイね、それって」 ・・・名前に格好良いも悪いも無いように思うが。 しかしまあ、悪い気はしない。私も、自分の名前は気に入っていたから。・・・数少ない、自分のことで好きなものかも知れない。まあ、親が付けたもので、私の意思は全く含まれてはいないのだが。 みつみは、うん、とか、へえ、とかしきりに感心していた。そんなに気に入ったのか。 「あたしなんて、全部ひらがなだしなぁ。憧れるなぁ」 「・・・そう」 「うん。あ、そうだ!これから、サクラ、って呼んでもいい?」 「構わないけれど」 「やった!何か、呼べるだけでも満足!」 それだけのことで、みつみは満面の笑みを浮かべ、喜んでいた。 感情を素直に表現するタイプなのだろう。 「じゃあ・・・サクラ」 嬉しそうに、その名を呼ぶみつみ。 「何」 「呼んでみただけっ!」 あははっ、と笑う彼女。 みつみなりの冗談なのだろう。悪い気はしない。 そんな風にはしゃぐ彼女は、教室にいる時よりも随分子供っぽく見えた。 ・・・知らなかった。 あの人形のようなヒトビトの群れの中に、彼女のような人がいたなんて。 私は、今まで一体、何を拒み続けていたのだろう。 皆、抜け殻だと思っていた。 皆、意思を持たぬモノだと思っていた。 もっと・・・もっと早く彼女の存在に気付いていれば・・・私は、変わっていたかもしれない。 出会いが、遅すぎた。 そして私は、今までの自分の行動を心底後悔した。 「ねえ、サクラ?もしかして怒った?」 「え?」 「い、いや、黙り込んじゃうから・・・からかいすぎたかなって・・・」 どうやら、私は深刻な顔をしていたらしい。 彼女は、そんな私の顔を、申し訳なさそうにうかがっていた。 「そんなこと、無い」 できるだけ、口の端を持ち上げながらそう言った。 「ああ、良かった。いきなり怒らせちゃったかと思ったよ」 ふう、と大袈裟に溜め息を吐いて見せる。 「そんな時はね、黙ってないで、ツッコミの一つくらい入れたっていいんだよ?」 「・・・つっこみ?」 良く分からない単語が出てきた。 「うん。こら!って」 言って、左手で私の頭に手刀を当てるフリをする。 「・・・・・・」 「も、もしかして、本気で分かってないの・・・?」 みつみは、意外そうな顔、を通り越して、驚愕の表情を見せる。 「・・・ごめんなさい」 「あ、いいのいいの、謝らなくっても!」 慌てて言うみつみ。 「いやぁ・・・何て言うか、思ってた以上だわ」 「・・・?」 「い、いや、こっちの話!」 そして、そんなことを話していると、目の前に分かれ道が現れた。 私達は、そこで立ち止まった。 「サクラ、家、どっち?」 「左」 「あぁ〜、逆だ」 「・・・そう。それじゃあ・・・」 さよなら、と言いかけたとき、みつみが少し遠慮がちに、こう言った。 「あのさ、今から、サクラの家に遊びに行っちゃ・・・ダメ、かな?」 不意の提案に、私は正直戸惑っていた。 もちろん、友達を家に招くなんてことはしたことが無いし、これからも無いだろうと思っていた。 「・・・・・・」 「あ、ダメ?何かあるの?」 「いや・・・」 私は、考えていた。 みつみと、もう少し話していたい。驚くべきことに、私は今、そう感じている。 しかし・・・私の家に来ることで、みつみは私を嫌いになりはしないだろうか。 そんな不安が、私の頭を支配していた。 「じゃ、いいの?」 「・・・構わないけれど・・・」 「何か、あるの?」 私は、意を決し、みつみに話し出した。 「家・・・お母さんが、いる」 「うん。それで?」 「ちょっと、変わった人だから・・・」 「ああ、それくらいいいよ。どこのお母さんも一緒だって。皆、変なところくらいあるよ」 「いや・・・多分、驚くくらい、変わってるから」 ――と、言うよりも・・・気が狂れている。 「?」 彼女は、疑問の顔を浮かべたが、あまり考え込まず、私の家に来ることになった。 私は・・・少し、怯えていた。 何も起こらないとは、思うけれど。 心配では、ある。 |