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私の通う学校は、変わり者の私が言うのも何だが、奇妙である。いや、「歪んでいる」とでも言った方が良いだろうか。とにかく、普通ではない。 この高校は、この地域有数の進学校だ。当然のように、頭脳明晰な生徒がごろごろとその辺に転がっている。 そのような生徒を失わないためか、或いは一般の生徒を優秀に育てあげるためか、多少他校よりも校則が厳しい。 私には、「歪み」の原因はそこにあるように思えてならない。 この高校の生徒は、優秀でなければならない。他校の生徒よりも秀でていなくてはならない。全ての生徒が、模範生の型に嵌められる。 ――その圧力に耐えられるか。 耐えられない者が出て当然である。そして、その型通りに歩むことができなかった者は、自分で自分に愚者の烙印を押す。世界中で最も出来の悪い人間なのだと思い込む。そのようにプログラムされているのだ。 そして、気が付けば、人としての道を踏み外していた。そんなこと我が校ではよくある話だ。 ・・・いや、やめよう。どうせくだらない噂話だ。 濁った感情に支配される寸前、私は目を覚ますかのように思考を中断した。 教室は既に静まり返っている。良く見ると、教師が理科だか数学だかの授業を始めているではないか。 軽く頭を振る。 どうも私は、この手の暗い感覚に嵌まり込む習性があるらしい。 あまり、健康的とは言えないな。 そして私は前方の黒板に目を向ける。どうも、数学のようだ。 教師――確か増田という名だ――が、何やら矢印のようなものを書いていた。ベクトル、というやつだろう。 カッ、カッ、カッ・・・。 増田が黒板にチョークを叩きつける音と、総勢40名の意思を持たぬ骸のような集団が走らせる鉛筆の音だけが響き渡る。 私は、そんないつもの光景を尻目に、小さく欠伸をした。 「クスッ・・・」 ・・・? この場に馴染まぬ、不自然な音。 私は、目立たぬように周囲を伺う。 「相原さんの欠伸なんて、初めて見たよ」 隣の席から、囁き声が聞こえて来る。私は、一瞬だけそちらへと目をやった。 音の主は、彼女か。 「・・・・・・」 「あ・・・ふふ、ゴメンね」 彼女は、微笑みながら何故か一言そう謝ると、残り39人の骸達の中へと溶け込んでいった。 ・・・みっともなかったかな。 少し後悔した後、もう一度隣を見てみる。 そこには、相変わらずノートに炭素を擦りつける作業を続ける彼女がいた。名前は・・・知らない。まあ、クラスの大半の名前を覚えていないのだから仕方の無いことか。 私は、再び黒板へと視線を戻した。 ・・・何故、皆はたかがこれくらいの問題を必死になって書き写すのか。私には皆目見当もつかない。皆、私なんかより余程頭は良いはずなのに。 そこで私は、随分と昔のこと――否、あるいは最近なのかも知れないが、記憶が曖昧になっている――を思い出した。 教師が、ノートの検査などという意味不明な行動に出たのだ。曰く、私のノートは最悪らしい。理由は分からない。教師が言うのだから、最悪なのだろう。 それにより発覚したノート作成の下手な者達は、生徒指導室に呼ばれ、酷く叱られたものだ。 私にとっては、教師が難しい顔をして発する、理解できぬ異国語のような言葉を右から左へと流すだけの作業なのだが、それが嫌な人も多いようだ。確かに、あんな煙草臭い空間に閉じ込められるのは拷問かも知れない。 そして私は、一人納得した。 皆は、拷問を受けるよりも骸になることを選んだ。それだけのことだ。 私は・・・。 どちらも嫌、というのは許されないのだろうな。 ふぅ、とため息を吐く。 そのため息が教師に聞こえたらしく、増田はしきりに私を心配し出したようだ。だが、言っていることはよく分からない。どうも、分からないところがあるなら質問してくれ、といった内容のようだが、それならばまるで的外れだ。私は、 「別に・・・何でもありません」 とだけ答え、視線を真っ白なノートに落とした。 増田も、多少怪訝に思ったようだが、特に問題無く授業は進行して行った。 だが、内容は相変わらず進まない。しかも話し方の要領が悪いので、ポイントが肝心なところから大幅にずれた授業となった。教師なんて、いい加減なものだ。だから、学習塾や予備校が繁盛するのだろうな。 授業終了のチャイムの2分後にようやく話し終えると、増田はそそくさと教室を出ていった。 私の机の上には、真っ白なままのノートと、ほとんど開かない教科書だけがぽつんと残っていた。 「さっきは、ゴメンね」 不意に耳元に響く声。 それは、先程話しかけてきた女子生徒のものだった。 「・・・・・・」 視線だけ送り、沈黙を守る。 「何だか、相原さんの真相に迫れそうなカンジだったからさ」 そう言って、くすっと笑う。 まるで少年のような声と口調。良く見ると、髪も短く切りそろえており、制服でなければ美少年で通るのかもしれない。 「真相・・・?」 私は、少年のような彼女の言葉の中で気になった単語を拾い、復唱した。 「そう。相原さんって、あまり親しい人、いないでしょう?だから、どんな人なのか分からなくて」 確かに、親しい人などいない。強いて挙げるなら、馨君くらいのものか。だが、彼はクラスが違う。彼女も馨君のことなど知らないであろう。 「私なんかと仲良くなっても、つまらないから」 珍しく、私が会話をしている。何だか、悪い気分ではない。 「そうかな?あたしはそうは思わないけど?」 「・・・そう」 「ああ。皆、相原さんがあんまりキレイだから気後れしてんじゃない?」 あははっ、と彼女が笑う。 「キレイ・・・私が?」 変なことを言う人だ。私がキレイだなんて・・・。 「うん、キレイ。同姓のあたしが見ても惚れ惚れするほど。それに、頭も良いでしょう?」 「そんなこと・・・ない」 「ちなみに、前回の定期テストの順位は?」 「・・・クラスで、7位」 たまたま、皆の調子が悪かったのだろう。テスト前、妙にやつれた生徒が多かったのを覚えている。 「・・・はっ、それ、充分だよ・・・」 大げさにため息を吐いて見せる彼女。 ・・・何だか、見ていて飽きない。 「でも、皆の調子が悪かっただけだから・・・」 「そう?あたしには普通に見えたけどな?」 「・・・・・・」 「それに・・・」 彼女が、さっと私の机の上にあった真っ白なノートを手に取る。 「ノート、これでしょ?参るわ、全く」 が、言うほど参ったようには見えない。むしろ楽しんでいるようだ。 「だって、取る必要ないから」 「・・・呆れた」 言って、もう一度ため息。 そして、私の目を見て、くすりと笑った。 私も・・・それにつられたかのように、口の端を持ち上げた。 「あ、やっぱり。相原さん、笑ったらもっとキレイだよ」 その言葉で、私ははっとした。 人と話していて笑うなんて・・・初めてだ。 私は今、確実に、会話を楽しんでいた。 そして私は、その空気に任せるかのように、珍しく自分から話しかけてみることにした。 ・・・どうしても、知っておきたいことがあったから。 ゆっくりと、言葉を紡ぐ。 「・・・貴女の・・・名前は?」 きょとんとする彼女。 そして・・・彼女は、けらけらと笑い出したのだ。 「あ、相原さん、それってすごい!クラスメートの名前も覚えてないんだ!?あはははは!!」 怒られるものだと思っていたので、少し拍子抜けした。が、安心したのもまた事実だ。 「みつみ。香坂(こうさか)みつみ。よろしくね」 ひとしきり笑ったあとにそう言うと、彼女はすっと右手を差し出してきた。 私は、どうして良いのか分からず、じっとその右手を見つめる。 「握手。仲良くしましょ?」 「あ・・・うん」 握手、か。何だか子供のようだ。 私はゆっくりと右手を差し出し、彼女の右手と絡ませた。 暖かくて、気持ち良い肌触り。 何だか、心の中まで暖かくなるようだ。 「よろしくね」 「・・・よろしく」 こうして、私はみつみと友達になった。 初めてできた、友達。 恋人より遅れてできた、友達。 そう思うと、何だか妙に可笑しくなって――また少し微笑った。 |