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すぐに止むかと思われた雨は、一向に止む気配がない。 天気予報なんてものは、案外当てにならないのだな。 何とか家にたどり着いた私は、そう思いつつ、滴が零れていくほどに濡れた髪を拭いた。 いっそ、シャワーでも浴びようか。 そこで、台所で母が夕食を作っていたことを思い出した。なるべくなら、制服のままでいたい。しかし、どうせこの服もずぶ濡れなのだ。着替える他無い。ならば・・・。 そう思い、私はシャワーを浴びてしまうことにした。 髪を拭いていたタオルを脱衣所に放り投げ、たっぷりと水分を含んだ重い制服を脱ぎ捨てる。 微妙に塩素にも似た臭いのする湯を頭から浴び、私は先程のことを思い出していた。 あの熱は何なのか。 あの痺れは何なのか。 私は、何故笑っていたのか・・・。 どれも、分からない。ただ、疑問符だけが私の頭を駆け巡っていた。 強く、頭を振る。 いけない、おかしくなってしまいそうだ。 蛇口を回し、湯を止める。 私は、全身を丁寧に拭きあげ、きれいな衣類を身に纏った。 台所の方から、母の声が聞こえる。 「夕ご飯、もうできていますよ」 私は、小さくため息をつくと、食堂の方へと向かっていった。 決して大きいとは言えないテーブルを挟み、私と母が向かい合う。 我が家は、母と私の二人家族なのだ。父はいない。蒸発してしまった。 私は、料理と呼ぶに相応しくない目の前の品々を一つずつ口に運びながら、その父のことを思い出していた。 父は、名を朔也(さくや)という。 私の記憶の中の彼のほとんどは、いわゆる「良いお父さん」である。仕事もまじめにやり、娘――私の面倒もよく見てくれた。休日などは、家族三人で遊園地などに行くこともしばしばであった。 ただ、人付き合いの下手な人だったらしい。だから、近所の評判もあまり良いものでもなかったし、出世もしなかった。 だが、蒸発した原因は、そんなことではない。 原因は――私だ。 父は、私のことを、母以上に「愛して」しまったのだ。もちろんそれは、家族愛というものではない。男女愛に近いものだ。 一度だけ、父が、鏡を見ながらこう呟いたのを聞いたことがある。 「自分の子が仮に男であったとしたら・・・僕は、その子を妬んで、殺してしまっただろうな」 幼い私に、その言葉の意味は全く分からなかった。 しかし、今にして思えば、父はナルシストだったのではないだろうか。鏡を見ることが多かったし、実際、非常に綺麗な顔をしていた。 自分の子が男だったとしたら、自分は、自分以上にその子に見とれるかもしれない。それが許せなかったのだろう。 そして、それと同じ理由で、私を愛した。 私は、父にとって、娘である以前に、自分の理想の容姿を持った女だったのだ。 父はきっと苦悩したに違いない。人よりわずかに自己愛が強かっただけなのに、私が育っていくにつれ、その自分の中の異常さもまた育っていく。私を殺そうと思ったこともあったはずだ。 しかし、私は殺されなかった。フェミニストでもあったのだろうか。そう考えると、どことなく滑稽で、また愛らしくも感じられる。 そして私の14歳の誕生日。 父は、自分の中の欲望に勝てなかったのだろう。 私は、実の父親に、犯された。 不思議と、怖くもなく、気持ち悪くもなかった。私もまた、そんな父を愛していたのかもしれない。今となっては確認のしようもないが。 その次の日、父は消えていた。 父の部屋は、まるで台風の後のように荒らされていた。私は、気絶していたので良く知らないのだが、かなり罪の意識にさいなまれていたようだ。 いっそ、狂ってしまえば楽であっただろうに、父の真面目さは、それを許さなかったらしい。 「繊細な人だった」 それが、今の私が持つ、もう一つの父のイメージである。 父がいなくなって、このテーブルも大きく感じられるようになったが、最近ではその大きさにも何だか慣れてしまった。 そして、父がいない、ということにも。 ・・・結局、今日の夕食も、サラダくらいしか食べることができなかった。他のものは、火が通っていなかったり、ひどいものは腐っている。こんなものを食べるとまた腹を壊すに違いない。 それに気付かない母は、だから、いつも腹痛と嘔吐、そして空腹に見舞われているようだ。 しかし、私が夕食を作ろうとすると、ひどく怒り出す。彼女が「妻」でいられる時間は限られているからだろう。 目の前の母は、普段着姿の私を見て、今日も幸せそうに笑っている。 ああ、今日も大変だな・・・。 私は席を立ちながらそう思うと、ひどい倦怠感に襲われた。 |