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私の部屋は、どうも殺風景だ。 あるのは、机とベッド、そして本棚くらいのものだろうか。縫いぐるみやポスターなどは、全くない。 私は、そんな殺風景なこの部屋が、結構気に入っている。一人で居るときに邪魔なものがあると、何だか落ち着かなくなるのだ。 今夜も、そんな自分の部屋がありがたい。電気を消し、カーテンを閉めるだけで、ここは私だけの世界になる。そんな漆黒の世界の中で、私は寝転がって丸くなる。そして、 ――母のことを思っていた。 母は、名を愛良(あいら)という。 私の名は朔良(さくら)――そう、両親から1文字ずつ取ったものだ。 朔也の「朔」と、愛良の「良」。 二人は、本当に愛し合っていたのだろう。そして、その結果として、私がこの世に生を受けたのだ。 だから、私は――自分に関することで、愛に溢れたこの名前だけは、好きになることができた。 話を戻そう。 私の母、愛良は――壊れている。 彼女は見てしまったのだ。私が14歳になった夜、父と私が交わっているのを。 しかし、彼女は何もできなかった。目の前の事実が理解できなかった訳ではない。むしろ、その逆だ。誰よりも、きっと、当時の父や、現在の私よりもしっかりとそれを理解できたはずだ。だからこそ、正気でいられなかったのだろう。 ――目の前で、最愛の男が自分の分身を抱いている。 彼女はその場にしゃがみ込んでしまい、一歩も動けないままに、一部始終を眺めていた。 父は私に夢中で、そんなことに気付くはずもなかった。 私だけが、そんな母に気が付いていた。何だか母に悪い気がしたのを覚えている。 そして、それを最後に、彼女の最愛の人はこの家からいなくなった。 ・・・母は、父を本当に愛していたのだろう。今でもその事実を否定し続けているらしい。 彼女は、消えたのは私だと思いこんでいる。 そして私を――「父の分身」である私を、自分の夫だと思い込んでいるのだ。 しかし、私を完全に父だと思い込んでいる訳でもないらしい。その証拠に、制服姿の私には声すらかけない。 いや、きっと、制服姿の私は母には見えていないのだろう。私は、彼女にとっていてはならない存在なのだから。 さらに、最近気が付いたのだが、どうも母の中での私は、母がその手で殺めたことになっているようだ。 以前から、よく、呟きながら手を洗う姿を目撃していたのだが・・・ある日、その呟きに耳を傾けたところ、 「血が・・・血の臭いが消えない・・・」 などと呟いていたのだ。他にも、 「痛かったでしょう、朔良・・・ごめんなさいね・・・」 「朔也さん・・・私、殺してしまったの・・・」 など、それらしいことを呟いていた。 手を洗うのは、母の癖の一つかと思っていたが、どうもそうでもないらしい。 ただの潔癖性なら、どんなによかったことか。 結局、この家の崩壊には、全て私が関わったことになる。 父の失踪、母の気狂い。 私は、その圧迫に耐えることなどできなかった。だから、今でも現実から逃げ続けているのだろう。心が傷つくことには滅法弱いから、身体を傷つけることで逃げている。つまり、そういうことだ。 カチャ・・・。 いつものように、母が部屋のドアを開けて入ってきた。 「フフフ・・・あなた、あの子は・・・もういないのよ・・・。私たち・・・二人だけで・・・楽しみましょう」 そう言って、母が私の頬に、肩に、触れる。そして、ゆっくりとその華奢な指先を、頬から首、肩から腕へと滑らせていく。 全身に、鳥肌が立った。 しかし、拒んではいけない。原因は私にあるのだから。 唇が重なる。と、ほぼ同時に、彼女の舌が、強引に私の中へと入ってくる。 拒んではいけない。原因は私にあるのだから。 両の手の平を滑らせ、背中へ回り込んでくる。舌が、私の中で暴れる。指も、それに合わせて、狂おしく舞い踊るように背中をたどる。 拒ンデハイケナイ。原因ハ私ニアルノダカラ。 手の平が、前方に回る。そして、そのまま服のボタンを外そうとして、私の胸の突起物に触れた。 ぴたり、と、母が止まる。 舌が、ゆっくりと私の中から抜け出ていった。 そして・・・彼女の疑問の表情。驚愕の表情。恐怖の表情。 ふっ、と、狂気の中に、正気が混ざる。 ――気付いてはいけないことに、気付いてしまった。 いつも、彼女は同じところで正気に戻ってしまう。完全に狂ってしまえば楽だろうに。そのあたりは、父と似ているように思う。 「いやぁぁああぁあぁぁっっっっっ!」 彼女の、絶叫。 完全に、正気に立ち戻ってしまった。この場合の正気は、自分が狂っていたことが分かってしまう分、狂気よりも数倍たちが悪い。 立ち上がり、自分の頭を抱え込む。そして、激しく髪を掻きむしる。 近くにある本棚に頭を何度もぶつけ、手近にある本の数冊を投げ散らす。 そして、壁にもたれて、泣きながら呟いた。 「あぁ・・・私は、何をした・・・?あの人は・・・どうしていないの・・・?」 私は、いつものように立ち上がり、母の肩を抱いて、耳元で囁いた。 「おやすみ、愛良。愛しているよ」 父が、眠る間際に、よく母に囁いた言葉だ。 母の目に、安堵が浮かぶ。 「ああ・・・やっぱり、朔也さん・・・なのね・・・?」 そして彼女は、再び私を自分の夫だと思い込んで、気絶するようにその腕の中で眠りについた。 ――この繰り返しが、悪循環のようなものだということは分かっている。はっきりと、母に正気を取り戻させるべきだろうとも思う。 しかし、それでは、私が潰されてしまう。 私は、まだ、償わなくてはならない。崩壊の原因となったことの罰を受けなくてはならない。 この心が自分自身を許すまで、この身体に罰を・・・。 そう、私は、臆病者なのだ。 |