悪夢の終わり、物語の続き:5



敵は攻守完璧、難攻不落。
さあ、どう攻める?どう守る?
一触即発の睨み合いは、いつ均衡が崩れても不思議はない。
――違うな。
この均衡すら、きっと相手の掌の上。
遠野輪廻はまだ全力を出していない。
根拠は、夕月の余裕の態度。
手の内を自ら語ったということは、更に奥の手を秘めていることの裏返しだ。
対して、こちらの切り札は――実は2枚ある。
さて、いつまでも後手に回るわけにもいかない。
それじゃあまずは、1枚目のカードを切ろうか。

「おう、虎春。あのコスプレ野郎スーパー強ェぞ。何か手はあるか?」
睨み合いを崩さないまま、先生が僕に問う。
「ありますよ」
「上等ォ」
改めて煙管を咥え、ひひ、と汚く笑う。
信頼されているというのは実に有り難いことだ。
「先生は近接戦が得意でしたよね?」
「おう」
「じゃあ、接近して押さえこんでください。ヤツの大技には基本タメが必要ですから」
「それを封じ込めてしまえばいいんだな?」
「はい。倒す必要はありません。封じることに専念して欲しいんです」
「了解ィ」
「で、小麦」
今度は小麦に指示を出す。
「お前は、もっと好きに闘え」
「・・・へ?」
ぽかんとする小麦。
「連携がどうのとか、そんな小さいこと考えるな。自由に、思うままに闘っていいんだ」
「うーん、そんなんで大丈夫なの?」
不安がるのも無理はない。
相手は、自分の未来の姿――。
「大丈夫。小麦は小麦、だろ?」
「・・・そっか。うん、ハル君が言うなら――そうするよ」
楽しそうに頷く。
そう、いつもの小麦でいいんだ。
ワケわからなくて、支離滅裂で、考えなしで――無敵の小麦。

「作戦会議は終わったかい?」
笑いを堪えるような、夕月の声。
「ああ、またせた――なッ!」
言い終わらない内に、先生が走りだす。
距離は一瞬で詰まった。
待ち構えたように、遠野輪廻は拳に炎を灯す。
そのまま両手で弧を描き、
「――炎舞エンブ
近距離用、通常の炎舞エンブ
威力は高いが、これさえかわしてしまえば――!
「喰らうかよッ!」
そのまま突進するかのように見せかけ、敢えてのバックステップ。
炎の拳が鼻先ギリギリに迫るものの、届かない。
よし、かわした!
そして今度こそ、本気のステップイン。
小さく、コンパクトに――まるでボクサーのような、丁寧なボディへの連打。
この人、本当に近距離専門なんだな。慣れてるなんてもんじゃねえ。
たまらずガードに集中する遠野輪廻。
一撃、二撃とガードの上からパンチが当たるが、さすがにこれは効果が薄い。
更に一歩バックしてついに攻撃がかわされる。
そこからすかさず反撃が飛んでくる!
右手刀による袈裟切り。
先生はこれを左手でいなし気味に回避し、がら空きの顔面へ掌底!
かん、という金属音――。
改めてコイツはロアなのだと、その小麦と同じ顔は仮面なのだなと感じる。
だったら、という訳でもないが。
容赦はいらない。
ノックバックする遠野輪廻。そのまま、
「――風舞カザマイ
瞬間移動で逃げる。
出現地点は――

僕の、目の前。

この野郎、非戦闘員を狙いに来やがった!?
しかしそうなると彼女が守るべき夕月明もがら空きになるのでは?
いや、ダメだ。夕月はこちらの攻撃圏外にいる。
もし今からダッシュで攻撃に向かっても、風舞カザマイの前には意味がない。
畜生!
「さっせるかぁぁぁ!」
けたたましい叫び声。
どこから現れたのか、小麦の回し蹴りが脇腹にクリーンヒットした。敵は大きくはじけ飛ぶ。
「うおお、こ、小麦っ!?お前、よく今の間に合ったなぁ」
正直、一撃は喰らう気でいた。
「うん、まぁ、あたしの思考回路と似てるみたいだからね。何となく読めたよ」
マジか。ちゃんと考えて行動したのか。意外だ・・・。
「じゃ、追撃行ってきまーす!」
言って、吹き飛んだ遠野輪廻へ向かってダッシュ――というより、ほぼ瞬間移動。
そしてそのまま、空高くジャンプする。
人間離れした跳躍で、そのまま空中で一回転。そして遠野輪廻へ向かって、
「これで、どうだぁっ!」
渾身のかかと落とし!
脳天に直撃し、そのまま転倒する。
「とどめ!」
ぐるん、と右手を大きく振り回して。
炎舞エンブ!」
炎を灯し、突き下ろす!
ぐしゃ、という嫌な音と共に、遠野輪廻の頭は地面に大きくめり込んだ。
「えりゃあっ!」
密着状態から、燃える拳が更に激しく輝く。
ドン、という衝撃が地面を通して伝わった。
砂煙が舞い、状況がいまいち飲み込めない。
――何をした!?
「へへ。炎の力を一点集中で注ぎこんで、爆発させてみた!」
一歩距離を取って砂煙から抜け出した小麦が、こちらを振り返りニコリと笑った。
なるほど、ここにきて新技である。
「おお――素晴らしい」
砂煙の向こう側から聞こえる、癪に障る声。
「この戦闘を通して小麦ちゃんは更に強くなっているね。実に見事だ」
しかし。
と、夕月は言う。
クリアになった視界には、まるで平気な顔をした遠野輪廻が。
そして、彼女は呪文のように唱える。
「――風舞カザマイウラ
それは瞬間移動、ではなく。
しかし、異常な速度で瞬きの間に距離を詰めてくる。
「まさしく裏技さ。瞬間移動の速度を敢えて落としたものだ。その代わり――」
「――炎舞エンブ
「硬直時間をなくし、次の技へ直結することができるというわけだ」
夕月の言う通り、接近した遠野輪廻の拳には既に炎が灯っていた。
そのまま小麦の腹へと直撃する!
「ぐはぁっ!」
――更に。

「名付けて――炎舞エンブ歩兵、というのはどうだろう?」

ドン、と。
小麦の腹に突き刺さった拳が、激しく燃焼・爆発する!
僕の方へ向かって大きく吹き飛ばされる小麦。
「小麦ぃッ!」
慌てて駆け寄り、抱き起こす。
「オイオイ、大丈夫かッ!?」
そこに、先生も到着。心配そうな顔で覗き込む。
「・・・っく、い、痛ったぁー・・・」
体操服の腹部は焼け焦げ、大きく穴が空いていた。
更に臍の周りは赤く腫れ上がっていて、明らかに打撃と火傷のダメージがある。
だが、むしろあの爆発で生き延びたことを褒めるべきだろう。
「何・・・だよっ、今のっ!あたしが今考えた技だろっ!?」
そう。
本当に問題なのはそこである。
「ふふふ、近距離・中距離・遠距離・全方位に加えて零距離攻撃だ。
 どうだい小麦ちゃん。輪廻は強いだろう?」
むかつく笑みをたたえながら夕月が言う。
・・・まさか、ここまでとは。
「遠野輪廻は、未来の小麦――だったな?」
「ああ、そうだよ虎春君」
「だから、小麦が将来使えるはずの技が使える――そして。
 今使える技も、、、、、、リアルタイムに、、、、、、、増えていく、、、、、
「ご名答」
答える夕月に、
「・・・有り得ねェ。チートにも程があんだろ畜生」
と悪態を吐く先生。
・・・つまり。
小麦が今この場で考えた新技も、遠野輪廻は使えるようになるというわけだ。
僕の狙いは、この辺りにあった。
小麦が自由に闘えば、きっと闘いを通して成長していく。
その成長度合が「未来の小麦」へ反映されるには、タイムラグが生じると僕は予想した。
事実、対遠野輪廻戦の1戦目は勝っている。
夕月が「育成する」と言ったのはこのタイムラグを利用するものだという推測だ。
それはさながら蠱毒のように――小麦にロアを「けしかけ」、「食わせ」、強くする。
すると、いくらかのタイムラグを経て遠野輪廻も同じだけ強くなる。
これを夕月は「育成」と呼んだのだろう、と。
だったら、そのタイムラグの間に倒してしまえばいい。
そう思い、僕は小麦が戦闘中に新技を編み出すよう促した。
――だが。
「タイムラグなしで、小麦の成長が反映される・・・ということか?」
「その通り。俺が輪廻を育てると言ったのは、そのラグをゼロに近づけるという意味だ」
「・・・マジかよ」
僕の推測は、見当違いではなかった。
だが、一歩及ばなかった。
そしてその一歩は、致命傷になりうる一歩だった。
「・・・ごめんな、小麦」
「ハル君・・・」
小麦は、勝てない。
何せ相手は自分自身である。
どんなに強くなっても、策を弄しても、即時的に反映されるなら勝ち目がない。
「小麦ちゃん、虎春君。分かったかい?分かったら素直に負けを認めるんだ」
ふふふ、と愉快そうに笑う。
「ハル君・・・あたし、まだ強くなるよ!もっと、もっと強く――」
「ダメなんだ。それじゃあ、意味がないんだ」
「でも!」
「小麦が強くなれば、その分相手も強くなる。だから、このままじゃ勝てない」
「・・・そん、な・・・ハル君・・・?」
小麦の顔が絶望に染まる。
目にはみるみる涙が溢れ、流れ出す。
・・・そんな顔、するなよ。お前のそんな顔、見たくねぇよ。
だったら。
その涙を止めるのは――いつだって、僕の役割だ。

さあ。
怖がってなんていられない。
出し惜しみなんてしていられない。
僕に残された最後の切り札を、使おうか。

「――泣くなよ、小麦」
「ハル、君・・・」
「僕が――何とかしてやるからさ」
「虎春、まだ・・・何か手があんのか?」
小麦と同じく、絶望したような顔の先生。
それは、状況を理解した者ならば誰もが浮かべるであろう表情。
「大丈夫ですよ」
だからこそ僕は――できるだけ、明るく朗らかに。
「小麦も、先生も。僕に任せて」
この胸の内がバレないように、にっこりと笑って言った。

「だって僕は、小麦のことが好きだから」

「え――、えええええ!? は、はははハル君!?」
「うお、虎春てめェ!この状況で何言ッてやがる!?」

「夕月も、聞けよ。僕は――負けなんて認めない。お前なんかに絶対小麦は渡さない」

だって、僕は。
柊虎春は。

「僕は――神荻小麦の恋人、、、、、、、だ!」



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