敵は攻守完璧、難攻不落。
さあ、どう攻める?どう守る?
一触即発の睨み合いは、いつ均衡が崩れても不思議はない。
――違うな。
この均衡すら、きっと相手の掌の上。
遠野輪廻はまだ全力を出していない。
根拠は、夕月の余裕の態度。
手の内を自ら語ったということは、更に奥の手を秘めていることの裏返しだ。
対して、こちらの切り札は――実は2枚ある。
さて、いつまでも後手に回るわけにもいかない。
それじゃあまずは、1枚目のカードを切ろうか。
「おう、虎春。あのコスプレ野郎スーパー強ェぞ。何か手はあるか?」
睨み合いを崩さないまま、先生が僕に問う。
「ありますよ」
「上等ォ」
改めて煙管を咥え、ひひ、と汚く笑う。
信頼されているというのは実に有り難いことだ。
「先生は近接戦が得意でしたよね?」
「おう」
「じゃあ、接近して押さえこんでください。ヤツの大技には基本タメが必要ですから」
「それを封じ込めてしまえばいいんだな?」
「はい。倒す必要はありません。封じることに専念して欲しいんです」
「了解ィ」
「で、小麦」
今度は小麦に指示を出す。
「お前は、もっと好きに闘え」
「・・・へ?」
ぽかんとする小麦。
「連携がどうのとか、そんな小さいこと考えるな。自由に、思うままに闘っていいんだ」
「うーん、そんなんで大丈夫なの?」
不安がるのも無理はない。
相手は、自分の未来の姿――。
「大丈夫。小麦は小麦、だろ?」
「・・・そっか。うん、ハル君が言うなら――そうするよ」
楽しそうに頷く。
そう、いつもの小麦でいいんだ。
ワケわからなくて、支離滅裂で、考えなしで――無敵の小麦。
「作戦会議は終わったかい?」
笑いを堪えるような、夕月の声。
「ああ、またせた――なッ!」
言い終わらない内に、先生が走りだす。
距離は一瞬で詰まった。
待ち構えたように、遠野輪廻は拳に炎を灯す。
そのまま両手で弧を描き、
「――炎舞」
近距離用、通常の炎舞。
威力は高いが、これさえかわしてしまえば――!
「喰らうかよッ!」
そのまま突進するかのように見せかけ、敢えてのバックステップ。
炎の拳が鼻先ギリギリに迫るものの、届かない。
よし、かわした!
そして今度こそ、本気のステップイン。
小さく、コンパクトに――まるでボクサーのような、丁寧なボディへの連打。
この人、本当に近距離専門なんだな。慣れてるなんてもんじゃねえ。
たまらずガードに集中する遠野輪廻。
一撃、二撃とガードの上からパンチが当たるが、さすがにこれは効果が薄い。
更に一歩バックしてついに攻撃がかわされる。
そこからすかさず反撃が飛んでくる!
右手刀による袈裟切り。
先生はこれを左手でいなし気味に回避し、がら空きの顔面へ掌底!
かん、という金属音――。
改めてコイツはロアなのだと、その小麦と同じ顔は仮面なのだなと感じる。
だったら、という訳でもないが。
容赦はいらない。
ノックバックする遠野輪廻。そのまま、
「――風舞」
瞬間移動で逃げる。
出現地点は――
僕の、目の前。
この野郎、非戦闘員を狙いに来やがった!?
しかしそうなると彼女が守るべき夕月明もがら空きになるのでは?
いや、ダメだ。夕月はこちらの攻撃圏外にいる。
もし今からダッシュで攻撃に向かっても、風舞の前には意味がない。
畜生!
「さっせるかぁぁぁ!」
けたたましい叫び声。
どこから現れたのか、小麦の回し蹴りが脇腹にクリーンヒットした。敵は大きくはじけ飛ぶ。
「うおお、こ、小麦っ!?お前、よく今の間に合ったなぁ」
正直、一撃は喰らう気でいた。
「うん、まぁ、あたしの思考回路と似てるみたいだからね。何となく読めたよ」
マジか。ちゃんと考えて行動したのか。意外だ・・・。
「じゃ、追撃行ってきまーす!」
言って、吹き飛んだ遠野輪廻へ向かってダッシュ――というより、ほぼ瞬間移動。
そしてそのまま、空高くジャンプする。
人間離れした跳躍で、そのまま空中で一回転。そして遠野輪廻へ向かって、
「これで、どうだぁっ!」
渾身のかかと落とし!
脳天に直撃し、そのまま転倒する。
「とどめ!」
ぐるん、と右手を大きく振り回して。
「炎舞!」
炎を灯し、突き下ろす!
ぐしゃ、という嫌な音と共に、遠野輪廻の頭は地面に大きくめり込んだ。
「えりゃあっ!」
密着状態から、燃える拳が更に激しく輝く。
ドン、という衝撃が地面を通して伝わった。
砂煙が舞い、状況がいまいち飲み込めない。
――何をした!?
「へへ。炎の力を一点集中で注ぎこんで、爆発させてみた!」
一歩距離を取って砂煙から抜け出した小麦が、こちらを振り返りニコリと笑った。
なるほど、ここにきて新技である。
「おお――素晴らしい」
砂煙の向こう側から聞こえる、癪に障る声。
「この戦闘を通して小麦ちゃんは更に強くなっているね。実に見事だ」
しかし。
と、夕月は言う。
クリアになった視界には、まるで平気な顔をした遠野輪廻が。
そして、彼女は呪文のように唱える。
「――風舞:裏」
それは瞬間移動、ではなく。
しかし、異常な速度で瞬きの間に距離を詰めてくる。
「まさしく裏技さ。瞬間移動の速度を敢えて落としたものだ。その代わり――」
「――炎舞」
「硬直時間をなくし、次の技へ直結することができるというわけだ」
夕月の言う通り、接近した遠野輪廻の拳には既に炎が灯っていた。
そのまま小麦の腹へと直撃する!
「ぐはぁっ!」
――更に。
「名付けて――炎舞:歩兵、というのはどうだろう?」
ドン、と。
小麦の腹に突き刺さった拳が、激しく燃焼・爆発する!
僕の方へ向かって大きく吹き飛ばされる小麦。
「小麦ぃッ!」
慌てて駆け寄り、抱き起こす。
「オイオイ、大丈夫かッ!?」
そこに、先生も到着。心配そうな顔で覗き込む。
「・・・っく、い、痛ったぁー・・・」
体操服の腹部は焼け焦げ、大きく穴が空いていた。
更に臍の周りは赤く腫れ上がっていて、明らかに打撃と火傷のダメージがある。
だが、むしろあの爆発で生き延びたことを褒めるべきだろう。
「何・・・だよっ、今のっ!あたしが今考えた技だろっ!?」
そう。
本当に問題なのはそこである。
「ふふふ、近距離・中距離・遠距離・全方位に加えて零距離攻撃だ。
どうだい小麦ちゃん。輪廻は強いだろう?」
むかつく笑みをたたえながら夕月が言う。
・・・まさか、ここまでとは。
「遠野輪廻は、未来の小麦――だったな?」
「ああ、そうだよ虎春君」
「だから、小麦が将来使えるはずの技が使える――そして。
今使える技もリアルタイムに増えていく」
「ご名答」
答える夕月に、
「・・・有り得ねェ。チートにも程があんだろ畜生」
と悪態を吐く先生。
・・・つまり。
小麦が今この場で考えた新技も、遠野輪廻は使えるようになるというわけだ。
僕の狙いは、この辺りにあった。
小麦が自由に闘えば、きっと闘いを通して成長していく。
その成長度合が「未来の小麦」へ反映されるには、タイムラグが生じると僕は予想した。
事実、対遠野輪廻戦の1戦目は勝っている。
夕月が「育成する」と言ったのはこのタイムラグを利用するものだという推測だ。
それはさながら蠱毒のように――小麦にロアを「けしかけ」、「食わせ」、強くする。
すると、いくらかのタイムラグを経て遠野輪廻も同じだけ強くなる。
これを夕月は「育成」と呼んだのだろう、と。
だったら、そのタイムラグの間に倒してしまえばいい。
そう思い、僕は小麦が戦闘中に新技を編み出すよう促した。
――だが。
「タイムラグなしで、小麦の成長が反映される・・・ということか?」
「その通り。俺が輪廻を育てると言ったのは、そのラグをゼロに近づけるという意味だ」
「・・・マジかよ」
僕の推測は、見当違いではなかった。
だが、一歩及ばなかった。
そしてその一歩は、致命傷になりうる一歩だった。
「・・・ごめんな、小麦」
「ハル君・・・」
小麦は、勝てない。
何せ相手は自分自身である。
どんなに強くなっても、策を弄しても、即時的に反映されるなら勝ち目がない。
「小麦ちゃん、虎春君。分かったかい?分かったら素直に負けを認めるんだ」
ふふふ、と愉快そうに笑う。
「ハル君・・・あたし、まだ強くなるよ!もっと、もっと強く――」
「ダメなんだ。それじゃあ、意味がないんだ」
「でも!」
「小麦が強くなれば、その分相手も強くなる。だから、このままじゃ勝てない」
「・・・そん、な・・・ハル君・・・?」
小麦の顔が絶望に染まる。
目にはみるみる涙が溢れ、流れ出す。
・・・そんな顔、するなよ。お前のそんな顔、見たくねぇよ。
だったら。
その涙を止めるのは――いつだって、僕の役割だ。
さあ。
怖がってなんていられない。
出し惜しみなんてしていられない。
僕に残された最後の切り札を、使おうか。
「――泣くなよ、小麦」
「ハル、君・・・」
「僕が――何とかしてやるからさ」
「虎春、まだ・・・何か手があんのか?」
小麦と同じく、絶望したような顔の先生。
それは、状況を理解した者ならば誰もが浮かべるであろう表情。
「大丈夫ですよ」
だからこそ僕は――できるだけ、明るく朗らかに。
「小麦も、先生も。僕に任せて」
この胸の内がバレないように、にっこりと笑って言った。
「だって僕は、小麦のことが好きだから」
「え――、えええええ!? は、はははハル君!?」
「うお、虎春てめェ!この状況で何言ッてやがる!?」
「夕月も、聞けよ。僕は――負けなんて認めない。お前なんかに絶対小麦は渡さない」
だって、僕は。
柊虎春は。
「僕は――神荻小麦の恋人だ!」
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