悪夢の終わり、物語の続き:4



小麦、委員長、伊崎先生の3人が、一瞬だけ視線を合わせる。
そのわずかなコンタクトで、息を合わせて遠野輪廻へと突撃。
「夕月!」
僕は、その後ろに隠れるように立つ男へと声をかける。
「3対1が卑怯とか言わねえよな?」
「言うよ。卑怯じゃないか」
「は、うるせえ。勝てばいいんだ」
「ふふふ、ごもっとも」
などと、どちらが悪者なのか分からない会話。
まぁ、元より善人のつもりなどないのだけど。

小麦の拳をいなし、委員長の剃刀を紙一重でかわし、先生の煙管を手刀で打ち落とす。
遠野輪廻の動きはやはり異常だった。
しかし、勝負はまだまだ始まったばかりだ。
「二人とも、引いてくださいっ!」
最初に行動を起こしたのは、やはり委員長。
彼女の持ち味は、小麦すら凌駕するスピードである。
軽快なフットワークで左右から流れるように斬りかかる。
正直、僕には分身と変わらないレベルに見えた。
つまり、左右二択、、、、ではなく、左右同時、、、、攻撃。
もはや、目で追える領域を逸脱している。
「――風舞カザマイ
これに対し、瞬間移動スキルで回避する遠野輪廻。
出現地点は、委員長から見て奥。わずかにバックしたことになる。
「そこですっ!」
それを確認すらせず、委員長が追撃する。
そう、委員長には敵の行動が簡単に予測できたのだ。
左右同時攻撃は、両手を犠牲にしたガード、または回避の2択を迫るもの。
そして、回避の場合――出現地点は今遠野輪廻が現れた、その場所しか有り得ない。
なぜなら、委員長の後方には小麦と先生が控えているのだから。
故に委員長は迷わず次の一歩を踏み出し――今度は剃刀をガードさせることに成功する。
勿論、委員長の刃を完全に防ぎきることなど不可能だ。
ざっくりと切れる腕。一瞬遅れて、血飛沫の花が咲いた。
「――ほう」
感心したような夕月の声。
「輪廻が出血するとは。生徒会長殿はかなり特殊な攻撃ができると見える」
やはりロアが血を流すことは珍しい現象らしい。

「ビビッてんなよ、化物」
流血に怯む遠野輪廻の懐に、すかさず先生が潜り込む。
「――俺は接近戦が得意でね」
煙管を咥えた先生が、何を血迷ったか素手でボディブローを打ち込む。
「先生!?」
そんなことをすれば、やられるのは手の方だ!
しかし。
わずかではあるが、足が浮くほどの衝撃を与えているではないか。
「はん、いらん心配だぜ、虎春」
不敵な言葉。
そんな!素手で――何故?
「なるほど、ドーピングアイテムか」
「ドーピング?」
夕月の声に、思わず聞き返す。
「その煙管、なかなか厄介だな。恐らく吸うことで一時的に能力を跳ね上げるものだろう。
 ――名付けて『活性の煙管アクティブ・パイプ』というのはいかがでしょう、先生?」
「ヒトの武器に勝手な名前付けんなゴルァ!」
夕月の中二行動にキレる先生。そりゃそうだ。
――しかし、なるほどそういうことか。
でも、そうなると煙管で殴りかかった最初の一撃は?
あれを見て僕はてっきり直接攻撃用の武器だと思っていたのだが。
要するに・・・僕まで騙されていたというわけか。
「まだまだァ!」
煙管の力を上乗せしたパワーでボディを激しく連打する。
その衝撃に、遠野輪廻の体躯が、今度は明らかに浮く。
何という腕力。
「おッッッらァァァ!」
そしてシメの蹴り上げ。黒い影が大きく宙を舞った。

今だ――!

「準備万端っ!いっくよ――炎舞エンブ香車ヤリィ!」
後方で両手に炎を溜めた小麦が、槍を撃ち出す!
遠野輪廻にできることは、小麦にだってできるのだ。
そして、その方向――遠野輪廻のすぐ背後には、夕月明。
これはかわせない。かわせば攻撃を喰らうのは夕月だ。
遠野輪廻は、瞬間移動することなくその炎の槍を両手で受け止める。
が、手だけで受け止めることができるわけもなく。
槍は深々と腹に突き刺さる!
「よし、入った!」
思わず拳を握り叫んでしまった。
しかし敵も只者ではない。
槍が刺さった状態でも見事体勢を立て直し、夕月へ攻撃が通ることは完全に防いでしまった。
となると、問題は――超回復能力。
ここで畳み掛けなくては、折角の3人の連撃が無駄になってしまう。
腹に刺さった炎の槍はその役目を終え、霧消する。
いけない、早くとどめを――否!
「待て、止まれェェェ!」
僕は全力で叫んだ。
その言語に驚くように、追撃態勢に入った3人の挙動が止まる。
「な――何でよハル君!?今とどめ刺さないと――」
僕を振り返り抗議する小麦。
「危ない、引くんだ!」
そして、僕の悪い予感は見事に当たる。

「――炎舞エンブ桂馬ケイ

漆黒の巫女が、右腕に炎を灯して前方を薙ぐ。
当然ノックバックした今の位置からの攻撃など届かないはずだが。
――ゴウ
熱風とそれに伴う爆音。
静止した3人の目の前を、炎のカーテンが真横にかすめて行った。
「な――!」
何だ、今のは!?
僕の疑問に答えるのは、饒舌なペテン師。
炎舞エンブ桂馬ケイ。輪廻の中距離攻撃だ」
玩具を自慢する子供のような、誇らしげな声音。
今のは・・・かなり危なかった。
追撃の寸前に嫌らしく笑う夕月が見えてなければ、3人を止めることなどなかっただろう。
そうなれば・・・今の炎に、全員焼かれていた。
これはまずい。危険だ。
「近距離の通常炎舞エンブ、中距離の桂馬ケイ、遠距離の香車ヤリ、ってことか」
「さすが虎春君、よく気付いたね。じゃあ」
間髪入れず、黒巫女はダッシュで距離を縮める。
「次の展開も、読めるだろう?」
彼女がぬるりと忍び寄ったのは、比較的密集してしまった3人のおよそ中心。
――ヤバい!
「みんな!散れッ!」
予感に従い、絶叫。
しかし今度は、みんなが僕の声に反応するより早く。

「――炎舞エンブ玉将ギョク

遠野輪廻を中心に、炎の渦が巻き上がる!
紅い渦は柱となって、小麦を、委員長を、先生を、拒絶するように跳ね飛ばした。
「全方位攻撃の炎舞エンブ玉将ギョク。どうだい、見事だろう?」
近距離攻撃。中距離攻撃。遠距離攻撃。全方位攻撃。
――言われてみれば。
理想を語れば。
これだけの手駒は欲しいところだ。
だから、本来ならばこの展開は読めていなければならなかった。
「だからって、本当に全部できるとか・・・有り得ねえだろ」
愚痴るようにこぼす。
誰にも聞こえない程度に。
弾き飛ばされた3人は、よろよろと起き上がっているところだ。
良かった。致命傷にはなっていないらしい。
「みんな、無事か!?」
3人に声をかける。
「大丈夫っ、これくらい何ともないよ!」
と小麦。明らかに一番元気そうだ。
「ッてェな畜生・・・うお、髪燃えてる!」
先生も何とか無事。しかし衣服がだいぶ燃えてボロボロだ。
「・・・くぅッ・・・」
そして、一度立ち上がりながらもよろめく委員長。
慌てて彼女のもとへ駆け寄る。
「委員長っ!」
ふらり、と倒れる委員長を、間一髪抱きとめた。
どうやら彼女のダメージが最も深刻らしい。
「柊君・・・ごめんなさい」
「大丈夫、動くな!」
委員長を抱え、邪魔にならないよう戦線から離脱する。
衣服のみならず、腕や足も明らかに焼け爛れている。
これほどまでの高熱なのか――。
「ふっ・・・防御に力を割かなかった報い、でしょうか」
自嘲するように、そんなことを言う。
小麦は全能力がチート級、且つ超回復能力がある。
先生はドーピングで力を底上げしている。
無防備だったのは・・・委員長だけだったというわけか。
「仕方ねえよ、とにかく今は引くんだ」
「・・・クッ。そうですね、この手足では、足手まといにしか・・・」
思い通りに動かないであろう手足に涙を浮かべ、唇を噛む。
彼女は――最も、久我さんと縁があったから。
この闘いにかける意気込みも並々ならぬものがあったのだろう。
でも、大丈夫だ。
「あとは二人が――何とかしてくれるから」
黙ったまま、委員長は頷いた。

とにかく、いつまでも彼女を抱えているわけにもいかない。
距離を置いた安全な場所に座らせる。
戦況は――?
僕は改めて状態を確認する。
幸い、僕と委員長をかばうように二人が立ち塞がっており、睨み合いになっているらしい。
次は、どう動く?
この闘いを一歩引いて俯瞰できるのは僕だけなのだ。
ここで的確な指示を出すことが、今の僕にできること。
これまでのやりとりは、僕のミス。負けだ。
相手のカードが、こちらの予想以上にキレていた。
もうこれ以上ヘタは打てない。
これ以上無駄にみんなを傷つけるわけにはいかない。
責任は重大。
素早く、深く、抜かりなく――考えろ。



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