悪夢の終わり、物語の続き:3



「柊君っ!」
部室で顔を合わせるなり、委員長――二条三咲は僕に詰め寄った。
「な、なな、何ですか委員長」
「私は委員長じゃありません。って!そんなことはどうでもいいんです!」
どうでもよくない。
僕と委員長の、大事なお約束というやつである。
「聞きましたよ?ついにお付き合いを始めたんですね!?」
何が楽しいのか、委員長らしからぬハイテンションで問い詰めてくる。
「・・・誰が?」
「柊君が」
「誰と?」
「神荻さんと」
「・・・ええぇ?」
「だって、噂になっていますよ?」
「どんな噂?」
「『あの最強美少女・神荻小麦に彼氏ができた!』とかなんとか」
「それ、彼氏が僕だって判明してないよね?」
「まぁそうですけども。柊君以外にいないでしょう?」
「・・・ノーコメントで」
「ず、ずるいっ!教えてくださいよ、ひーいーらーぎーくぅーん!」
がくがくと僕の襟首を掴み揺さぶる。
や、やめやめっ!委員長だって小麦ほどじゃなくても強いんだからな!?
全くもって、僕の周囲は恐ろしい女性ばかりだ。
女性恐怖症になったらどうしてくれる。

どうにかこうにか委員長をなだめ、落ち着かせる。
所要時間10分程度。
・・・めんどくせぇー。
落ち着きを取り戻した委員長だが、しかし追求を諦めたわけではなさそうだった。
「だって、同じ部の仲間ですよ?知りたいじゃないですか・・・」
少しいじけたように呟く。
可愛く言われても、今はノーコメントである。
「というか」
気を取り直して――話を逸らす。
「夕月との決戦に委員長も来るって、本当?」
「当たり前です」
そうか・・・当たり前なんだ・・・。
「仲間外れは、なしですよ?」
「別に面白いこともないと思うんだけどな」
それに、夕月の手下はもう概ね倒した。
この決戦が終われば、委員長たちに迷惑をかけることもなくなるはずである。
「友達の一大事ですからね。それに、先生も来るって言ってましたよ」
「伊崎先生も?」
そりゃまた、オオゴトになったものだ。
まぁ、実際オオゴトなんだけどさ。
「そっか。先生も来るなら、夜の校内に無断侵入して怒られる心配もないな」
「そうですね」
こういうときくらい、先生の権力を利用させてもらうことにしよう。
大した権力でもないけどねー。
「それにしても」
と、そこで急にシリアスモードの委員長。
「大変なことに・・・なりましたね」
「確かにね。でも――これも全部ヤツの思惑通りなんだよな」
そう思うと本当に腹立たしい限りだ。
ヤツさえいなければ、きっと最近のロアとの闘いは避けられたはず。
何より、久我さんも――。
だからせめて、ここでヤツとはしっかり決着をつけて。
小麦だけでも、守らなくては。
「柊君、先に言っておきますけど――」
「ん、何?」
「闘いに手を出すな、とか腑抜けたことを言ったら、殺しますからね」
笑顔で、怖いことを言う。
目が本気だ。
やばい、下手すると僕殺されるの!?
「・・・言わねえよ」
正直、委員長が手出しすれば小麦が黙っていないと思う。
しかしここでは、委員長が言うことの方が正論なのだ。
僕もできる限りの手出しはするつもりだし。小麦が、何と言おうと。
ただし。
「あいつ――遠野輪廻は、強いよ」
もしかすると、小麦と委員長が協力してかかっても尚歯が立たないかも知れない。
「そんなこと分かってます。未来の神荻さん、なんでしょう?」
言って、ニヤリと口元だけで笑う。
そうか――彼女は、小麦をライバルだと思っているフシがあるから。
そんな相手と、何のためらいもなく、全力でぶつかれることが嬉しいのだろう。
小麦も委員長も、二人揃ってとんだバトルマニアだよ、全く。

「あ、そうだ委員長」
「はい?」
「ちょっとお願いがあるんだけど」
「お願い、ですか?私に?」
「うん。まぁ大したことじゃないんだけどさ――」

そうして――あっという間に、時間は過ぎて。
約束の日。
約束の場所。
僕と小麦、委員長と伊崎先生。
勢揃い、である。
季節はまだ冬。夜風は特に冷たい。
しかし、ある程度動きやすい服装である必要もあり、みんな比較的軽装だ。
小麦に至っては――体操服である。
そりゃまぁ、動きやすさという点では最強だわな・・・。
しかし、半袖シャツにブルマって。こいつ寒くねーのかな。
・・・寒くないんだろうなぁ。バカだから。バカだから。バカだから。
取り敢えず3回繰り返してみた。まだ足りないかも知れないがこれくらいにしておく。
「で、夕月のヤローはいつ来るんだ?」
少しイライラ気味に先生が訊く。
「詳しい時間は指定してませんでしたけど・・・夜、としか」
ちなみに、現在19時。日はすっかり落ちて、完全に夜である。
「時間が決まってないって・・・アバウト過ぎません?」
委員長は呆れている。
「うん・・・ごめん、何か、頭に血が上っててさ?」
言い訳してみた。
委員長は苦笑し、それ以上何も言ってこない。
これは許してくれたと取っていいだろう。多分。

「オイ――虎春」
先生が静かに僕に近寄り、耳打ちするように何やら囁く。
「実際のところ、どうなんだ。勝ち目は」
「・・・ぶっちゃけ五分五分?」
「マジで!?オイオイ、頼むよ・・・自分の部活で生徒が失踪とか勘弁だぞ?」
「うわぁ、この状況で保身発言?」
まさかの最低教師っぷりを発揮である。
この人にはそろそろ腹パンしてもいいかも知れない。
「これでも、心配してんだぞ」
ちょっとだけ真面目な声で、付け足す。
「はい、分かってますよ。現時点では、最善を尽くしますとしか」
「『尽くします』?『尽くしました』だろ?虎春の場合は」
「――今回は、もっと頑張ろうと思いまして」
「・・・そうか。まァ何だ。無理だけはすんなよな、お前弱ェんだから」
本当に一言多い大人である。
でも、まあ。
心配してくれているのは確かみたいだ。

「柊君」
今度は、委員長。
「この前も言いましたけど、私、思いっきり手出ししますから」
「――ああ、分かってる。小麦もそれでいいな?」
準備運動にラジオ体操をやっている小麦に確認を取る。
「・・・うん、いいけど」
少し不服そうではあるものの、案外素直だった。
さすがにコトの重大さが分かっているらしい。何つっても自分の身がかかってるからな。
「了解が頂けて何よりです」
「委員長は怒ると怖ぇからなぁ」
より正確に言うなら、キレると見境がなくなるという感じか。
「何か言いました?」
ぐりっ、と足を踏んでくる。勿論超痛い。
「いいえ、何も言ってません・・・」
「よろしい」
僕は多分、今後もこの人には絶対勝てないと思った。

「ハル君」
そして最後に、小麦。
ラジオ体操を続けながら、僕へ問いかける。
「あたし、勝てるよね?」
どうも小麦らしくない、妙に殊勝な発言。
ただ、顔を覗き込んでも不安そうな様子はない。
「珍しいな。いつもなら『絶対勝つ』の一言だろ?」
「そうだけど。ハル君はどう思ってるかなって」
「そりゃ――勝つだろ。小麦だしな」
「本当に?」
ラジオ体操を途中で止め、じっと真っ直ぐ僕の瞳を見つめる。
「本当に、あたしが勝つと思ってる?」
「・・・んー、もし小麦ひとりだったら、危ないかな」
「そっか」
「怒らねえの?」
「うん。あたしは・・・ひとりじゃないからね。だから、勝つよ。いつも通りに」
「ああ、それでいい。小麦には、僕が・・・みんながついてるからな」
優しく微笑む小麦の頭を、よしよしと撫でる。
「もぉー!子供扱いすーるーなー!」
膨れて抗議する小麦。
そんないつも通りの小麦が、やたら可愛いと思った。
そして。
――勝たなきゃな。
と、改めて感じた。

「ふふふ、これはみなさん――お揃いで」

どこからともなく聞こえる、低い声。
校庭のライトが照らし出すのは、全身真っ黒の男。
そして同じく全身真っ黒の女。
夜でさえ、この二人の異質さを和らげることができないらしい。
それは――実に忌まわしい、黒。
「役者はこれで、全て揃ったことになるのかな?」
「ああ、これで全部だ」
夕月明はゆったりとメンバー全員を確認し、最後に僕を見やる。
「どちらが勝っても――恐らく君と話すのは今日が最後になるね」
「そうだな」
改めて言われると、妙な因縁を感じてしまう。
結構長い時間、コイツとは水面下でやり合ってきたからな。
「テメーが、夕月か」
そこに割って入る、伊崎先生。
「貴方は?」
「俺は、コイツらの顧問の先生だよ」
「あぁ、これはこれは先生。小麦ちゃんがお世話になっています」
「はん、もう保護者ヅラかよ。気に食わねえな」
本当に気に食わないのだろう、先生は普段の猫かぶりキャラを最初から捨てている。
「ふふふ、これは酷い嫌われようだ」
「当ッたり前だろロリコン野郎。俺の生徒に手を出すヤツは殺す」
「おお、これは熱い。今時珍しい熱血先生じゃありませんか。ひとつお見知りおきを」
「うるせェ、俺も今日が終われば二度とテメーに会う気はねえよ」
ギロリと凶悪な目付きで夕月を睨み付ける先生。火花の散るような眼力だ。
そして――先生は、懐から煙管を取り出す。
あれは・・・いつもの煙管?
急に、何を?
「あー、虎春。今日は俺もガチで闘うぜ」
「・・・・・・は?」
「何寝惚けた声出してんだよ。俺も一緒に闘う、ッて言ッてんだ」
「・・・どうやって?」
「コレだよコレ」
コンコン、と僕の頭を煙管で叩く。
「・・・もしかして、『修正者』?」
「ま、そういうことだ」
「だって、先生は『語り部』なんじゃ・・・」
「ドッチかひとつしかできねー、なんて決め付けんなよ少年」
言って、ニッと歯を出して笑う。
畜生、またやられた。
確かにこの場にいる以上闘いに参加する可能性は考えていたのだが。
まさか、能力アリとは。
これはまぁ、頼もしいと思っておこう。
「虎春君、先生、私からもよろしいですか?」
「あ、うん」
僕と先生を押し退けるように、委員長が前に出る。
「初めまして。私は二条三咲――生徒会長と言えば分かってもらえます?」
「おお――貴方が生徒会長の二条さんですか。初めまして」
恭しく一礼。そんな仕草も、何だか人を小馬鹿にしているように感じられる。
「描が随分とお世話になっていたそうですね」
「ええ、だから今日は楽しみにしていました――ようやく、殺してあげられる!」
言って、剃刀を構える。
「久我さんの仇、討たせて貰います」
最初から本気だ。
こっちは頼もしいというより・・・若干怖いというのが本音だったりする。

「じゃ、自己紹介も終わったところで」
――開戦と、いきますか。



BACK / NEXT


INDEX