悪夢の終わり、物語の続き:2



後手に回るのは好きじゃない。
僕は自らアクティブに動き回る方ではないけれど、主導権は持っておきたいタイプだ。
・・・客観的に述べるとすげぇワガママな人だな。
ともあれ、今は夕月の出方を待つしかできない。
そんな現状が、どうにも苛立たしかった。
勿論、僕にできることはできるだけやってるんだけどね、これでも。

さてさて、話は変わるが、ここで改めてロアについて語ろう。
ロアとは、特定の地域内で語られる噂が具現化した怪物のことだ。
この時、ロアの強さは噂を知る人の数とその深さ、信じる度合いで決まる。
つまり多くの人が強く「実在する」と信じる噂ほど強いロアになる。
これは僕らが実際に体験し、導き出した答えである。
後々伊崎先生に確認を取ったが、概ね間違ってないらしい。
ここで――例外に当たるケースがあることが分かるだろう。
それは、ロア・遠野輪廻の存在。
あれは元を辿れば電話ボックスの噂である。
そこに小麦の存在が加わり、「未来の小麦」となった。
未来の小麦ということは、当然現在の小麦と同等か、それ以上の強さとなる。
遠野輪廻は、存在するのに必要最低限の噂レベルで、その強さを発揮できるのだ。
遠野輪廻の特殊性は、ここにある。
実に厄介な存在と言えるだろう。
そして、僕は前々から考えていた。
・・・小麦は、強くなった。
じゃあ、「未来の小麦」は?
強くなった小麦に合わせて、より強くなるのではないか?
小麦はまだまだ成長途中だ。
遠野輪廻が具体的に何年後の小麦なのか不明だが、5年や10年では衰えないだろう。
むしろ、絶対強くなっているはずだ。
そうなると、「現在の小麦」は「未来の小麦」には絶対勝てない道理になってしまう。
僕らが勝つには、この道理を埋めなければならないのだ。
当然――それは、僕の役割。
夕月明と僕、どちらがパートナーとして優秀であるか。
この闘いは、それこそが問われている。
そして現在は、どう贔屓目に見ても・・・僕の完敗なのである。

ふう、とひとつ息を吐く。
放課後、小麦と歩く帰り道。
夕日を浴びながら通学路を歩いていると、何だか無性にさみしい気分になってくる。
「ハル君、疲れてる?」
そんな僕を、心配そうな顔で小麦が覗き込んだ。
「いや、んなことは――ないこと、ない、かな」
「どっちだよー」
咄嗟に嘘を吐き損ねた感じ。
いかんいかん。小麦に心配をかけているようではまだまだである。
何だかんだ言って、直接闘うのは小麦なのだから。
「大丈夫、気にすんな」
これ以上無駄に心配させるわけにもいくまい。
僕はいつも通り、笑顔を作って答える。
そんな僕の内心を知ってか知らずか――
「ハル君は、さ」
小麦は、進行方向を真っ直ぐ向いて、語りかけた。
「頑張ってると、思うよ」
「小麦・・・」
「あたしはバカだから。ムカつく奴がいたら殴る! 蹴る!・・・そんだけなんだよね。
 でも――今回は、それじゃダメなんでしょ?それくらいは、あたしにも分かるよ。
 だからハル君は毎日頑張ってる。あたしには、絶対にできないことようなことを」
そんな小麦の言葉に、僕は少なからず驚いた。
意外にも、小麦は小麦なりに考えていたのだ。
「・・・僕はてっきり、毎度働かずにサボりやがって、程度に思われてるのかと」
「そんなわけないよ!」
それは何気に酷いよハル君!? と、頬を膨らませて不満を口にする。
が、すぐにまた真面目な顔に戻って、
「・・・でもまぁ、ちょっと前までは、ひとりでもやれる! とか思ってた、かな」
と付け足した。
――それはそうだろう。
小麦は強い。
今回のようなイレギュラーさえなければ、もう僕の事前調査や戦略など不要だ。
だけど。
「でもさ。やっぱりひとりじゃダメなんだよ。あたしだけじゃ、赤マントには勝てなかった」
そう――まれに、イレギュラーとしか言いようがない、理不尽な出来事が起こる。
ロアに、絶対ということはない。
そして、ひとつの手違いが、致命傷になりかねない。
僕は、そんな万が一の可能性すら潰してしまいたい。そうしなければならない。
慎重に慎重を重ねて。
「今回も、そうなんでしょ?多分、あのもうひとりのあたしは――赤マントより強いよ」
赤マントより、今の小麦は強い。
今の小麦より、遠野輪廻は強い。
だから、赤マントより遠野輪廻の方が圧倒的に強い。
そんなパワーバランスだ。
「だからさ、あたしには・・・ハル君が必要なんだよ」
僕が、必要。
必要にされる――頼られるというのは、何だか。
うん、何だか、こう。
悪い気はしない・・・かな。
そんな風に、僕は思った。
妙にムズ痒い胸の内をごまかすように、僕は呟く。
「そうか。だったら、お兄さん頑張んないとなー」
「・・・もぉー、い、いつまでもお兄ちゃんじゃないってばぁ!」
「ふふん、いつまでたっても、小麦は小麦だろー」
「・・・そうだけど! そうだけど、違うもん。あたしは――」
急に、小麦の足が止まる。
そしてその身に纏う空気が変わる。
一体、どうしたって――

「あたしは、そんなハル君が、好き・・・だよ」

「え・・・?」
「なっ・・・何驚いてんの、今更。そんなの、当たり前・・・じゃない」
顔を赤くして、恥ずかしそうに小麦は言った。
え。
コムギさん。
マジですか。
・・・マジモードですか。
僕はもう一度小麦を見つめる。
嘘とか、冗談の類には見えない、かな。
好き・・・か。
うん、そりゃあ、嫌われてはないだろうと思ってたけども。
はっきりと言葉にされると、さすがにね。
「いつも一緒にいてくれて。助けてくれて。優しくしてくれて。子供の頃からずっと――。
 そ、それで好きにならないわけ、ないでしょ」
照れているのは小麦も一緒らしい。
いつも考えなしの小麦といえど、さすがにこういう状況では恥ずかしいんだな。
「ハル君は?あたしのこと・・・その、どう思ってるのかな?」
そして更に、そんな恥ずかしいことを聞く。
そそそ、そんなものは、そりゃあ――決まっているじゃないか。
「小麦は――小麦だよ」
「もう、またそんなこと言ってごまかすんだから!」
ぺしっ、と僕の肩を叩く。
「――ぐぉっ、痛ぇよ!?」
小麦の「ぺしっ」は、そんな可愛らしい擬音で表せるレベルをはるかに越えていた。
例えるなら、標準的男子高校生の全力正拳突きくらい?
「まーたまたぁ。本当ハル君は調子いいんだから!」
ぺしっ。ぺしっ。
「あがっ、ぬおっ!?」
やめて! マジでやめてください!
僕はお前みたいに近接パワータイプじゃないんだからね!?
「――で?」
がしっ。
今度は、回避態勢に入った僕の右腕袖口を掴む。
ほら、よくラブコメなんかであるじゃないか。
小さくて可愛い女の子が、きゅっと主人公の袖口を掴んでくるシーン。
あれを思い浮かべて欲しい。
で、そこに込められた力が万力クラスだと思って欲しい。
「きゅっ」じゃなくで、「ぎりぎりっ」とか「みちみちっ」とかそういう雰囲気。
完全に僕を拘束してるよねコイツ!?
「ちょ、小麦っ! や、やめっ、手首がちぎれる!?」
「だから。ハル君は・・・どう思ってるのかなって、聞いてるんだけどな?」
目が笑っていなかった。
なるほど、これがヤンデレですね。分かりました。
もしこの状態で「僕、別にお前のことなんか好きじゃねえし」とか言おうものなら。
そうだな。まぁ、よくて右手切断くらい?
・・・怖いなんてもんじゃねえ。
「おおお、落ち着け小麦。いいか、まずはこの手を離せ。話はそれからだ」
「・・・ちゃんと答えてくれる?」
「お、おう、大丈夫だから。安心していいぞ」
「うん・・・」
ようやく小麦が僕を解放してくれる。
ふう、まずは第一関門突破、である。
しかし、さてこれはどうしたものか・・・。
「いいか、小麦」
「うん」
「ぼ、僕は」
「うん」
「僕はっ、その・・・こ、小麦のことをどう思ってるかというと、だな」
「うん」
「・・・その・・・す」

「ちょっと待ってもらおうか」

――絶妙のタイミングで待ったがかかる。
た、助かった!
僕は驚きと安堵の気持ちで声のした方を振り向いた。
「危ない危ない。目を離すとすぐこれだ――」
そこには。
「ふふふ、久し振りだね、小麦ちゃんに虎春君」
どんな景色にも馴染まない、喪服の男――。
「・・・夕月・・・!」
そう。
災の元凶、夕月明。
いつからいたのか。どこから現れたのか。
奴はさも当然のように、そこに立っていた。
小麦は無言で臨戦態勢に入る。
「おお、怖い怖い――輪廻」
その言葉に反応するように、夕月の前に黒い巫女装束の女性が現れた。
遠野輪廻。
彼女は「風舞カザマイ」という瞬間移動スキルを持っている。
こんな風に出現することなど造作もない。
そして、その遠野輪廻も戦闘モードに切り替わる。
「まあ待て、輪廻。今日は――話をしにきたんだから」
「話・・・だと?」
夕月の言葉は全て癇に障る。僕は苛立ちを隠すこともせず、答えた。
「もう、あんたと話すことなんか何もねぇはずだけどな」
「そう言うなよ虎春君。つれないなぁ」
「はん。虫唾が走るぜ、人殺しめ・・・ッ」
そうだ。こいつは――仲間であるはずの久我さんを殺した。
役に立たなくなったからなのか。情報を漏らされるのが怖かったのか。
それとも、完全に気まぐれなのか。
どんな理由にしても、許せるはずもなかった。
小麦の件もあるから、とうに許す気もなかったのだが――もはや決定的だ。
「それは描のことか?いやいや、殺したのは俺じゃないよ。俺が殺せるわけないだろう?」
「ふざけんな! お前以外に誰がやるってんだ!」
「だから、俺じゃないよ。描を殺したのは輪廻だ」
「き、貴様ァ・・・ッ!」
そんな詭弁にもならないことを、よくも平然と言えるものだ。
癇に障る、どころではない。
おぞましい。忌まわしい。呪わしい。
「ま、そんなことはもうどうでもいいじゃないか」
「どうでもいいだと!? テメェ!」
「いや、そりゃ止められなかったのは俺にも責任がある。
 しおらしく悔い改めれば描が生き返る、というならそうするさ。
 俺としても、彼女を失うのは辛いからね。
 何せ・・・彼女は俺の言うことなら何でも聞くいい玩具だったから」
平然と。
あくまでも悪びれることなく、夕月はそう言ってのけた。
「ふふふ、知ってるかい。描は俺が命じれば靴だって平気で舐めたんだぜ?」
そんなことを、自慢気に――。
僕の頭の中で、何かが音を立てて切れる。
刹那。
小麦が何も言わずに夕月めがけて突進していった。
瞬間移動のようなその瞬発力で、距離は瞬時にゼロになる。
激しい衝突音。
それはまるで、いつかの再現のように。
「・・・ありがとう、輪廻」
小麦の右腕は、遠野輪廻によって遮断された。
ギリ、と小麦が足を踏みしめる音が聞こえる。
「オマエは、人間じゃない!」
・・・小麦。
怒りや悔しさが綯い交ぜになった表情で、彼女は責める。
「仲間を殺して! バカにして! 平気で笑って! オマエなんか、人間じゃない!」
「ふふふ、おかしいな小麦ちゃん。人間じゃないのは――」
言いかけた夕月の顔が、大きく歪む。
――僕の拳が、夕月にクリーンヒットした。
遠野輪廻を小麦が押さえてくれていたお陰だ。
「あんたはもう、喋るなよ。耳が腐りそうだ」
「ぐっ・・・なかなかやるじゃないか、虎春君。やっぱり若さは素晴らしいね」
殴られてバランスを崩した夕月は、しかしまだ不敵に笑っている。
この野郎・・・何度でもぶん殴ってやる!
「ハル君っ」
追撃しようとしたところを、小麦に無理矢理引き戻された。
次の瞬間、目の前を炎の槍が横切る。
「――炎舞エンブ香車ヤリ
あッ・・・ぶねええええ!
小麦に引っ張られてなければ、今の遠野輪廻の一撃で僕なんか即死だ。
冷静に・・・冷静になれ。
僕は直接闘えない。あくまでも、参謀のポジションなのだ。
「輪廻――もういい、やりすぎだ」
口元に滲む血を拭いながら、夕月は遠野輪廻に命じた。
くそ、やはり簡単にはいかない、か。
「虎春君、まずは冷静になって、聞いて欲しい」
「・・・何を、だよ?」
あれだけのことを言ってこちらの動揺を誘っておきながら、滅茶苦茶な言い分だ。
しかし、これ以上熱くなっても遠野輪廻に返り討ちにあってしまう。
「今日俺はメッセージを伝えにきただけなんだ」
「メッセージ?」
「ああ。ようやく、輪廻の育成が終わった、とね」
遠野輪廻を育て、小麦と再戦すること。
それが、約束だった。
確かに夕月にいいようにあしらわれている感はある。
だがそれを打ち倒してこその勝利であり、真の撃退と言えるのも間違いない。
僕らが目指すのは、夕月と二度と接触しないで済むことなのだ。
「へえ。じゃあ、今からでもやってやる!」
息巻く小麦。
「まあ、落ち着き給えよ小麦ちゃん。こういうのは、セッティングも大事なんだ」
「ちっ、めんどくさいなあ」
「小麦、ちょっと黙って」
僕は、小麦を制して続きを促す。
「場所と日時を決めて、正式に闘うってことだな?」
「その通り」
ふふふ、と不気味に笑う夕月。
「そうだな、3日後の夜、君たちの学園の校庭でどうかな」
「・・・分かった」
「俺が――輪廻が勝ったら、小麦ちゃんは俺のものだ」
「小麦が勝ったら、あんたは二度と僕らの前に顔を出すな」
「いいだろう、約束だ――輪廻、帰るぞ」
言いたいことを言い切って。
夕月は、遠野輪廻を呼び寄せてその腰に手を回した。
「では、3日後に。楽しみにしているよ、小麦ちゃん」
「ふん。あたしは絶対負けない。今度こそあたしが最強だって分からせてあげる」
「ふふふ――」
そんな、気持ちの悪い言葉を残して。
「――風舞カザマイ
夕月明と遠野輪廻は、僕らの視界から掻き消えた。

負けられない。
僕は拳を握りしめる。
――勝負は、3日後。
僕にできることは、残りわずかだ。
「ハル君」
先程までの緊張が嘘のように、小麦は柔らかく笑った。
「大丈夫。あたしたちなら、勝てるよ」
あたしたち、、
そう、僕と小麦なら。
ふたりなら――きっと、勝てるはずだ。



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