悪夢の終わり、物語の続き:6



言霊、という言葉がある。
言葉に宿る霊的な力、という意味だ。
日本人ならきっと、大多数の人がその存在を感じたことがあるだろう。
ここでは――僕をどこまでも強くする、そんな素敵な言葉。

「あたしの――恋人」
ぽーっとした顔で、小麦が呟く。
「・・・嫌か?」
「ううん!そ、そんなことないっ!ちょっと、びっくりしただけだよ!」
「遅くなってゴメンな。本当は、もっと早く覚悟を決めるべきだったんだ」
「・・・覚悟?」
「ま、小麦が気にすることじゃないよ」
それじゃあ、小麦を――大切な恋人を守るために。
ぶちかますとしましょうか。

「虎春君・・・まさかとは思うが、君が直接闘おうと言うつもりじゃあるまいね?」
「んだよ、悪ぃか?」
すると、夕月はさも哀れなものを見るような目で笑った。
「ふふふ、残念だ。残念だよ虎春君。君はもう少し賢い人間だと思っていたんだがね」
「そりゃあ、過大評価だよ」
僕はいつだって馬鹿だ。
ここまで追い詰められないと、小麦を命がけで守る決意すらできない愚か者だ。
みんなが言うほど――僕は万能なんかじゃない。
「分かっているのかい虎春君。君と輪廻の――小麦ちゃんとの力の差が」
「分かってるさ」
「ふふふ、そうか、まぁそれもいい。自分自身で体験しないと分からないこともある」
輪廻、と一言、強く夕月が命じる。
それを合図に、漆黒の巫女が動いた。

「――風舞カザマイウラ

来た。風舞カザマイウラから炎舞エンブのコンボ。
この凶悪な連携技は、超スピードによる移動と次の攻撃へのタメを同時に行うのがポイントだ。
と、いうことは。
「こんなもん――炎舞エンブが避けられれば、意味ねぇよな」
ひょい、と体をそらして炎の拳をかわす。
「――なん、だと?」
「何驚いてんだよ、夕月」
「ちっ、ならば遠距離攻撃だ!」
ザッ、と後ろへ下がり、そのまま炎の槍を生成。
唱える呪文は――
「――炎舞エンブ香車ヤリ
炎の槍を投擲する、遠距離攻撃だ。
信じがたい速度で飛来する槍。
しかし僕の目には、その軌道がはっきりと見える。
見えてしまえば、かわすことなど造作もない。
半歩ずらし、直撃を避けた。
が、相手の攻撃はそれだけでは終わらない。
避けた直後の隙を狙って、もう一発の槍が飛んでくる。
「おっと」
仕方なく、僕はそれを右手でひょいと掴む。
勢いをなくした炎の槍は、やがて夜の闇へと消えていく。
香車ヤリを、掴んだ――だと!?」
明らかに動揺する夕月。
「さてと」
次はこっちの番だ。
僕は投擲を終えた遠野輪廻へと詰め寄る。
勿論、体勢を立て直す隙など与えないほどの速度で、だ。
多分、夕月からすればそれは瞬間移動に見えるだろう。
そして、隙だらけの遠野輪廻の顔面へデタラメなパンチ。
・・・仕方ねーだろ、格闘技とかやったことねーんだよ。
「でもまぁ、手応えはあったぜ?」
軽く4、5メートルほど吹き飛んだ遠野輪廻。
小麦と同じその顔には――明らかに、大きなヒビが入っていた。
「一撃で!?馬鹿な、バカな、ばかなァァァ!き、君はただの『語り部』のはず!」
「さっき先生も言ってたけどよ、『語り部』は闘っちゃダメなんてルールは知らねえぜ」
「ふざけるな!そんなことは不可能のはずだ!ただの高校生に過ぎない君が――!?」
「あー、うるせー。こっちは時間がないんだよ。話はあとにしてくれ」
言って、よろよろと立ち上がる遠野輪廻にとどめを刺す――
が、密着したこの距離は。
「――炎舞エンブ玉将ギョク
炎の渦による全方位攻撃。
そして恐らく、遠野輪廻最強の技。
その範囲内だった。
炎は柱となり、周囲の全てを拒絶する――!
だけど、
「――っと。まぁ、大したことはないか」
そんなものは、僕には当然通じない。
ちょっと熱かったけど、それだけだ。普通に我慢できるレベルである。
「じゃあ――」
炎の渦の消失に合わせて、僕は遠野輪廻の顔を、仮面を掴む。
「――バイバイ、未来の小麦」
そのままグッと力をこめて。
小麦と同じ顔をした仮面を、粉々に握り潰した。

「――有り得ない」
膝から崩れ落ちる夕月明。
そして、護衛のなくなった彼を取り囲む僕ら。
「虎春君、君は一体・・・どんなマジックを使ったというのだ」
怯えにも似た表情で、僕に問いかける。
「言っただろ――僕は、小麦の恋人だって」
「それがどうしたというのだ!そんなもの、強さの証明には――」
「『最強美少女・神荻小麦に彼氏ができた』」
「・・・何だと?」
「今、校内で噂になってるんだよな?委員長」
そこで、未だ立つのがやっとの委員長に声をかける。
「――ええ、確かに・・・」
「それ、半分は僕が流した噂なんだよね」
「確かに、あの時柊君が私にした『お願い』――」
「そう、その噂をもっと広めて欲しかったんだ」
「それは・・・分かりますけれど」
僕は、その噂の知名度を上げたかった。
小麦が恐ろしく強い、という噂。
そして、その小麦に彼氏ができたという噂。
「だから、その彼氏が柊君なのでしょう?」
「うん、それは、たった今正式にそうなったね」
「そんなことが!そんなことが・・・何の意味を持つというのだ!?」
割り込む夕月。
「それを下地に、僕は少しだけ色を付けたんだよ」
つまり。

「『その彼氏は、神荻小麦よりも強い』――ってね」

「なん・・・だと・・・!?」
「さすが思春期真っ盛りの高校生。この手の噂はすぐに広まったぜ」
小麦の噂を流しながら、そっと付け足すだけで。
それは面白いように伝播し、派生した。
だから彼氏である僕は――未来の姿であれ「小麦」に負ける道理などなかったわけだ。
「虎春・・・てめェ!」
そこで、先生が僕の胸ぐらを掴んで怒りをあらわにする。
「自分のしたこと・・・分かッてんのか!?」
「分かってますよ、先生。僕は――ロアになる、、、、、
僕の宣告に、先生以外の全員が驚愕する。
そう。
自ら噂を受け入れ、その化物じみた力を利用した僕は。
もう、人間じゃない。
「軽く言ッてくれるな・・・それは、お前がいつ消えても、、、、、、おかしくない、、、、、、ッてことだぞ?」
その目には、わずかに涙をためて。
先生は厳しくも・・・優しくそう言った。
分かっている。分かっているのだ。
ロアは――人々の噂の産物。
囁かれ、妄想され、騒がれることでその存在が維持される。
ならば、人を辞め、噂を具現化した怪物になった僕は。
――噂の消失と共に消え去るだろう。
正直なところ、僕は怖かった。
だから、傷つくみんなを見ながらも・・・ぎりぎりまで覚悟ができなかった。
なんて情けない男だろう。
好きな人が傷つく姿を目前に、自分の命の心配をしているなんて。
「――ふ、ふふふ。ははははは。あははははははは!」
突如、大声で笑う夕月。
「そうか。そうかそうか。虎春君、さすがだよ。さすが小麦ちゃんの隣に居続けた男だ。
 人を辞め、ロアとなり――まさに命をかけて小麦ちゃんを守ったというわけか。
 参った、その狂気あいじょうは間違いなく俺以上だ」
ごろん、と大の字に寝転ぶ。
怯えた表情から一転、晴れ晴れとした顔。
それは、夕月のものとは思えないほど、邪気のない笑顔だった。

「なあ、虎春君。ひとつだけ――約束してくれるか」
「何だ?」
「小麦ちゃんを――これからも、守ってくれ。幸せにしてやってくれ。
 俺には――できなかった。だからせめて、輪廻の子だけでも幸せに――」
「・・・てめーに言われるまでもねえよ、ロリコン野郎」
「そうか。ありがとう」

――こうして、長い闘いは終わって。
僕らは、日常に戻っていく。
人を辞めた僕と。
人でない小麦と。
今までと変わらない、人としての日常へ。



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