柊虎春にできること:6



それは、目で追うのがやっとの闘いだった。
無数に繰り出される拳を食らいながらも、一向にダメージを感じさせない赤マント。
あらゆる角度から飛び出してくるナイフを、紙一重で避け続ける小麦。
予想していたことだけど、つくづく一般人が入り込めるバトルじゃねえな。
ようやく息を整えた僕は、それでも目の前の闘いを注意深く眺めている。
――僕が動くべきタイミングを、決して逃さないように。

「ヒャハハッ、ハ、ハァ! やるねやるね、やるじゃねーか嬢ちゃん!」
赤マントは楽しげに叫ぶ。
「ふふん、だからあたしは最強だって言ってるでしょ」
小麦も、つられたのか心なしか楽しそうだ。
どちらも、バトルマニアという点では似通っているのだ。無理もない。
「あー、間違いねえ、嬢ちゃんは最強だ。人間の中では、な!」
凄まじい速さで突き出されるナイフが小麦の頬に薄く触れ、わずかに血が滲む。
が、小麦はそのまま赤マントの腕を取り、乱暴に放り投げた。
受け身も取れず、壁に叩きつけられる赤マント。
「人間とかロアとか、関係ないっつーの。全部ひっくるめて、あたしが最強だ」
「ケケケ、痛ェ痛ェ。しかし・・・」
よろけるのも一瞬のこと。
赤マントは即座に小麦に向かって突進する。
「持久戦になれば、俺様の勝ちだろォ?」
まるで闇雲にナイフを振るう。
ひとつひとつをかわすのは、今の小麦なら造作もないだろう。
しかし、確かに持久戦勝負となると不利だ。
小麦の体力だって無限じゃない。
だけど、ロアの体力はほぼ無限なのだ。
少なくとも、これまでに体力切れを起こしたロアなんて見たことない。
さて――それじゃあ取り敢えず、ここらで種を撒こうかな。
「おい、赤マント」
「ああん? ニイちゃんは戦闘要員じゃねぇんだろ? すっこんでな!」
「その1――赤マントは、廃墟で人を殺す」
「・・・・・・何だと?」
ぴくり、と赤マントが反応した。
小麦に対する警戒は解かないまま、視線だけ僕へと向ける。
「人気もなく、近場。お前とバトるには、ここが最適だった」
「ハッ。だから、何だってンだ」
「その2――赤マントは、ナイフで人を殺す」
「・・・テメェ」
今度は、明らかに動揺の色が混じった。
「小麦、だからコイツの攻撃はナイフだけに気を付ければ良い」
了解、、
小麦は素直に頷いた。
今回は、僕を立ててくれるつもりらしい。空気の読める子は、好きだな。
「はん。何を言ってやがる。俺様って結構足癖も悪いんだゼェ?」
「ハッタリだ、無視していいぞ」
了解、、
再び素直に頷く小麦。
赤マントは、もはや苛立ちを隠そうともしない。
「テメェら、サイコーにゴキゲンじゃねえか! どんだけナカヨシなんだよ!?」
体ごと、僕の方へと向き直る。
その隙を、小麦が見逃すはずがなかった。
ズン、と一際重い、背後からの一撃。背中が関節とは逆に折れ曲がる。
慌てて飛び退くも、そこに更なる追撃。
再び入口側へと弾き飛ばされ、歪んだ扉に叩きつけられる。
「あああ! 畜生、ムカつくなァ! ムカつくぜェ!」
跳ねるように、扉を蹴って小麦へと一直線に向かってくる。
真っすぐに伸びたナイフを、小麦はいとも容易く手刀で弾いた。
「これで、オマエは何もできないってわけね?」
「・・・こ、このヤロォ・・・ッ!」
小麦はニヤリと笑う。
赤マントは――もうなす術もない。
カァン! と、金属音が響いた。小麦の右ストレートが、仮面に直撃したのだ。
床に仰向けに倒れこむ赤マント。
その仮面には、小さくヒビが入っていた。
よし、もう少しだ。
――赤マントは尚も立ち上がる。いや、跳ね起きるという方が正確だろうか。
そして、次の瞬間、僕の視界から消えた。

「だったら、これでどうだい。嬢ちゃん」

背後から聞こえる声。
ガバッと両手で抱えられるようにして、僕の自由は奪われた。
「近づくんじゃねえぞ」
「はん、アンタ――ナイフがなきゃ、何もできないんでしょ?」
「ナイフが1本とは限らねえだろ?」
ごそごそと懐からもう一本のナイフを取り出し、僕の首にあてがう。
予備、か。
まあ、ありえる話である。
「うわ、汚ッ!」
小麦が嫌悪感たっぷりに吐き捨てた。
「お前らに言われたかァねえよ! どっちが汚ェんだっつー話だ!」
・・・ごもっともである。
これに関しては、実質2対1で闘おうとした僕らに非があるだろう。
「人質の方が汚いのー!」
しかし、小麦にはそんな理屈が通用するはずもなかった。
「うわぁ、スゲエ子供がいる・・・ニイちゃんも大変だなぁオイ」
どうしよう。ロアに同情されたのは初めてだ。
「まぁ、何にしても。卑怯上等、これで俺様の勝ちってワケだ」
ヒャハハ! と耳元で奇声を上げる。
それ、耳が凄く痛いんでヤメてもらえませんかね。
「くっそー・・・」
迂闊に手が出せない状況になり、苦い顔の小麦。
「さて、俺様はここからどうするでしょう?」
「ハル君を殺されたくなかったら動くな、とでも言うつもり?」
「ハズレ。何で俺様がそんな要求しなきゃなんねーんだよ」
くっくっく、と今度は押し殺すような笑い声。
「今、殺しちゃった方が楽だよなァ。どう考えても!」
「なっ!」
そう、赤マントとしては、余計なことを喋る僕さえいなくなれば従来通りに闘えるのだ。
そして、持久戦に持ち込むにはそれで十分なのだ。
だったら、ここで僕を生かしておく道理はない。
「じゃ、ニイちゃん。悪ィけど死んでくれ」
「やめろォォォ!」
小麦の絶叫。
――心配すんなよ、小麦。

「『青マント、、、、身に付けた、、、、、』」

僕が呟いたその呪文キーワードに、赤マントの動きが止まる。
そして、僕を抑え込んでいた腕から力が抜け、カタカタと震え始めた。
僕はゆっくり余裕を持ってそこから抜け出し、小麦の方へと歩み寄る。
「だから、大丈夫だって言っただろ?」
キョトンとした小麦に、そう言ってやった。
「・・・な、何したの? ハル君」
「その3――赤マントに襲われたら『青マント身に付けた』という言葉で逃れられる」
振り返り、赤マントに向けて宣言する。

「――以上3つ、僕が改変した赤マントの噂だ」

「て、ててテメェ・・・一体ナニモンだよ?」
「僕は、ただの・・・語り部、さ」
「じょ、冗談じゃ、ねェよ。聞いてねえぞマジで。俺様の噂を、か、改変だと・・・?」
「別に不可能なことじゃないだろ」
「可能とか不可能とか、それ以前だっつーの。俺様は、赤マント・・・伝説レジェンドだぞ?」
「ロアには変わりないだろ。どれだけ有名な噂でも、局所的な流行の差異はあるさ。
 そして、ロアは少なからずその影響を受けるわけだ。
 だったら、この辺で流れる赤マントの噂に足して、、、やればいい」
「それを・・・実行したってのか、この短期間で」
匣詰一理パンデミックにできたんだ。僕にもできるさ」
出現条件を整えて。
殺害場所を制限して。
殺害方法を指定して。
弱点を、設定した。
これだけの噂を流すのに、10日かかったというわけだ。
匣詰一理だったら、もっと早くできたのだろうか?
だけどまぁ、今回は初めてのことだったし、こんなもんかな。
「ちなみに、最後の呪文キーワードは久我さん風にしてみた」
一応、弔い合戦のつもりだったのだ。
「さすがハル君。かっけーッス」
ぐっ! と親指を立てて、満面の笑顔を見せる小麦。
「じゃ、最強美少女小麦サン。トドメをどーぞ」
「了解」
ぐるんぐるんぐるんぐるん――と、豪快に右腕を振り回す。
「トドメは、やっぱ派手にいかなきゃだよね、ハル君」
「ああ、ヒーローの鉄則だからな」
「じゃあ、行っくよ――」

「――炎舞、、っ!」

回転速度を増す右拳に、薄らと炎が灯る。
それは――未来の小麦が使った技。
小麦が、いずれ使えるようになるであろう技。
その「いずれ」が、今だったというわけだ。
未だ動きの鈍い赤マントに、その攻撃が避けられるはずもなかった。
――パキィッ!
無機質な音を立てて、仮面は粉々に砕け散った。
仮面の下には噂を流した張本人の顔があるはずなのだが、何だかうまく認識できなかった。
はっきりと見えているはずなのに、脳が拒否しているかのような。
男のような気もする。
女のような気もする。
子供のような気もする。
老人のような気もする。
それら全てが、入り混じったもののような気もする。
多分、あまりにも巨大すぎる噂は、出元も分からなくなってしまうということなのだろう。
跡形もなく消え去ってしまうまで、霞がかかったようにもどかしいままだった。
でも、それで良かったような気もする。

最強のロア・赤マント。
それを生み出したのが誰かなんて、知ってしまうのも興醒めだ。



BACK / NEXT


INDEX