柊虎春にできること:5



怪人赤マント。
その知名度の高さとは裏腹に、実体は曖昧だ。
これまでの噂のような、確かな出現手順も分かっていない。
人を殺し返り血を浴びたからマントが赤いとも言われているが、それも定かでない。
何もかも、不明で不定で不確実だった。
ただ――その強さは推して知ることができよう。
語られることが多い、いわば流行りの噂ほどその力が強くなるのは以前にも述べた通り。
そもそも実体が曖昧というのは、噂の規模が大きすぎてバリエーションが多いということだ。
加えて、赤マントをモチーフにした噂では、たいてい人が殺される。
それも八つ裂きになったり失血死したり、かなり残酷な死に様だ。
つまり、暴力に特化した噂と言えるだろう。
最強、、
人々の想像が膨らみ畏怖の対象にまでなった、まさに誇大妄想レジェンドである。
奇しくも、久我さんは自身のロアを最強と言ったばかりだった。
しかし、その自信はあっけなく打ち砕かれたということになる。
ロアと生身の人間では、いくら彼女が語り部であるとはいえ比べようもないが。
何にせよ、史上最強と言って差し支えない敵である。
僕は、動く。
僕にできる全てのことを、手抜かりなく、できる限り迅速に。

「じゃあ、しばらくはあたしひとりで下校した方が良いのかな」
放課後の部室、小麦は僕に確認するようにそう訊ねた。
「いや、小麦ひとりだと危なっかしいから、僕も一緒にいるよ。これまで通りでいこう」
「んー、でも、赤マントの野郎はひとりの時しか現れねェんだろ?」
同じく、部室内のパイプ椅子に胡坐をかく伊崎先生。
「そこは、まぁ・・・大丈夫ですよ。多分」
「多分てオマエ。ま、虎春の言うことだから信用はしてるけどよ」
言って、煙管を咥えて大きく息を吸い込んだ。
「ただ、どうしても成功率というか、遭遇率は低いと思う」
今回、明らかな手順がほとんどないのだ。偶然に頼るところは大きい。
それでも、なるべく可能性を上げる手段を取っているつもりだが。
「それはそうでしょうね。念のため、私もご一緒しましょうか?」
委員長は、心配そうに提案した。
「うーん、僕としては、二人が良いんだよね」
「む、そうですか? では、少し離れた場所から付いて行くのは?」
どうしても同行したいらしかった。
本当に、ありがたい限りだね。
「それならまあ、構わないかな」
「了解です。では、そのように」
不満を漏らすこともなく、委員長は頷く。
「一応、委員長には俺が付いておくよ。その方が安心だろう?」
「あ、じゃあ先生、よろしくお願いします」
「あいよ」
仲間が多いというのは、実に頼もしいことだな――なんてことを今更感じる僕だった。
さて、それでは作戦決行といきますか。
・・・といっても、何度も言うように相手は不確実な存在だ。
すぐに出てきてくれるとは限らない。ある種、持久戦である。
取り敢えず、主な方策は二つ。

・夕方、できるだけ遅くに下校する。
・下校の際は、二人一組とする。

これを、何日も繰り返すだけ。早いうちに出てきてくれれば良いけれど・・・。
しかし、そう遠くない内に現れるだろう確信は、持っていた。
僕だって、無能ではないからね。
・・・多分。

そして3日後、またしても被害が出た。
今度も、ひとりで下校していた女子生徒。
腕に傷を負ったらしいが、幸い命に別状はなく、軽傷らしい。

更に3日後、今度は女子二人で帰っているところに現れた。
声をかけられただけで、二人に怪我はなかった。
明らかに異常な、赤いマントを羽織った男に声をかけられたという。

更に更に次の日。
今度は、男女二人で下校しているところに出現。
こちらも声かけだけで、怪我はなかったとのことだった。

これを受けて学校は、複数人――できれば三人以上での下校を推奨するようになった。
本当に今回は学校側の動きが早い。それだけ被害が現実的だということだ。
・・・しかしこれは、概ね僕の想定通りの展開と言える。
さあ、そろそろ来るんじゃないかね。
だけど、焦るな。
焦れば怒る。怒れば鈍る。鈍れば――仕留め損なうぞ。
そして、久我さんが殺されてから丁度10日後。

「よう――そこの少年少女」

それは唐突に、僕らの前に、現れた。

「ちょっくら、死んでくれねーかな」

ヒャッハハハハァァーーーッ!
けたたましい奇声が、人気のない住宅街に響き渡る。
それを聞いた小麦は、僕の反応速度をはるかに超えた素早さで目の前に立ちはだかった。
十字路の陰から飛び出したロアは、僕らの頭上を飛び越え、背後に回る。
「ンンン〜、スゲェなオイ。そこの嬢ちゃん。お前マジハンパねェ」
にやにやと笑う男。
頭にはシルクハットをかぶり、赤いマントを羽織っている。
赤マント、、、、
よく見れば、その気味の悪い笑顔は仮面である。
ロアが付ける仮面の表情は結構ランダムなのだが、最近妙に笑顔率が高いな。
とはいえ、こんな不気味な、人を馬鹿にしたような顔は初めて見るが。
「・・・アンタ、やる気ないでしょ?」
小麦が、イラついた声で赤マントに向けて言い放った。
「ナメてんの? それとも、攻撃もできないの?」
「デキるけどヤんねぇの。気分だよ、気分。分かるゥ?」
「それが、ナメてるって言ってんのよッ!」
赤マントへ向けてステップインからの回し蹴り。
鋭い攻撃――しかし小麦の脚は空を切る。
瞬間移動のようなバックステップにより、かわされていたのだ。
「ヒュウゥ、あっぶねー! お前、殺す気マンマンだろ。いいねいいねェ、ヒャハ!」
左右に素早くステップを刻みながら、尚も余裕の赤マント。
さすがは最強、といったところか。
「お前が、赤マントだな?」
余裕を見せている今のうちに、僕は確認を取る。
「オゥイエス! いかにも、俺様が怪人赤マントだぜ! ヨロシクな!」
シルクハットを脱いで、恭しく一礼。
何というふざけたキャラだろう。テンションが高すぎてついていけない。
「お前は、夕月明とはどういう関係だ?」
「あー、あのニイちゃんか。何だろうね、オトモダチってカンジ?」
「主従関係だったりはしないよな?」
「主従関係ィ? ヤメてくれよ気持ち悪ィな! 男と主従関係とかガチホモかっつーの!」
ケケケ、と耳障りな声で笑う。
なるほど、そこまで密な関係ではないということか。
この赤マントは、あくまでも――既存の噂に過ぎないということだ。
だったら、勝ち目はあるな。
僕は、小麦に小さく耳打ちする。
「小麦。逃げるぞ」
「はぁ!?」
「大丈夫」
「だって、副会長の仇――」
僕が、、大丈夫だと、、、、、言ってるんだ、、、、、、
「――うん」
その一言で納得したらしく、小麦はカチリとモードを切り替えた。
「学校の廃倉庫」
「おっけー」
頷きあって、僕らは同時に走り出す。
「お、お? 何ナニ? お前ら何逃げてんの!?」
案の定、赤マントは一瞬戸惑うものの僕らを追ってきた。
さて、足の速い小麦はともかく、僕は上手く逃げれるだろうか?
「ヒャハハハ! 待て待てェ!」
しばらく走って振り返ると、赤マントはまだかなり後方にいた。
――よし。
先ほど確認した赤マントの運動能力からして、僕に追いつけないはずがない。
なのに、追いつこうとしていない。
これは赤マントの意図であり、本人としては遊んでいるつもりなのだろう。
僕は思わず笑みをこぼす。
「・・・大丈夫? ハル君」
そんな僕に、何やら心配そうな顔で小麦が聞いてきた。
いや、恐怖でおかしくなったとかじゃないですから。

体育館裏の今は使われていない元体育倉庫。
扉を開け、僕らは中へ飛び込んだ。
――あ、やべ。息できねえ。
結構な距離を走って、僕はすっかり息が上がっていた。
隣の小麦は、全然平気な模様。ええい化物め。
僕は、懸命に息を整えながらもぐるりと倉庫内を見回す。
薄暗い室内は相当に埃っぽく、しかしまずまずの広さだ。
具体的には、小麦が多少暴れても大丈夫なくらい。
木造で、壁は今にも崩れそうだし窓ガラスもところどころ割れている。
もしかしたら雨漏りもするかもしれない。
だがしかし、取り敢えずはこれでいい。十分だ。
「見ィつけたァッ! ヒャハハハハ! 鬼ゴッコはもう終わりかオイ?」
甲高い笑い声と共に、赤マント、登場。
「ハル君、アレ、やっつけちゃっていいの?」
僕は無言で頷く。まだ喋れる状態じゃなかった。情けねー。
「ほー、嬢ちゃん、俺様をヤるつもりだな? いいねいいねェ!」
「副会長の仇、ここで取ってやる」
「副会長? 仇? ナニ、俺様にオトモダチが殺されたのかい?」
「ふん、アンタどーせ覚えてないでしょう? 久我描って娘のこと」
「ん? エガク?」
くい? くい? と疑問を表すようにしきりに首を捻る赤マント。
やがて何かを思い出したらしく、
「あー、アレか。夕月のニイちゃんのペットの」
・・・・・・ペットて。
いやまぁ、合ってるけども。
「あの嬢ちゃんなー、ぶっちゃけあんま殺したくなかったんだけどよォ」
「・・・どういうことよ?」
「いやね、どうしても殺して欲しいって言われたもんでさ。仕方なく」
殺して欲しい。
それは、匣詰一理の「背中を押した」人物。
匣詰一理を使って赤マントを具現化させ、久我描を殺させた人物。
僕は、一瞬にして犯人の顔を思い描くことができた。

「あのニイちゃんも、大概ヘンタイだよな。自分のペット殺して欲しいってよォ」

「――オマエ、もう黙れ」
低い声でそう言って、小麦が消えた。
衝撃音。
赤マントはもの凄い勢いで後方へ吹き飛び、そのまま鉄製の扉に激突した。
倉庫全体が揺らぐ。
「ヒャハッ! いいィィィ蹴りだ、嬢ちゃん」
瞬時に体勢を立て直し、こともなげに言ってのける赤マント。
「俺様じゃなかったら、イッパツで死んでたぜェ、オイ。ヒャハハハ!」
「黙れって、言ってるでしょ」
もう一発、今度はボディに拳を打ち込んだ。
衝撃で、扉に赤マントの体がめり込む。
連打。
連打。
乱打。
背後の扉は歪み、ひしゃげ、もはや使い物にならないレベルになっていた。
そして顔面に、とどめの一撃。
カツン、という仮面特有の金属音――。
しかし、赤マントのそれにはヒビひとつ入っていなかった。
次の瞬間、小麦は何かを察知したのか慌てて距離を取る。
「オエェッ。今のは、結構キたぜ・・・嬢ちゃん」
ゆらり、ゆらりと・・・赤マントは忍び寄る。
覚束ない足取りは、少しずつ軽くなり、やがて軽やかなステップとなった。
「んじゃ、そろそろ俺様も本気出しちゃおっかナ――ッと。シャキーン!」
言って、懐から鋭く光る得物を取りだした。
「・・・ナイフ、ね。ベタな武器持ち出しちゃって」
「まァそう言うなよ。シンプルイズベストって言うだろ?」
ひょいひょい、とジャグリングでもするようにナイフを玩ぶ。
「ふふん。そんなもんでこの最強美少女小麦ちゃんに勝てると思わないでよね」
「おお、そいつァ奇遇だな。俺様も、自称最強ってヤツでね――」
パシッ、と右手でナイフを掴み、小麦に狙いを定める。
「ンじゃ、最強のタイトルマッチ、おっぱじめっかァ! ヒャッハハハハハァ!」



BACK / NEXT


INDEX