柊虎春にできること:7



廃倉庫の扉は完全に歪んでしまい、簡単には開けることができなくなっていた。
蹴っ飛ばそうか? と小麦は言ったが、僕はおとなしく窓から出る方を選んだ。
・・・1階だしね、ここ。

「よォ、虎春、小麦」
「大丈夫ですか、お二人とも」
そこに待ち構えていたのは、伊崎先生と委員長。
「あれ、何で二人がここに?」
「バッカ、もう忘れたのかオマエ」
・・・あ、そうだった。二人は後ろからこっそりついてくる手はずになっていたのだ。
はい、すみません。完全に忘れてました。
「はァ。ま、良いけどよ。倒したんだろ、赤マント」
「ええ」
「入口のドアが壊れてたから直接は見てませんが、音で大体の様子は掴めました」
と、委員長。
「結構、楽勝だったみたいじゃないですか?」
楽勝、ね。
うん、確かに結果を見れば楽勝なのだろう。
しかし、小麦は特に勝ち誇った様子もなく、
「よく分かんないや」
とだけ言った。
「赤マント相手に、怪我もしてないじゃないですか。誇って良いと思いますけど?」
委員長の言葉には、何だか少し刺があるなぁ。ライバル視してるからだろうか。
ちなみに、厳密には全く怪我をしなかったわけではない。何度かナイフがかすった。
ただ、その程度の傷は小麦の超回復の前ではノーダメージと同じだ。
それでも、小麦はやっぱり微妙な表情。
「小麦も威張りにくいだろ。今回は、虎春がひとりで倒したようなモンだしな」
・・・先生にはしっかりバレていたようだ。
そう、今回は、実のところ8割方僕が闘ったと言っていいだろう。
「噂を操作して、おびき出して、闘わせて・・・もうその時点で虎春の勝ちだ」
小麦が闘いやすい屋内、攻撃方法の限定、そして弱点の付加。
幾重にも仕掛けを絡め、弱体化させた。
赤マントは飛車角落ちで闘ったようなものだ。
そんな相手に、今の小麦が負けるはずもない。
つまり、今回のバトルはそういう事前準備の段階で詰んでいたのだ。
だから、結果を見れば楽勝なのだが、大局的に見れば結構苦労している。
決着までに10日もかけちゃったし。
「でも、匣詰一理なら、もう少し上手くやったんじゃないでしょうか」
その考えは、やはりどうしてもぬぐい切れなかった。
もっと上手くできたんじゃないか。
もっと楽に勝てたんじゃないか。
僕にできることは全てやったつもりだけど、それでもまだ足りなかったんじゃないか。
「匣詰ねェ・・・例の、ぱんでみっく? ッてヤツか」
「ええ、彼女の得意技みたいですから。情報操作」
「妹とツルんで、とかいう設定らしいな」
この前聞いたのだが、やはり伊崎先生は妹――匣詰一会を認識していなかった。
切断魔ジャック・ザ・リッパーの件で、先生は直接彼女と接触したはずなのだが。
そのあたりは、ロアとしての特性が見事に効いたということだろう。
「ま、何にしてもそう卑屈になるこたァねェ」
伊崎先生は、優しく微笑う。そして、
「――大したモンだよ、オマエは」
そう言って、乱暴に僕の頭を撫でた。
「ちょっ、痛い痛い、ヤメてくださいよ小学生じゃあるまいし!?」
抵抗しながら、それでも僕はちょっとだけ、嬉しかった。

以下、余談。

小麦と二人で帰宅中。
「そういえば、ハル君。あたし、また強くなったよ」
「おー」
そういえばそうだった。
トドメの「炎舞」は、遠野輪廻のそれと比べてまだ炎が小さかったが、十分強力だった。
「ついに小麦も人外の仲間入りだな」
「人外!?」
「普通の人は手から炎とか出ません」
「頑張れば出るんじゃない?」
「無理だろ」
「可能性を否定しちゃあいけないよ!」
何やら小麦の人格が変わっていた。その無駄な前向きキャラうざいよ。
「ちなみに、今出せる?」
「んー、どーかなー?」
ぐるんぐるん、と派手に腕を回す小麦。
しかし、炎が出る気配は微塵もなかった。
「無理っぽいねー」
「そうか・・・」
やっぱり、ロアと闘ってるとき限定らしい。超回復と同じだな。
「良かったよ、幼馴染がまだギリギリ人間で」
「ハル君からまた酷いことを言われた!」
まぁ、ぶっちゃけ結構前から人外だったような気がしないでもないけど。
その辺は空気を読んで伏せておいた。
「それにしても、さ」
珍しく、しおらしい口調で小麦が言った。
「ん?」
「ハル君は、やっぱり凄いね」
「何言ってんだよ、別に凄くねぇよ」
「んーん、凄いよ。ハル君超かっけーッス」
「・・・そりゃ、どうもな」
「副会長・・・久我さんも、きっと喜んでる」
「そうかなぁ」
あの娘が、そんなことで喜ぶのかな。
少し考えてみる。
・・・柊センパイも、なかなかやるっすね。
勝手な思い込みかも知れないれけど――そう言って、笑ってくれそうな気がした。
「ま、そうかもな」
「うん、間違いないよ」
小麦に言われると、何だか本当に間違いないような気がする。
死んだ人の気持ちなんて、推測できるわけもないけれど。
それでも、僕の中の久我さんは、完全に笑顔を失くしたわけじゃなさそうだ。
「・・・ん、そういえば」
「なぁに? ハル君」
「小麦の・・・絶無の剣アーティファクトって、結局何なんだろうな」
もはや、口にするのも恥ずかしいレベルの中二病単語だ。
久我さんで思い出した。
彼女は、割と真顔で言っていたけれども。洗脳って恐ろしい。
要は、性に合った武器ってことなんだろうな。
「今回は、ほら、素手だったろ?」
「うん、そうだね」
「何か良い武器ありそうか?」
「いやぁ、それがね。色々試してはいるんだけど、どれもいまひとつでさー」
実に残念そうに小麦は言った。
「そうなのか? こないだのリコーダーとか、日傘とか、結構よさげだったけど」
「うーん。どうも、愛着を感じないというかしっくりこないというか」
「そんなもんかね」
「そんなもんなの。むしろ、今日やったみたいに素手で闘った方が――あ」
急に、何か思いついたように立ち止まる。
「分かった! 素手なんだよきっと!」
「な、何がだよ!?」
「あたしの武器! 素手が一番闘いやすいもん!」
「は? 意味分かんねぇよ! 武器じゃないじゃんそれ!」
「ほら、ドラクエのぶとうかみたいな。あるいは虚刀流」
「微妙な例えを出すんじゃねえ!」
分かりやすいようでいて、微妙に分かりにくかった。
ま、まぁ、要するに、武器なんかない方がよっぽど強い、ってことなんだろう。
・・・小麦らしいと言えば小麦らしいし、実際ありそうなセンではある。
「でもさ」
「あん?」
「結局、あたしが闘いやすければそれでおっけーなんでしょ?」
それもまた、ごもっともだった。
絶無の剣アーティファクトなんて言葉に捕われても意味がない。
小麦が、小麦らしく闘えればそれでいいのだ。
「だったら、ごちゃごちゃ考えなくて良いんだよ、やっぱり」
小麦は、勝ち誇ったようにそう言った。
珍しく、彼女の言う通りだと思った。
全く、もう。
小麦にかかれば、僕がどんな名参謀でも無意味なのかも知れないな。
だけど・・・それでも僕は、これまで通り。
僕にできることを、全力でやっていこうと思う。
これからもずっと――小麦の隣にいるために。



BACK


INDEX