柊虎春にできること:2



「じゃあ、まず最初に」
僕は、少し緊張した面持ちで座る副会長・久我描に問う。
「他に小麦を――僕らを襲ってきそうな奴らについて教えて欲しい」
そのものズバリ、敵の内部情報である。
目の前に貴重な情報源があるのだから、ありがたく最短距離を突っ走らせてもらおう。
「そうっすね、多分、あと残ってるのは2組かなー」
2人ではなく、2組。
それはつまり、ひとりひとりではなくコンビである可能性があるということか。
はたまた――人間ではないということか。

「まず、汚染流行パンデミック。こいつはまぁ、用心しておけば大したことないっす」
「大したことない? それは、弱いってこと?」
「そっすね、弱いっす。腕力だったら柊センパイの方がはるかに強いっすよ」
そんな奴が、どうして夕月の側近として名を連ねている?
疑問は顔に出たらしく、久我さんは即座に補足情報をくれた。
「面倒なのは、こいつが変則的な語り部、、、、、、、だってことっす」
「語り部・・・ね」
ロアを生み、操る存在。
噂の発信源、元凶。
それはつまり、情報操作に長けた人物であるということ。
しかし、変則的という前置きはどういうことだろう。
汚染流行パンデミックの特徴は、自分では何も生まないことっすかね」
「は? 語り部ってのは、ロアを作って操る者のことだろう?」
「はい、そこが変則的というか、邪道なんすけど」
久我さんは、ちょっとだけ嫌そうに顔を歪める。何かポリシーめいたものがあるらしい。
すっ、と僕から視線を逸らし、続ける。
「彼女は、既存の噂、、、、爆発的に、、、、広めること、、、、、が得意なんすよね」
故に、パンデミック――感染爆発、か。
「ん、待てよ? ・・・『彼女』?」
「ええ、そうっす。汚染流行パンデミックは女性っす」
「名前とか、分かる?」
「残念ながら、名前は知らないっす。ボクらはみんなコードネームで呼び合ってるんで」
「うわぁ・・・」
イタい組織だった。
しかも具体的活動は僕らへの嫌がらせくらいしかなさそうだし。
いや、他にもあるのかもしれないけどさ。
「でも、ウチの学校の生徒ってことは間違いないっすよ。学校で何回か見たことあるし」
ふむ、なるほど。ウチの生徒・・・ということは、やっぱり。
「以前のマキオの件も、その汚染流行パンデミックとやらが噛んでるのかな?」
僕は、黙って話を聞いている委員長に問いかけた。
「可能性はあるでしょうね。マキオの噂自体は割と昔からあったみたいですし」
それを、意図的に、爆発的に流行させた。
有り得るセンじゃないだろうか。
「と、まぁそういう邪道な語り部なんで、多分神荻センパイなら問題ないっすよ」
「厄介は厄介そうだけどな」
「ええ。でも、ボクみたいに量産できるわけでもないんで」
息をする様に噂を作り出せる、と久我さんは昨夜そう言った。
それは彼女の自慢であり、独自性なのだろう。
と、いうことは。
ロアがいなければ直接本体を叩く。
ロアがいれば倒してから本体を叩く。
結果、一手間かかるかどうか、と。それだけの違いである。
ま、直接交渉でこちらに手を出さないようにお願いするのが一番だと思うけどなー。

「次に、誇大妄想レジェンド・・・なんすけど」
自信なさげに、久我さんは呟く。
「ぶっちゃけコイツはボクも知らないっす。そもそも人間なのかどうか」
「知ってるのは名前だけ、ってことか」
「っす」
申し訳ないと頭を下げる。まぁ、知らないものは仕方ないのだから謝られても困るのだけど。
「可能性としては、語り部・修正者・化物の三択っすね。
 まさか、何もできない普通の人間ってことはないと思うっす。
 で、語り部だったらさっきの汚染流行パンデミックと同じ理屈で問題ないっす。
 化物だったとしても、やっぱり神荻センパイが負けることは考えにくいっすね」
えらく評価高いな、小麦。
そこは一度闘って敗れた人間の贔屓目というのもあるのだろうか。
一応、話半分に聞いておくことにしよう。戦力はやはり自分で確認しないとな。
「個人的に一番マズイと思うのは修正者だった場合っすね。
 神荻センパイも修正者っすから、修正者同士の闘いになるっす。
 そうなると、当然絶無の剣アーティファクトの相性が関わってくるんで」
「・・・あーてぃふぁくと?」
また知らない中二用語が出てきたぞ。
僕は眉をひそめて質問する。
「何そのイタい専門用語」
「イタいとか言わないで欲しいっす! 夕月さん渾身の命名っす!」
「やっぱりか! アイツのネーミングセンスは異常だよ!」
奴はいつだって僕の想像の斜め上を行きやがる。
生涯分かり合えることはないな、と思った。
「いいっすか、柊センパイ。『絶無の剣』と書いて『アーティファクト』。
 その名前の通り、修正者ひとりにつきひとつだけの武器のことっす。
 化物に致命傷を与えられるのはこの絶無の剣アーティファクトをおいて他には有り得ないっす」
「あー、ロアと闘う時に使う武器のことか」
確かに、ロアには通常の武器はあまり通用しない。
しかし、中には有効なものがごく一部存在する。
それは例えば、委員長が使う剃刀のような。
明らかに貧相なものであっても、使う人によっては驚異的な威力を生むことがある。
それを夕月たちは絶無の剣アーティファクトと呼ぶ――の、だろう。
と、そこで以前から度々思っていた疑問を口にする。
「・・・じゃあ、小麦の絶無の剣アーティファクトは?」
小麦は修正者だという。
であれば、小麦が使う武器はただひとつだけということになる。
それはどう考えてもおかしいじゃないか。
「そりゃあ、あのリコーダーっしょ」
あの時はな、、、、、
「・・・どういうことっすか?」
「小麦は、闘う度に違う武器を使ってるぞ」
「え――?」
「それどころか、武器なしで倒したこともある」
「・・・あ、あああ有り得ないっすよそんなの!? 聞いたこともないっす!」
有り得ない嘘だそんな馬鹿な!
思い切り動揺して、久我さんは立ち上がる。
それほどまでにレアなケースだということだろうか。
「そう言われてもな、事実だし。っていうか、そこは夕月から聞いてないのか?」
「い、いや・・・めちゃくちゃ手強いということしか」
そうかー・・・。夕月は、知ってるはずなんだけどな。適当な奴である。
「ちなみに、これまでどんなモノを使ってきたっすか?」
「えーと、最近のだと」
昨日はリコーダー。
電話ボックスから現れた黒巫女には日傘。
あと、切断魔ジャック・ザ・リッパーの時は直接蹴り倒したんだっけ。
そもそも、武器を使い始めたのはごく最近のことだ。
僕は、この目で見てきた事実をありのままに説明する。
「まじっすか・・・」
呆れるように、久我さんは呟く。
「そこまで驚くことかな」
基本的に小麦しか見ていない僕としては、いまひとつ乗っかれない。
「驚くことですよ。私も、異常だって言ったでしょう?」
苦笑いを浮かべて言うのは委員長だ。
・・・そういや、この前そんなこともあったな。
「やっぱ、その辺の理屈は久我さんでも分からないかー」
「はい、皆目見当もつかないっすね。ボクもまだまだ知らないことだらけっす」
なるほどね、世の中そう上手くはいかないもんだぜ。
仕方ない、この件については一旦措いておくことにしよう。
分からないことを考えても無駄なだけである。
「はあ・・・そりゃあ、勝てないはずっすよねー」
久我さんは、納得したような悔しいような、微妙な表情を浮かべるのだった。

「取り敢えず、こんなところっすかね」
落ち着いて、久我さんはそう言った。
「他のメンバーとかは知らない?」
「いや、他にもメンバー自体いるにはいるっすけど、特殊能力のない人が多いんすよ」
「・・・その人たちって、何する人?」
「・・・事務関係、とか?」
曖昧だった。
つくづく、何だこの組織。

ふむ、汚染流行パンデミック誇大妄想レジェンド・・・ね。
結局、久我さんの話からは肝心なところが分かっていないことに気付く。
具体的に何に警戒し、どのような対策を打てば良いのか。
正直、今の情報だけでは判断が難しい。
――やっぱり最終的には出たとこ勝負なんだよなぁ。
うーん、それは嫌だ。僕の存在意義に関わるぞ。
「参ったなぁ」
呟いて、隣の小麦を倣って机に突っ伏す。
「ふふ、打つ手なしですか? 策士の柊君にしては珍しいですね」
「・・・・・・考え中」
からかう委員長に対して、負け惜しみのように答える僕だった。
「大丈夫、神荻センパイならどうにかなるっすよ!」
気楽に笑う久我さん。
「何なんだよ、その小麦に対する絶対の信頼は」
「いや、自慢じゃないっすけど、ボクの切り札UFOは最強だと思ってたっすから」
「組織内に、あれより強いロアはいない・・・と?」
「いないっすね。マジ最強っす。あ、まぁ、昨日負けちゃったっすけど」
最強。
・・・サイキョー、ねえ。
確かにあのUFOは別格っぽかった。
だけど、いまひとつ腑に落ちないというか・・・アレが正真正銘最強のロアだとは思えない。
あれって、所詮地形効果や特殊能力なんだよな。
自由自在に空を飛びまわって、近距離・遠距離どちらも対応できるタイプ。
あらゆる状況で、相手の苦手なところをついて闘う点が強みなのだろう。
逆に考えると、まともに正面からぶつかりさえすれば小麦の勝ちは揺るがない。
じゃあ。

純粋な戦闘力での最強、、を考えるなら。

小麦が正面からぶつかって、負ける――ということが有り得るなら。

僕がサポートすべきは、きっとそういうところにあるんじゃないだろうか。
僕にできること。
やれるだけ、やっておく必要はありそうだな。

と、その時。
部室のドアが勢いよく開いて、
「はッ、何だ何だ、空気淀んでねェかオイ」
煮詰まった場の空気を知ってか知らずか、伊崎先生が現れた。
その視線が、久我さんを捕らえたところで静止する。
「お、どこかで見た顔――ああ、お前副会長か」
「あっ、はい、どうもお邪魔してるっす」
「おーおー、良いねえ良いねえ。女子率は高いに越したこたァねェ。けど」
じろり。
久我さんの顔を鋭く睨みつけて、一言。
「今日ここで見た俺のことは、全部忘れろ」
「先生、そういうの恫喝って言うんですよ」
ぎょっとする久我さんをフォローするように、僕は突っ込んだ。
・・・あくまでも、部外者に対しては可憐で清楚な伊崎先生を通したいらしかった。

さてさて、これで一応役者は揃った。
僕にできること――僕だけにしかできないことを、やらなきゃな。
大したことはできないけれど、せめて、後悔だけはしないように。



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