柊虎春にできること:3



翌日。
「それでは、今日はこれまで。最近痴漢や通り魔が出没しているらしいから早く帰ること」
担任教諭は事務的に告げ、そそくさと教室をあとにした。
開放感から、教室内は一気に騒々しくなっていく。
部活へ向かう者、早々に帰宅する者、無駄話に花を咲かせる者、様々だ。
僕は、この喧騒に紛れるようにして――早速行動を開始する。

虎春オマエがヘコんでどーすんだよ。実際んのは小麦だろう」
昨日、部室に現れるなり伊崎先生はそう言ってのけた。
あんたも何もしないだろう、と返しかけたが、まぁ事実ではあるし。
僕に、戦闘能力はない。
それはもう、全くもって皆無だ。
多分、平均的な高校生男子よりも大きく下回っている。
「ヘコんでるわけじゃ、ないですよ」
強がってみた。
「そうか、ならまァ良いんだ。そもそも俺が心配するまでもねェだろうし」
言って、先生は小さく笑った。
・・・本当にこの人は、何もかも見透かしたようなことを。
何だか少しイラついて、そんな子供っぽい自分に嫌気がさす。
実際――僕は安楽椅子探偵を目指しているのだ、と言い訳しても、悔しさは残る。
だからせめて、自分にできる最大限のことをやろう。
分からないことだらけだけど、立ち止まることだけはやめよう。
それが、小麦の隣にいることの最低条件なのだ。

手がかりが存在しないなら、探すところから始めるまで。
まずは、馴染みの情報屋に顔を出してみることにしよう。
席を立った僕は、教室の奥――窓側最後尾へ目を遣る。
いつも通り、そこには。
「おーい、匣詰(あね)――」
「・・・ちゃんと、名前で呼びなさい」
「悪かったな、匣詰一理いちり
「なっ、フルネーム・・・だと・・・?」
不機嫌そうに僕を睨むその少女は、僕らの頼もしい情報源、匣詰一理。
同じクラスに匣詰一会という双子の妹もいるのだが――。
「あはー。一理ちりで遊んでるの? ひーらぎ君」
背後から、ハイトーンな声が聞こえた。
「お、匣詰(妹)いもうともいたのか」
「ういー、ちょっとお手洗い行ってきたよー」
「ンなこと僕に報告せんでいい」
「あはー」
とてとてと、僕を迂回して定位置である姉の隣へと駆け寄る妹。
姉の方は、そんな妹をちらりと見て、
「遊んでる、などと・・・不遜な発言だな、一会ちえよ」
「そうそう、僕は単にこいつが名前を呼べと言ったから応えたまでだ」
「ふん、ひねくれ者め。これだから劣等種は困る。今すぐその窓から飛び降りて死ぬがいい」
「おおう・・・今日はまた、一段とヘビーな発言だな」
「あはー。今日も仲良しこよしだねっ」
・・・さすがに、挨拶の直後に死ねと言う仲良しは存在しないと思うのだが。
匣詰姉妹。
ネガティブ発言と邪気眼属性、黒い髪が匣詰(姉)。
ポジティブ発言と天然属性、栗色の髪が匣詰(妹)。
顔は全くと言って良いほど同じなのだが、中身が大違いだ。
特に、姉が人として残念すぎる。少し妹を見習え。

彼女ら二人は、学校内の噂に関する専門家エキスパートである。
そのアンテナは完全に規格外であり、校内全ての噂を認識しているのではないだろうか。
特に、彼女らが好む傾向にある噂については絶対の信頼が置ける。
それは過去の――電話ボックスの黒巫女の件などからも分かるだろう。
僕は、今回の取っ掛かりとして、彼女らを頼ることにした。
ぶっちゃけいつも通りと言えばいつも通りである。
小さなことからコツコツと。足場固めは大事だと思うんだよね。
「――して、我々に何か用か、下等な人間よ」
「お前は何様だよ」
「我が名は、暗黒の王“デス・レガード・セリヌンティウス”」
「後半にひっそりとメロスの親友の名前が混じってるな」
「黙れ愚民が!」
触れてはいけないところだったらしい。面倒臭い奴である。
あと、この二つ名みたいなのは聞く度にころころ変わって面白い。
オモシロ面倒臭い。
・・・まぁ、その辺をイジるのはまた今度にして。
「ええと、また何か面白い話ってないかなと思ってさ」
「面白い話・・・また都市伝説の類を調べているのか? 物好きな奴よ」
ククク、と演技っぽく笑う匣詰(姉)。
お前が言うな!
と激しく突っ込みたかったが話が進まなくなるので我慢した。僕って偉い。
「ふぅむ。そうだな・・・何かあったか、ちえよ」
「うーん、そだねー、最近一番熱いのはアレじゃない? 例の通り魔の」
「ああ、あれか」
例の通り魔。
それは多分、僕も聞いたことのあるアレだろう。というか、さっき担任も言ってた。
「でも、匣詰(妹)、それって結局ただの通り魔だろう?」
ただの、と言ってしまうのもどうかと思うが。
要は、僕らが求めるような、ロアや夕月が絡むようなものではない気がするのだ。
実に現実的な。即物的な。直接的な。
理解の範疇内の犯行。
「んにゃー、それがなかなかどうして面白いんだよ、ひーくん」
「ひーくん言うな」
「あはー。でねっ、でねーっ、ちょっと聞いてよー!」
うきうきと楽しそうに匣詰(妹)が語った内容は、以下のようなものだった。

・夕方、ひとりで下校していると男が声をかけてくる。
・集団で下校していて声をかけられたという話は聞かない。
・どちらかというと、女子が出会うことが多い。
・声をかけられた生徒は、傷もないのに失血死してしまうことがある。
・逆に、傷だらけになりながらも出血せず、ショック死してしまうこともある。
・男は、挨拶程度の声かけをするだけで立ち去ることもある。

「何だそれ。それって全部、ひとつの噂なわけ?」
「そう、そこが面白いんだよねー」
匣詰(妹)は、あっけらかんと言う。
笑顔で失血死だのショック死だのって・・・コイツもやっぱりちょっとおかしい。
納得しない僕に、姉の方が付け足した。
「この噂はまだ不安定だ。報告数が少ないことやブレの大きさから、発生初期と思われる。
 つまり、我らは今後この噂の成り行きを観測することができるというわけだ」
そして、フハハ、とまたしても演技っぽく嗤う。
なるほど、発生初期ねぇ・・・。
そう言われると、情報が錯綜していたり定まってなかったりする点も頷ける。
「でもなー」
僕はそれでも、すっきりしなかった。
「ふん、もっと素直に驚愕するが良い。これだから低脳なオスは困る」
フウと人を小馬鹿にしたような溜息。
こいつ、一回ぶん殴るべきだろうか。
「で? 何が納得いかんのだ?」
「んー。何て言えば良いのかな・・・」
頭の隅に燻る違和感。
否、違和感というより、恐怖というか、怯えというか。
「なーんか、怖すぎるんだよな、その話」
「あはー。うんうん、怖いよねー。血も出てないのに失血死とかー」
妹はあくまでも笑顔である。お前が一番怖ぇーよ。
「いや、そこも確かに怖いんだけど。なんつーか、まだ発生初期なんだろ?
 なのに――被害が、、、具体的、、、すぎないか、、、、、?」
話の中身は、なるほど都市伝説らしく嘘っぽいし、非現実的だ。
だけど、既に明確な被害が出ているらしい。
友達の友達が、ではなく何年何組の誰々さんが被害にあった、なんて話もあるし――
そもそも、そんな具体的な話じゃないと先生から注意が出たりしないだろう。
僕は、そこが怖い。
曖昧な、抽象的な、信憑性にかける噂より、ずっと実害を伴なっている。
半分くらいは本当かも知れない、どころの騒ぎではないのだ。
「まぁ、確かに言われてみればそうかも知れんな。今回は教師どもの動きも早い。
 実際の被害が出るケースは、基本的に円熟期・末期にある噂に限られる・・・」
匣詰(姉)は、僕同様に小さく首を傾げる。
しかし、すぐに頭を振って
「が、まあ例外もある。所詮我らが知り得るのは人づての噂にすぎんのだからな」
と言い直した。
例外、ねえ。そう言われると、僕としてはもう何も言えないのだけど。
被害が出たとは言ったが、噂にある通りの怪死をしたわけではないみたいだし。
都市伝説なんて、適当でいい加減で、例外だらけなのだ。
うーん、空振り・・・なのかねえ。

結局、その他は興味深い話もなく、僕は二人に礼を言って教室を出た。
とはいえ全体として完全に収穫なしだとも思っていない。
今のところめぼしい噂は、件の通り魔くらいだと分かったのだ。
もちろんこの学校に昔から伝わる七不思議的なものもあるにはあるが、今は廃れている。
結局、ロアの強さを決めるものは流行だと言えるだろう。
その時その場所で、多く認知され語られているものは強い。
そうでないものは弱い、ないしは実体化すらできない。
であれば、流行りの噂さえ注意していれば事前対策になるわけだ。
僕は、目下の不安要素である通り魔の姿を思い描こうとする。
男で・・・ひとりで歩く女子生徒を中心に狙う。
声をかけ、最悪の場合対象を殺害してしまう。
ううむ・・・。
「どうにも、曖昧だなぁ」
正直、そんな都市伝説なんて一山いくらの投げ売り状態だ。
ありふれていて、逆に具体的なイメージが掴めない。
そもそも、分かりやすい名前すら付いていないのだ。印象も薄くなる。
と考えて、名前に拘る嫌な人物を連想してしまった。
ちっ、不覚。
僕は眉間を指で押さえ、気を取り直す。
とにかく、今すぐにロアの危険が迫っているとか、そういうことはなさそうだ。
夕月とその手下からの直接攻撃にさえ気をつけていれば良いということになる。
考えすぎは、良くないな。
後ろ向きな思考を無理やり追い払いながら、僕はそのまま帰宅した。

その日、久我さんが殺された。

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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・嘘だろ?



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