柊虎春にできること:1



長い長い一日の授業も終わり、僕と小麦は部室へと歩いている。
ひと気のない冬の廊下は異常に寒く、マフラーと手袋が要るのではないかと思うほどだ。
――放課後は、何はともあれ部室へ向かうのが習慣となっている。
大体は小麦と待ち合わせて一緒にダベって帰るだけだ。
しかし、今日はちょっとした目的があった。

昨夜の、久我描とのバトル。そして、夕月明の出現。

みんなに報告しておきたいことは山ほどあった。
特に、久我さんの件については委員長にしっかり伝えておきたい。
結果的に、委員長も久我さんに騙されてることになるわけだし。
それに多分、もうみんな――無関係ではないのだ。
小麦や僕と繋がっている以上、申し訳ないが、巻き込まれる可能性は否定できない。
そういう意味でも、僕はみんなに注意を促す義務がある。
夕月の真の思惑こそ分からないままだが、手下は他にもいるようだから警戒は必須だ。

長い廊下の一番奥に、僕ら天文学部の部室はある。
そのドアをゆっくりと開き、
「ちわっす」
と適当な挨拶をする僕の目の前に。
椅子に腰掛ける委員長と、床に直で正座してこちらを見上げる久我さんがいた。
「ほら、久我さん?」
厳しい声音で呼びかける委員長。
「う」
一方、久我さんの方は瞳にうっすら涙を浮かべながら――
「柊センパイ、神荻センパイ、昨日はご迷惑おかけしたっす」
と言って、土下座した。
・・・土下座!?
「い、いやいやいや、何してんの久我さん!?」
「ホントにホントに、ごめんなさいっす。どうか許して欲しいっす・・・」
何だこれは!? すげえ遠回しな嫌がらせか!?
硬直する僕。
隣では、小麦も何だか気まずそうに固まっていた。
「いいい一体何のハナシだよ? 別に、久我さんから謝られるようなこと――」
「あるでしょう?」
割り込む委員長。
「聞きましたよ、昨夜の話。うちの副会長が、お二人にご迷惑をかけたそうで」
「あー・・・それはまぁ、そうなんだけど」
確かにあれは、迷惑と言えばこの上ない迷惑だけど。
今日の昼休み、彼女に会ったときはもっとサッパリした対応だったよな。
何だろう、この変わりようは。
久我さんはまだ頭を上げない。
・・・・・・呆然。
「ほら、久我さん。誠意が足りませんよ?」
言って、委員長は指示棒(教師が使う伸び縮みする銀色のアレ)をヒュンと一振り。
土下座する久我さんのお尻を打った。
「ひゃんっ! ぼ、ボクが悪かったっす。反省、してる、です」
「ふん、その言葉遣いも相変わらずですね。土下座の時は改めなさいって言いましたよね」
ピシィッと再び乾いた音が響く。
「さ、もう一度お詫びしてください。誠意を持って。できますね?」
「は、はいぃ。ごめ・・・いや、申し訳、ありませんでした・・・」
何だコレ何が起こってるんだ何のやりとりだ一体。
そして、土下座の姿勢から顔だけを少し上げてちらりと僕の顔を伺う久我さん。
・・・もしかして、僕?
僕のリアクション待ち?
まーじーでー。
「いや、いいから! そんなん、気にしてないから! な、小麦」
秘技・責任転嫁っ☆
「あ、う、うんうん。気にしてないっ。何も、あたしは何も覚えてないからっ!」
それはそれでマズいんじゃないスか小麦先生。
「と、とにかく、頭上げてよ、久我さん!」
「でも・・・」
久我さんは小さく呟き、今度は委員長の方を見やる。
・・・さっきから気付いちゃいたけど、やっぱ元凶はこいつか。
「委員長、何でお前久我さんにこんなことさせてんだよ!」
「あら。くふふ、だって生徒会役員の不祥事ですもの私が責任持って謝罪させないと。
 ――あと、私は委員長じゃありません」
目が。
目が、ドSモードだった。ロアと闘ってもねぇのに。
とにかくそういうのはヤメてくれ、と懇願して委員長はようやく落ち着いてくれた。
最後に、あら残念、とか呟いていたのは華麗にスルー。
久我さんも、若干涙目のままではあったが普通に椅子に座ってくれた。
ちょっと名残惜しそうな雰囲気だった気もするけど当然のようにスルー。
・・・僕はまだ子供でいたいんです。

「昨夜の件はもういいとしても――この子が敵であることに変わりありませんよね?」
ドSモードは解除されたが、未だ不機嫌な委員長。
僕は本来、昨日のことを話しにここへきたのだが。
色々説明する手間が省けたのは良かったと言える。
が、険悪ムードはさすがにゴメンだった。
「僕も最初はそう思ったんだけどさ。仲良くできるならそれに越したことはないだろ」
「柊君は甘い、甘すぎます。この子はまさに獅子身中の虫ですよ?」
「女の子に向かって虫とか言うなよ・・・」
酷い言われようだった。
委員長にしてみれば怒り心頭、無理もない話だろうか。
「とにかく、今日はその件と――今後のことについて話しに来たんだ」
そういう意味でも、久我さんもいるのはちょうどいい。
各人の今後の身の振り方・スタンスについて、一度はっきりさせておこう。
僕は、テーブルを囲んで着席した委員長、久我さん、小麦をぐるりと見回す。
「・・・で、先生は?」
そう、顧問である伊崎先生がこの場には居なかった。
大体いつもこの部屋で煙管を銜えて暇そうにしてるのだが。
「今日は職員会議のはずです」
「あー」
部内では不真面目さに定評のある伊崎先生だが、職員内では真面目っ子なのだった。
その手の行事は、そうそうサボるわけにもいかないのだろう。
「ともあれ、このメンツで一旦話をさせてくれ。あと、小麦は寝てて良い」
「あい」
答えるなり机に突っ伏す小麦。既におねむであったらしい。
このアホの子(勉強はできないわけじゃない)には、ミーティングは不要である。
っていうか重要な話をしてもどうせすぐ忘れるから意味がない。
結局、常に僕がそばについて監督してやるしかないのだ。

「みんな知っての通り、今、僕と小麦は夕月明っていう変態に目を付けられてる。
 ヤツの目的は、確定はできないけど、おそらく小麦を手にいれること。
 そのために、1体のロアを操って手下にしてる。
 ――で、ここから昨日の話なんだけど。
 その手下のロアは、名前を遠野輪廻と言うらしい。
 この『遠野輪廻』ってのは、小麦の本当の母親の名前でもある。
 割と珍しい名前だし、夕月のもったいぶり方からしておそらく確信的な名付けネーミングだ。
 で、その名前に動揺した小麦は遠野輪廻の一撃でやられてしまった」
「やられてない。あたし負けてないもん」
がばっと顔を上げて反論したかと思うと、すぐに顔を伏せる小麦。
意地っ張りさんめ。
「ともかく、遠野輪廻が相当強いことは間違いない。だから」
僕は、委員長の目を見つめて、結論を告げる。
「委員長は、一旦僕らから距離を置いた方が良いと思う」
「なッ――――!」
ガタン、と椅子の倒れる音。
立ち上がった委員長は、真剣な・・・というよりも驚愕の色を浮かべる。
「正直、委員長を危険な目に合わせたくないんだ。これは僕らの問題で――」
「何をふざけたことを!」
一喝。
小さく肩を震わせながら、叫ぶ。
「私が、危険? それは侮辱ですか? 私が弱いから、逃げ出せと!?」
「違う! 僕らのせいで迷惑かけるわけにはいかないって言ってるんだ!」
「迷惑? それこそ最大級の侮辱です。私を――私を誰だと思ってるんですか?」
そして委員長は俯いて、悲しそうに、呟くように言った。

「私は――生徒会長であり、何より二人の友達だと――そう思っていますから」

それは、卑怯だよ委員長。
そんなこと言われたら。
僕はもう、何も言えないじゃないか。
無関係を装えないじゃないか。

「・・・何で僕の周りはこう、聞き分けのない奴ばっかなのかな」
「ふふ、神荻さんと一緒にされるのはちょっと納得いきませんが――
 まぁ、類は友を呼ぶ、ということですかね」
「違いない」
言って、僕らは笑った。
友達、ね。
こんな面倒事を背負い込んで、尚そう言ってもらえるとは思わなかった。
いや、少し、思ってはいたかな。
でも、それに甘えるのは駄目だと思っていた。
だから僕は、嬉しくて――

「あのぉ。二人の世界に入られると、ボク困るんすけど・・・」
「うお」
「ひゃっ」
死角から飛んできた言葉に、僕と委員長は二人して飛び上がる。
「ボクは要らない子っすか? 友達じゃないっすか?」
「いや、決してそういうわけじゃ・・・」
まだ、友達ではない気がするけども。
「何かずるいっす。ここは居心地が悪いっす。桃色空間っす」
「桃色空間て」
「それは違う気がしますが・・・でも、放っておいたのはごめんなさい」
拗ね気味の久我さんを宥める委員長。
この画は何かちょっと新しい気がする。
いや、冒頭の土下座シーンの方がはるかに斬新ではあるけども。
「と、とにかくっ」
僕は、気を取り直して、今度は久我さんに言う。
「どの道、僕らには情報が必要だ。黒い悪い夢ナイトメアの内部情報が」
夕月明が率いる、僕らの敵。
今、目の前に――その情報が転がっている。ここを利用しない手はない。
「久我さん」
「は、はいっす」
この時だけは、油断のないように。
瞳に、僅かな敵意を込めて。
「君個人が僕らに敵対しないと言うなら、知ってることを全て教えて欲しい」
「・・・・・・」
僕から目を逸らし、逡巡する久我さん。
彼女は多分、夕月の側近だ。それなりの情報を期待できる。
ということは、そう簡単にそれを披露してくれるとも思えないのだが。
「・・・うん、良いっすよ。ボクに答えられることなら、何でも」
――それは、ちょっと意外な答えだった。
「良いの?」
実は、僕はまだ、彼女を疑っている。
夕月のスパイか何かではないかと考えている。
「はい。別に、教えてまずいこともないと思うっす」
「僕らと夕月は、敵対してるのに?」
「口止めされてるわけでもないし・・・それに」
そこでふと、悲しそうな顔を見せる。
「正直、ちょっと嫉妬してるっす」
「嫉妬?」
「夕月さんは、神荻センパイを手にいれることが全てっすから」
ああ――そうか。
僕は頭を抱える。
この娘はやっぱり壊れてるなぁ。
そう思うと同時に、どこか寂しい、不憫な思いがよぎった。
何となく、今日の久我さんの行動理念が見えてきた気がする。
「じゃあ、遠慮なく」
僕は、そんな色々な思いを一旦胸に閉まって。
僕にできる、最大の攻撃を開始した。



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