真夜中の電話ボックス:4



黒巫女は、どうやら2つの技を持っているらしい。
風舞カザマイ――瞬間移動かそれに類する移動術。
炎舞エンブ――炎を纏った打撃技。
個人的な感想を述べさせてもらうならば、風舞の方が厄介だと思う。
但し、攻撃力次第では炎舞も危険かも知れない。
例えば一般人は一撃で即死とか。
まぁ、左腕に直撃を受けても服が焦げる程度なのだから、そこまではないだろうけど。

先ほどから、小麦が攻撃を仕掛け、ロアはそれを風舞でかわして背後から炎舞で反撃
――というパターンが確立されつつあるようだ。
小麦も炎舞を何とかかわしているため、ダメージはほぼない。
何度か掠ってはいるから、服はあちこち焦げて破れて、白い素肌が露になっている。
後で匣詰(姉)に何と言い訳する気だろうか。
ともあれ、小麦のパターンとしては、回避されることを織り込んだスキの少ない弱攻撃と、
炎舞の回避を繰り返すことになる。
シビアではあるものの、実に単調で抜け道が見えない闘いだ。
何か、きっかけがあれば変わるかもしれないが・・・。
例えば僕が手を出そうものなら、小麦は怒り狂うことだろう。
以前それをやって、1週間口を利いてくれなくなった。
向こうが僕を強制的に巻き込んでくることはあるくせに。勝手なヤツだ。

「なぁ、語り部君」
観戦モードを決め込んだ夕月が、気安く声を掛けてくる。
「っていうか、語り部君ってどういう意味だよ」
「おっと失礼。この俺としたことが、名前を聞くのを失念していたね」
いや、そういうことじゃなくて、「語り部」の意味を聞きたいんだが。
夕月は構うことなく、ニヤニヤと笑いながら続ける。
「ふふふ、名前。名前こそが重要だ。
 『語り部君』という呼称も捨て難い響きだが、やはりここは本名を押さえておきたいところ――
 というわけで、君の名は?」
「――アルベルト・アインシュタイン」
そんな不気味なことを言われて本名を明かす奴ァいねぇ。
「ほほう、海外の血筋か。しかもかの有名な博士と同名とは恐れ入った」
・・・信じられてしまった。
こいつはもしかしたら相当な馬鹿かも知れんね。
「では、改めて。アインシュタイン君。俺と、賭けをしないか?」
「・・・賭け、だと?」
「小麦ちゃんと、あの『ロア』。果たしてどちらが勝つか?」
「そんなもん、小麦が勝つさ」
「良いね、良い自信だ。いや、信頼と言った方が良いかな? 羨ましい限りだよ。
 ならば・・・何を賭けても構わないね?」
気になる物言いだ。というか、異常に癪に障る。
僕は苛つきながら答えた。
「構わないさ。絶対に小麦が勝つからな」
「そうか、ならば、もし小麦ちゃんが負けた場合――俺に彼女を、くれ」
「うん――?」
その言葉を聴いて。
たっぷり5秒ほど、思考停止して。
「・・・は?」
短く一言、ようやくリアクションを返すことができた。
コイツ――見た目からして、20代後半、もしかしたら30歳超えかも知れない。
それが、あのロリロリの神荻小麦(17)を、欲しい?
疑問の目で、夕月を見る。
笑っているが、目はマジだった。
犯罪者ヘンタイだー!」
「なっ、し、心外な!」
「やめろ、寄るな、ロリコン野郎!」
「何だと! 差別か! それは人を性癖で差別するということか!」
差別というか、防衛だと思う。っていうか性癖とか言うな。リアルすぎる。
全身に鳥肌が立った。本物、、っているんだなぁ・・・。
「まぁ、落ち着け。落ち着きたまえアインシュタイン君」
「・・・・・・」
「落ち着いたか?」
「・・・ここにきてその呼称はちょっと冷めるな。ある意味良かった」
「ん? どういうことだ?」
「こっちの話」
「そうか。で――賭けはOKと」
「言ってねえ!」
何をサラリととんでもないことを言ってやがる。
「何でだよ。いーじゃん。自信あるんだろ? 信頼してる幼馴染なんだろ!?」
「そうだけど! 何かムカつくんだよ! あと怖ぇんだよ!」
何でコイツはそんなに必死なんだ。早速キャラが崩壊気味じゃないか。
・・・いや、むしろこれが地か? 有り得る話だ。
「良いじゃないか。こっちも当然それなりのものを賭けるぞ?」
「それなりのもの?」
そういえば、向こうの条件を聞いていなかった。
一瞬――妙に、冷たい空気を感じる。視線が、変わった気がした。

「『友達の友達』――という存在について」

「何だと・・・?」
コイツ。
何者だ・・・何故、その名前を口にする。
僕の背中に、厭な汗が流れた。
「ふふふ、そう、名付けて『友達の友達F.O.A.F.』。君も薄々は気付いているだろう?」
「あんた・・・何を、どこまで、知っている?」
「どうだろうね。それも、小麦ちゃんが勝ったら――教えてあげよう」
くそ、マジでムカつく。何でこうまで癪に障るんだ、コイツは。
僕は、黙ったまま黒い少女達の闘いに目を向けた。

「――風舞、――炎舞」
移動、攻撃。回避、反撃。
このやり取り、何度繰り返されただろうか。
大技を使うロアの方が消耗が激しそうに思えるのだが、仮面からは疲労を読めない。
MP無限ってこともあるんだろうか? 全く、インチキにもほどがある。
一方、小麦はそうもいかない。
まだ限界には達していないようだが――いずれ、体力の枯渇は避けられないのだ。
消耗戦になれば、こちらが不利と考えた方がいいだろう。
こんな状況で、逆転の手なんかあるのか?
そんなことをあれこれ考えていると。
小麦が、不意に動いた。
日傘ぶき攻撃かと見せかけて、大きく一歩踏み込んだタイミングをずらす肘打ち。
ロアは、風舞の発動を一瞬遅らせた。見切っている、と言わんばかりだ。
しかし、小麦だって見切られることを想定していた。
ロアが消えて肘打ちが空振りに終わった瞬間、僕はその意図を理解する。
踏み込みは肘打ちのためではなく、背後へターンするためのものだった。
ふわり、と破れてボロボロになったスカートが舞い上がる。
そして小麦は未だ無傷の日傘を開いた、、、、、、、、、、、
同時に、黒巫女が姿を現す――開かれた日傘の前に。
「――炎舞」
目眩ましなど効かない。
そう言うかのように、両手は円を描き、炎を纏う。
そして、両掌底。
炎舞は、日傘を突き破る――ことは、、、なかった、、、、

「ふふん。防御成功、ってね」

ぶん、とそのまま日傘で黒巫女の両手を跳ね上げ。
素早く日傘を閉じて。
今度こそ、武器として。
渾身の力を込めて。
仮面の額を衝いた。

カン、という甲高い音が響く。
一瞬遅れて、仮面にヒビが入り――音も立てずに、崩れ落ちる。

「・・・あ」
そこで、小麦は驚きの声を上げた。
ようやく、その仮面の下に気付いたらしい。
僕も正直――実際に自分の目で見るまで納得はいかなかったのだけど。
そこには、予想通り、寸分の狂いもなく。

小麦の顔があった。

「あたし・・・?」
ゆらり。
小麦の顔をした黒巫女が、揺れる。
ゆらり。
両手が、円を、描く。
――まさか。
「小麦、避けろっ!」
僕の叫び声と同時に。
「――炎舞」
仮面を割ったはずのロアが、攻撃に移った。
有り得ない。

有り得ない有り得ない有り得ない!!

そしてその両手は、小麦の腹部を見事に捕らえた。

音も立てずに、小麦が宙を舞う。
信じられない、といった顔で。
黒いドレスが燃える。
赤々と燃える。
そして、受身も取れずに、着地した。

口元からは、炎よりも紅い血が流れていた。



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