真夜中の電話ボックス:5



「小麦っ!」
僕はたまらず小麦に駆け寄り、上半身を抱き起こす。
「大丈夫、か?」
「ごほっ・・・ぅ、うー・・・あんにゃろ、卑怯だ反則だぁ」
ぷるぷる、と顔を振る小麦。
ふむ、意外と平気なようだ。何という耐久力。
例の超回復のこともあるし、これだけ元気なら心配は要るまい。
「勝負あり、か」
夕月は呟く。
しかし、そんなこととはお構いなしに――
「――風舞カザマイ
黒巫女の姿をした小麦もどきが、視界から消える。
・・・マズイ。これは、致命的に・・・っ!

待て、、

男が、夕月が、低く、言った。
恐怖に目を閉じた俺は、ゆっくりとその目をあけ、周囲を窺う。
背後には、炎舞エンブの構えを取ったまま一時停止した黒巫女がいた。
「この賭けは、俺の負け、、、、だな」
「な・・・何だと?」
「仮面を割られた時点で、ひとまず負けさ。そこから先は――
 俺の小細工、、、、、だからね。『ロア』の能力じゃない」
男が、何を言っているのか、分からない。
小細工だと? ロアに?
「どういうことだ」
短く、問う。
「種明かしをすれば、ソレは俺が作り出した――いや、改竄した『ロア』なのさ。
 噂を操作して、少しずつ改変して、その特性を変化させた。
 今回の場合は、『未来の自分』がそのまま問答無用に襲ってくる形だね。
 これくらいの操作なら、違和感ないだろう?」
・・・そうか、そういうことか。
だから、ロアの発生条件が事前に調べたものとズレていたのか。
だが、しかし。それでも納得がいかないことはある。
「仮面の下が、小麦の顔だったのは何故だ? 仮面の下は、噂を流した本人のはず」
「何も、仮面が一枚とは限らないだろう。
 小麦ちゃんの仮面、、、、、、、、を被っているんだと、どうして考えられない?」
つまり小麦の仮面の上に通常の仮面を被っていた・・・そういうことだというのか?
都市伝説フォークロアを改竄すると、こういうちょっとしたバグが起こるのさ」
ごく自然に、当たり前のように夕月はそう言った。
「そんな通常有り得ない想定外のバグに驚いた不意を突いての一撃は無効。
 ならばどこからどう見ても完全に俺の負けってわけだ」
男は残念そうに肩を落とす。
それすらもふざけているように見えて、やっぱり癪に障った。

「うっせぇなー・・・」
そこに、僕の腕の中の人物が割り込む。
「まだ、勝負はついてない! あたしは負けてないし、アイツも死んでない!」
僕の腕を振り払い、勢い良く立ち上がる。
ひゅるん――と傷ひとつ入っていない日傘を振り、ランスのように構えた。
「やっと、日傘コイツの使い方が分かってきたんだから。
 賭けだか何だかは知らないしあたしには一切関係ないけど、邪魔だけは許さない。
 それでも文句言うなら――文句を言うヤツから相手になっても良いんだよ」
じろり、と目線だけを夕月に移す。
「おお、これは怖い」
両手を挙げ、降参を示す夕月。
「俺は、もう負けたと言っているんだよ。だから、許してくれないかな」
「誰もアンタと勝負なんかしてない。あたしは、ロアと闘ってるんだ」
「ああ、そうかも知れないけれどね。その――『ロア』は、俺の失敗作なんだ。
 だから、これ以上苛めないで欲しい」
「ん――失敗作?」
「そう、失敗作。本当に『未来の小麦ちゃん』が出てきたら――」

あの程度、、、、なわけがないだろう?」

息を飲む小麦。
あのロアは――「未来の小麦」は、強かった。
客観的に見て、今まで闘ってきたロアの中で、最強と言える。
そもそも、反則的な――人外技を二つも持ってる時点で異常だ。
それを、「あの程度」だと?
「ふふん、負け惜しみをっ」
小麦は、構えを解かない。確実に仕留める気だ。
「負け惜しみ――ああ、認めよう。負け惜しみだ。
 はっきり言って、最後の瞬間に小麦ちゃんは『ロア』を大きく上回った。
 このままやり合えば10回中10回、惨敗するだろう。だけど」
「だけど?」
「俺は、あの『ロア』を、育てることができる――と言ったら?」
ロアを、育てる?
「ば、馬鹿なことを!」
僕は思わず叫んだ。
「今退治できるものをみすみす逃すわけがないだろう!」
「待って」
ところが――小麦が、闘っている本人が、僕を止めた。
構えを解き、日傘を下ろす。
「アンタはイチイチ癪に障るのよ。だから、安い挑発だけど――乗ってあげる。
 あたしはその挑発ごとアンタとロアを叩き潰して、あたしが超絶最強だって
 死ぬほど分からせてやるんだから」
そして、小麦は断言した。

「時間をあげる。そのロアを、アンタにできる限り万全パーフェクトに育てなさい」

くっくっく、と夕月は嗤う。
狙い通り、と言うように。
愚か者め、と言うように。
「ありがとう、小麦ちゃん。俺は君の期待に――全力で応えよう」
そして夕月は、ゆっくりとロアの元へ歩み寄る。
「ああ、何て素晴らしい。今日からずっと、この子と一緒なんだね」
――ぞくり。
僕の背筋に、再度冷たいものが走った。
「そうだ、名前はどうしよう。名前を付けなくては。
 名前、ナマエ、なーまーえ。
 名前が何より重要だ。ああ、間違いない」
「ちょ、やめろこの犯罪者ヘンタイ!」
「犯罪者とか言うな!」
「うるさいロリコン野郎!」
「差別だー!」
こほん、とそこでわざとらしく咳払いをする。
仕切りなおしとばかりに、夕月は言った。
「まぁ、冗談だ。何も心配するようなことはない」
「どういう意味だ」
「エロいことはしない」
「死ね!」
「いやぁ、『未来の』小麦ちゃんにはあんまり興味が・・・」
「やっぱりロリコンかよ!」
「失礼だぞ、さっきから! どうして少女の素晴らしさが分からない!
 貴様それでも日本人か! 恥を知れ! というか日本の歴史を知れ!」
・・・怒られた。しかもえらく真面目口調で怒られた。
最低だ、コイツは間違いなく最低だ。
今のうちに殺しておいた方が良い。間違いない。
「さて」
そして夕月は、黒巫女の腰に手を回す。実に卑猥だ。
「それでは、ひとまずさようなら。愛しい小麦ちゃん。
 いずれこの子に名前を付けたら、真っ先に報せよう。
 そして、次こそ――君を俺のものにしてみせる。この子で打ち負かして、ね」
くい、と腰を引き寄せて、ロアに何かを耳打ちする。
それをきっかけに、一時停止していた黒巫女は再び動き出した。
最後に、夕月はちらりと僕を見る。
そして、にやりといやらしく嗤って、
「それと――また会おう、虎春君、、、
――と、名乗ってもいない僕の本名で呼びかけた。
「・・・ヤロウ」
「――風舞」
僕の怒りと嫌悪の声は、小麦と同じ声にかき消される。
そして、夕月とロアは、この場から完全に消え去った。
最後の最後まで、腹の立つことこの上ないヤツだった。
アイツと最低もう一度は相見えることになるのかと思うと、ぞっとした。
と、そこでもうひとつ重大なことに気付く。
「あいつ・・・賭けに負けたくせに逃げやがった!」
貴重な情報が――苛立ちの余り、すっかり失念していた。自分に腹が立つ!
これで、ますますもう一度は会わなければならなくなってしまったわけか・・・。

――以下、余談。

次の日のこと。
「ねえ、ハル君。今日はあたし、部活お休みするから」
「へえ、何か用事でも?」
ロア大好きの小麦が、部活を休むなんて一体どういう風の吹き回しか。
「いやー、ほら。昨日ハデに借り物の服破いちゃったじゃない?」
破いたというか、切り裂いたというか、焦がしたというか。
とにかく、修繕すればどうにか、というレベルははるかに超越していた。
「で、一理チリちゃんに弁償しなきゃなんだけど。今日一日バイトすればOKって話になってね」
「たった一日で?」
例のゴスロリドレスは、素人目に見ても安いものではなかった。
一日でその分を荒稼ぎできるバイトなんて、あるのか?
「うん。何か、一会チエちゃんの絵のモデルだってさ。
 今日一日、色んな服を着てモデルになれば良いって」
・・・なるほど、そういうことか匣詰姉妹!
つまり、小麦をモデルにすることこそが、服を貸す動機だったわけだ。
小麦に服を貸して無事戻ってくるはずがないということを見越した上での行動!
侮れない・・・。
「小麦」
「ん?なーに、ハル君」
「ま・・・アレだ、頑張れ」
「うん、まぁ、頑張るけど」
怪訝な顔で、小麦は答える。
あの姉妹のことだ、自分らの趣味の範囲内に留めてくれるだろうし。
貞操の危機ということもないだろう。
・・・精神的には、それ以上の危機になるかもしれないが。
少なくとも、昨日の犯罪者ヘンタイよりは安心だ。
と、二度と思い出したくもない存在を思い出してしまい自己嫌悪に陥る僕だった。



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