真夜中の電話ボックス:3



それは、異様な光景だった。

受話器から伸びた手は、電話ボックスを切断し、粉砕し、破壊した。
たったの、一薙ぎで。
入り口側2本の柱を失ったボックスは、音を立てて崩壊していく。
そんな中に、飛び込んでいく人影が、ひとつ。
ふわふわとしたゴスロリ衣装を身に纏った、小さな少女。
一瞬僕の瞳に映った少女の顔は、微笑んでいるようにさえ思えた。
――多分、事実、心底、嬉しいのだ。

小麦は倒壊するボックス内で暴れまわる「手」を掴む。
「ほら、そんなところに隠れてないで――出てきなさいよ!」
馬鹿馬鹿しくも、力ずくで、こちら側、、、、へ引きずり出すつもりのようだ。
無策。
当初、自身が言っていたように、出たとこ勝負というわけか。
そんなことで、ロアを引っ張り出すことができるのか――できるんだろうなぁ。
見事な自己完結だった。
案の定、ずるり、ずるりと、その手は引きずり出されて――
「出て、来い、こ、の、ヒキコモリィィィ!」
背負い投げのようなカタチで、小麦はそれ、、を引きずり出してしまった。

それは、女性。
ロアの象徴である仮面を付けていても分かるほどに。
小柄で、髪は長く。
そして――実に異様な、黒い巫女装束、、、、、、

これが、受話器から伸びる手の正体か。

小麦に投げられた黒い巫女は、綺麗に受身を取ることでダメージを殺していた。
無論、この投げは最初から攻撃を意図したものではない。
狙いは、ロアを引きずり出すことと――
受身の硬直を狙って追撃を行うためのものだった。
「小麦!」
小麦とロアの中間位置に向かって、思い切り「武器」を投げ込む。
「ありがとっ」
既に飛び出していた小麦は、跳躍しながら日傘を受け取り、そのままロアに向けて
まっすぐ振り下ろした。

「――風舞カザマイ

仮面の奥から、声がした。
刹那、ロアに向けられたはずの日傘は、地面を打った、、、、、、
ずん、という不可思議な音を立てて、地面が抉れる――否、潰れる。
しかし、小麦の背後にいる、、、、、、、、ロアには当然ダメージはない。
そして今度は、小麦が硬直する番だった。

「――炎舞エンブ

またしても仮面の奥から響く声。
どこかで聞いたような、声。
まるで、踊るように――黒巫女の両手が円を描き、炎を纏う。
そのまま、両の掌を突き出した。
「ぐ――ぅ!」
ギリギリのタイミングで硬直から逃れたものの、完全回避には至らない。
それでも、かろうじて半身捻ったことで攻撃を左腕で受けることには成功した。
――が、それは防御とは言い難い。
受けた箇所は焼け焦げ、左腕は素肌が露出している。ダメージは明白だ。
慌ててノックバック状態から体勢を立て直す。
「熱っ、何これ!?っていうか左手燃えてるし!」
パタパタと左腕に残った火を振り払う小麦。
折角のレースも台無しだ。
「あーあ、一理チリちゃんからの借り物なのになー」
と、いいつつ左袖を肩の辺りから裂き、投げ捨ててしまった。
「ま、仕方ないか」
仕方ないで済ますのかよ!
匣詰(姉)も災難だな。まぁ、小麦に服を貸す方が馬鹿だとも言えるが。
「さて」
ぐるん、と身軽になった白い左腕を回して。
「いっちょう反撃――行ってみようかな」
極上の笑顔で、小麦はそう言った。

「ふふふ、なかなかどうして、良い勝負してるじゃないか」

その時不意に、背後から声がした。
誰だ――!
振り向き、襲撃に備えて咄嗟に身構える。
「ああ、済まない。君を驚かすつもりはなかったんだよ。語り部君、、、、
そこには、この場にとても馴染まない黒い男がひとり、立っていた。
いや、きっと、この男が馴染む場所などこの世のどこにも存在しまい。
何故か、そんな印象を受けた。

黒いスーツに、黒いネクタイ。スーツの下のシャツだけが白い。
まるで、喪服。

敵意は感じない。だが、こいつは敵だ。
僕は最初の言葉だけで、そう判断した。
――良い勝負してるじゃないか。
この場でそんな台詞を吐くのは、友達でも先生でも親でも兄弟でも、
味方でも仲間でもライバルでもない。
完全なる、敵だ。
「ふふふ、名付けて『己との戦い、、、、、』、といったところかな」
「あんたは、何者、だ」
「俺か。俺は、君に近い者さ」
黒い男は嘯く。
「はぐらかすな。こんなところで、こんな時間に、何をしている」
年長者に対する言葉遣いではないな、と、下らないことが頭を過ぎる。
だが、男は気にしていない風に、園内の闘いに視線を移す。
「こんな面白いもの――君ひとりに独占させたくないのだよ」
視線の先の二人は、こちらの様子に気付くこともなく闘い続けている。
両者ともファーストアタックは致命打にならず。
そのまま、状況は拮抗しているようだった。
掠る程度の接触はあれどヒットには至らない、そんな攻防を繰り返している。
「君は、アレをどう思う?」
「アレ――ロアのことか?」
「ふふふ、名付けて『ロア』か。実に面白い――だが」
そこで男は、ようやく視線を僕に戻す。
「そうじゃない。あっちの、人間の女の子の方だ」
「小麦・・・のことか?」
「そうか、『小麦』という名か。あの少女は」
「小麦は、別に、ただの幼馴染だ」
「そうじゃない。そうじゃないんだよ語り部君」

「あの少女――ちょっとばかり、おかしい、、、、と思わないかい」

「な――――」
絶句する。
おかしい――だと?
こいつは一体、何を言っているんだ。
「まぁいい。今は、関係ないことだ。それはともかく――」
男は、僕にだけ聞こえる声で、嬉しそうに言った。

「俺の名前は、夕月ゆうづき。夕月あきらという。今後とも末永くよろしく」



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