真夜中の電話ボックス:2



午前0時、閂公園かんぬきこうえん前。
僕は、小麦との待ち合わせ時間の5分前にそこへ到着した。
僕らがまだ小さな頃、毎日のように遊んださして広くない公園だ。
しょぼいブランコがひとつと、しょぼい街灯がひとつ。
ただそれだけのしょぼい公園。
だけど、思いつく限り――近場で電話ボックスがあるのはここくらいだったのだ。
奥にある電話ボックスに目をやる。
暗い中にぽつんと浮かび上がる緑色のボックス。
周囲には、薄い明かりに誘われた小さな蟲が飛び交っているのが見える。
雰囲気は、あるかも知れない。

「ハル君、お待たせっ」

背後から、僕の名を呼ぶ声がした。確認するまでもなく、小麦の声だ。
「あー、時間丁度――」
と、振り返って、絶句した。
全身のベースは、黒。
長袖、長いスカート、ニーソックス、編み上げシューズ。
特にスカートはふわりと大きく膨らんでいるところがポイントだ。
中でも目を引くのは襟、袖、裾、ソックスと全身至るところににあしらわれた
白いヒラヒラのレース、白いヘッドドレス、そしてやはり白いニーソックス。
真っ黒の中にアクセントとして散りばめられた白に、軽い眩暈を覚えた。
更に――夜中なのに、何故か、日傘。当然黒地に白いレース付きだ。
要するに。
「――ゴスロリ?」
「うん。どうかな?」
言って、小麦はくるりと器用にターンして見せた。ふわりとスカートが舞う。
「どうかな、って――」
そりゃ、可愛いとは思うけれど。
「闘い難そうじゃね?」
僕は、正直な感想を漏らした。
「そう? 勝負服だって言って貸してくれたんだけど」
「・・・誰が?」
匣詰一理チリちゃん」
あー・・・匣詰(姉)か。
「ハル君と公園で待ち合わせっていう話したらね、
 『ならば、我が勝負服を貸してやろう。これで・・・イチコロ』
 って、いつもの覇気のない死んだ目で言ってくれたんだよ」
なるほど――あいつは確かに、言いかねん。そのシーンが目に浮かぶ。
しかし、勝負服でイチコロって。何か勘違いしてやしないか。
「勝負服っていうくらいだから、戦闘用だと思うんだけど。ほら、武器もあるし」
つい、と日傘を僕に向ける。
いや、それ武器じゃないから。
っていうか、勝負服ってそういう意味じゃないから。
と、突っ込むのも面倒臭い。僕はスルーすることにした。
「・・・ま、小麦が良いなら、問題ないと思うよ」
「ん。だいじょーぶ。あたしは一理チリちゃんを信じるよ」
――何でそんな無闇に信頼が篤いんだ。
どこかで匣詰姉妹フラグでも立ったのか?
それはそれで非常にそそられる展開ではあるけれども。
「・・・じゃ、行きますか」
「うん――今回はね、ハル君」
暗くてよく見えないけれど、多分、小麦はニヤリと笑みを浮かべて。

「この『武器』ってヤツを、試してみたいと思ってるんだよ」

日傘を握り締め、言った。
・・・いや。違う。それ武器違う。
だけど――多分、論点はそこじゃなくて。
「どうした、宗旨替えか?」
小麦といえば、 武器防具アクセサリなし+ジョブ:すっぴん
で闘うのが信条だと勝手に思っていただけに、僕は少なからず驚いていた。
「まぁ、ちょっちイロイロありまして、ね」
ひゅるん、と音を響かせながら日傘を鮮やかに振り回す。
なるほど、小麦が使えばそれも立派な武器かも知れない。
だけど、強度的な問題がなぁ・・・。
「・・・・・・」
と、そこで小麦が考え込むような仕草を見せた。
どうしたんだろうか。電話ボックスは、目の前にあるんだが。
日傘コレ、邪魔」
「ああ」
なんだ、そんなことか。確かに、ボックス内で電話をかけるには邪魔だろう。
「僕が預かっておくよ」
「ん。お願い。戦闘開始時に投げて渡してくれればいいから」
「分かった」
僕は日傘エモノを受け取りながら答えた。
そして、小麦は電話ボックスへと入っていく。
10円玉を投入し、自分の携帯番号をプッシュして――。
しかし、1回目はハズれたらしい。
がちゃんと受話器を置き、返却された10円玉を受け取る。
「通話中みたい」
「・・・・・・」
「もっかいやり直しだね〜」
言って、再び受話器を上げ、コインを投入。
そうか、通話中か。だったら。
「だったら、仕方ない――ワケねぇだろ、バカ!」

なんで、自分の携帯、、、、、にかけたのに、通話中、、、なんだ!

有り得ない。
有り得ない、ということは――。
「小麦っ!」
僕の叫びに、小麦がハッと感づいた。
受話器を手放し、振り向いて乱暴にドアを開けつつボックスから転げ出る。
そして。
受話器から伸びた白い手が、小麦がコンマ数秒前まで居た場所を薙いだ、、、

さあ、お出ましだ。
受話器から、伸びる手。
都市伝説フォークロアが具現化した、怪物。
有り得ない、有り得ない、有り得ない存在。
噂と想像と妄想と共同幻覚が生み出す化物。

僕らはそれを――「ロア」と呼ぶ。



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