放課後の切断魔:3



幼い頃。
小麦は、病弱で弱気で大人しい子だった。
幼馴染の僕を兄と呼び、兄のように慕い、頼ってばかりだった。
変わったのは、そう――中学生の頃。
僕が、ちょっと怖がらせようと思って当時盛んに噂されていた都市伝説を話した時だ。
小麦は、必要以上に怖がって。
学校をズル休みしやがった。
仕方なく小麦の家に見舞いに行き、謝罪と説得を試みた。
――そこで、何かの拍子に、小麦がキレた。
「ねえ、ハル兄。何であたしがこんなに怖がらなきゃいけないの?
 もうアッタマ来た! その噂話が本当か嘘か、確かめてやるッ!」
全力で暴走する小麦を、僕は本気で止めようとはしなかった。
まさか、「ロア」なんて化け物が実際に現れるなんて思わなかったからだ。
口ぶりとは裏腹にガタガタと震える小麦を放っておけなくて、僕もそれに付き添った。
そして、ロアは、現れた。
その瞬間、嗚咽のような嗤い声と共に、小麦の震えが止まった。
「そうか、やっぱりそうか。じゃあ――」

「こんなヤツ、もう怖くない、、、、

小麦は別人のようにハイテンションになり、あっという間にロアを退治した。
今の性格になったのは、まさにその時だ。
都市伝説が大好きで、噂を聞いては確かめずにいられない。
ロアと闘うのが大好きで、退治せずにはいられない。

――僕は。
責任を感じると同時に、元気になった小麦を見て、少し嬉しかった。
仕方ないなと苦笑しながら、僕は小麦に協力することを決めたのだった。

今、目の前で鉈を持ったロアと闘う小麦は、やっぱり底抜けに楽しそうだ。
これで良かった――と、一概には言えないけれど。
まぁ、当分はこれで良いんじゃないかなと、苦笑した。

「ハル君ッ!」

鉈をかわし続けながら、小麦が叫んだ。
「ちょっとヤバいかもっ」
大ぶりの鉈をひらりとかわし、相手の硬直時間に蹴りを叩き込む。
どこがやばいんだ。超押してるじゃん。
――と、そこで僕は気が付いた。
このロア、ちょっとデカい。
身の丈、多分2メートル程度の大男。
前身真っ黒のツナギに、大き目の鉈。
そして、不気味に笑みを浮かべた、真っ白の仮面。
この仮面こそが、ロアの唯一といっていい弱点だ。
ロアを退治するということは、仮面を割るということに他ならない。
でも・・・。
「いくらなんでも、仮面に手は届くだろっ?」
「届いたけどっ、手ェ折れたっ」
鉈をかわしながら、背後の僕に向かって右手を見せる。
この距離では確認はできない。だけど、おそらく本当だろう。
あー・・・ヤバ。
あの仮面、そんなに堅いのか?
「そういうわけで、最後の手段行ってみよう」
最後の手段?
そう言うなり、小麦は僕の方へ向かって走り出した。
ロアは当然、それを追う。
何だ、何をする気だ?
「ハル君っ、三角跳び、、、、っ!」
・・・マジで?
その意図をギリギリのタイミングで理解した僕は、腰を落として身構えた。
多分――小麦は軽いから、何とかなる、と思わなくもない。
まさに、ぶっつけ本番。
小麦は、僕の約1メートル手前で、その勢いのまま思い切り左足で踏み切った。
跳ねた右足が、僕の鳩尾辺りまで上がる。
僕は両手を組んで、バレーのレシーブの要領で、その右足を拾う。
ぐ、と小麦の右足に力が入り、背後に――ロアに向かって、もう一段跳ねた。
これなら、高さ文句ナシ。

「これでどうだっ、足フェチ野郎!」

反転した勢いを利用して器用に空中で体を捻り、右足で蹴りを繰り出す。
ロアは――硬直している。
さすがに驚いたのかどうか知らないが、これはチャンスだ。
そのまま、鮮やかなまでに右足が仮面にヒットした。
綺麗に、小麦が着地する。
僕は、よろめいて尻餅をつく。
そして、棒立ちのロアの、仮面にヒビが入る。
「やっぱりね」
にやりと、小麦が笑った。そして、似た笑みを浮かべた仮面に向かって言い放つ。
「足フェチには、タマラナイでしょ?」
――だから、跳び蹴りか。
全く無茶をする。それは勿論、今に始まったことではないのだけれど。
そして。
ぼろぼろと、切断魔ジャック・ザ・リッパーの仮面が崩れ落ちる。
ここからが、重要だ。
ロアには必ず、仮面がある。
その仮面を破ると――その下には、都市伝説を一番最初に流した人物の顔があるのだ。
つまり、「仮面を破壊する」イコール「ロアを退治する」イコール「噂の出元が分かる」と。
そういった等号関係にあることになる。
「さあ、今回の犯人は、だ〜れかな〜?」
歌うように、上機嫌に小麦が言った。

仮面の下には、よく見知った、学園の先生の顔が張り付いていた。

「小麦・・・」
立ち上がった小麦は、その顔を確認する。そして。
「おっけー、じゃあハル君――職員室、行こっか」



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