放課後の切断魔:4



「あら、神荻さん、ひいらぎくん。どうしたの?」
伊崎いざき園絵そのえは、優しく微笑みながらそう言った。
「部活のことでちょっと、お、お話があるのですが、お時間、頂けま、せんか?」
・・・小麦。舌、噛みそうだぞ。外国人かお前は。
伊崎先生は、その小麦の言葉を聞いて――
「ふむ――じゃあ、詳細は部室で聞きましょうか」
ほんの僅か、美しく整ったその口の端を歪めるようにして、確かに嗤った。

理科準備室。
ここが、僕達天文学部の部室だ。
放課後になると、僕と小麦は大抵ここでだべっている。ついさっきもそうだった。
時間は――18:20。
そうか、まだそんな時間か。
とはいえ、既に下校時間は過ぎている。
僕らがこうして部室にいてもお咎めがないのは、顧問の伊崎先生が居るからに他ならない。
そのための天文学部だ、、、、、、、、、、
不意に遅くなっても、顧問さえ同伴していれば例外扱いされやすい。
何せ星を観察するというのが表向きなのだから。
「――で」
部室のドアを閉めるなり、伊崎先生は荒々しく椅子に腰掛けた。
理科室に良くある、背もたれも何もない丸椅子だ。
そして、間髪入れず自分の机から煙管キセルを取り出し吸い始める。
ふう、とひとつ息を吐く。煙は出ない。実はアレ、タバコではないのだ。
「今日は、どうした?」
ブラウスの上に羽織ったストールを机の上に投げ捨て、今度は明確に笑みを浮かべた。
「っつーか先生、寒くないんですか」
「寒くねェよ」
じゃあ何でストール羽織ってたんだよ。
そんな僕の疑問を見透かすように、先生は言う。
「職員室内でのキャラ作りッてヤツだ。
 いやーん、私って冷え性だからー、秋になると寒くってぇー。みたいな」
「カワイコキャラですね」
「カワイコキャラだな」
「厭なキャラですね」
「まァな。若干肩は凝る。でも利益もあるし、暫くはこのキャラで行く予定」
言いながら、丸椅子の上で胡座あぐらかき始めましたよこの人。
短めのタイトスカートのクセに。
この人の性格上、絶対わざとだ。
「で、話、いいかな。園絵ちゃん?」
そこで小麦が割って入る。
と同時に、つま先に痛みが走った。
「小麦――」
足を踏むな。
そう言おうと思って小麦を見やる。
僕を見上げる小麦の目は、ちょっと、怒っていた。
何だと言うんだ。
――その疑問が顔に出た瞬間、更に足に力を込められるのを感じた。
うん。ご立腹だ。
「おー、スマンスマン。で、2人揃ッてどうした?」
「そりゃ、あたし達が2人揃って園絵ちゃんに話があるっていったら、分かるでしょ」
まァな――と言って、目をそらして煙管を一吸いする。
「今度のロアの仮面の下、園絵ちゃんだったのよ。何か心当たり、あるよね、、、、?」
詳細を端折りに端折った、ど真ん中直球の小麦の言葉に――
先生は目を逸らしたまま、ばつの悪そうな苦笑を浮かべた。
そして、小さく舌打ちし、ガリガリと頭を掻きながら答える。
「あァ、あるぜ。例の切断魔ジャック・ザ・リッパーの件だろ?――もう、ケリ付いたんだな。悪ィ」
「まぁ、大したことは――」
なかったよ、と、多分小麦は言おうとしたのだろう。だけど、先生はそれを
阻止するように続けた。
「あれはイマイチ不作だッたな」
不作て。
「噂の伝達速度はまァまァだと思うんだが、規模がな。
 ロアの能力を決定付ける直接要因は、何つッても規模だ。
 せめて学園全生徒――1500人くらいには広がらないとなァ」
この人は。
この人は――何をぬかしているのだ。
「じゃあ、わざと、狙って、噂を作ったとでも?」
「そうそう」
僕の詰問に、へらへらとした笑みを浮かべたままそう答えた。
ああ、腰が抜けそうだ。
「人騒がせにも程があるでしょう・・・」
わざとらしく溜息を吐く。そう――この人は、こういう人なのだ。
「だから、悪かッたよー、怒るなよー、大したことなかッたんだろー?」
その言葉で、小麦が咄嗟に折れた右手を背後に隠すのが分かった。
・・・こいつ、あくまで無傷楽勝完勝で通す気だな。
「だから、怒らないでくれよー、次は強いロアになるように頑張るからー」
「そんなモン頑張らなくていいですから」
「えー? そんな冷たいこと言うの? 先生、哀しいですぅ・・・」
「知ったことじゃないです。何も先生が率先して捏造しなくていいでしょうに」
というか、そのキャラはどうにかならんのか。目に涙まで溜めやがって。
チッ、と再度舌打ちするのが聞こえた。絶対反省してねぇよコイツ。
「小麦からも『お兄ちゃん』に言ッてやッてくれよ」
「・・・何て?」
呆れ声で、小麦は問い返す。先生は真面目な顔で、こう言った。
「俺より強いロアに会いに行く」
死ねばいいのに。

――結局。
伊崎先生は、我が部の顧問として、研究目的で都市伝説フォークロアを捏造してみたのだそうだ。
養殖モノはやはり不味いというのが相場だな、とは本人の言。
こんな常軌を逸した秘密倶楽部の秘密顧問は、やっぱり常軌を逸していた。
そんなもの、最初から期待してないけど。
それと、切断魔ジャック・ザ・リッパーが足での攻撃に弱かった点については、
「あァ、確かに俺は足フェチだな」
と自らの性癖を暴露することで解決した。
というか何でこの人はこんな外見で中身はオヤジなんだろうか。
この人がこんなだから、生まれたロアもオヤジだったに違いない。

「ただ――ひとつ、腑に落ちんことがある」
「何ですか、先生?」
「俺は確かに都市伝説を捏造した。だけどな、俺がそれを話したのは一人だけなんだ」
「どういう――こと?」
小麦が、きょとんとした顔で問う。
「なのに。俺が話したのはたッた一人だけなのに――
 俺は、そいつを思い出せないんだ。
 いや、記憶はある。確かに話した。その前の日、寝る前にでッち上げた
 『噂』を初めて話したんだ。印象は深いさ。
 だけど、その相手だけ覚えていない。そして――噂はすぐに一人歩きを始めた。
 あとはお前らも知ッてる通り、噂の出元は有耶無耶だ。
 友達の友達から聞いたんだけど、ッてな」
そこで、一息、煙管を吸う。
ふう、と息を吐き出して――心底、面白そうに、心地良さそうに、唇を歪めて。

友達の友達、、、、、ッて、誰だろうな、、、、、?」

友達の友達――Friend of a Friend、F.O.A.F。
先生の話は、オリジナルのものだ。誰かに聞いたわけじゃない。
じゃあ、僕らが耳にした噂を広めた――先生が話をした最初の一人は、誰だ?
「友達の友達」とは、誰だ?
そいつは、確実に、居る。
意味も意義も目的も目標も能力も――概要アブストラクトさえも分からないけれど。
どこかに、居る。
僕は、その得体の知れない存在に、恐怖に近い感情を覚えた。

――以下、余談。

「ところで、小麦」
「何よ?」
僕は、ついに痛みに耐えかねて、言った。
「いい加減、足が痛いんだけど。ってか何で僕は足を踏まれてるんだ?」
そこに何故か、先生が加わる。
「ヤキモチだよなー、小麦?『お兄ちゃんが先生に取られちゃう』ってな?」
「なっ、違っ・・・」
「取られる?」
「ああ、いけないわ柊くんっ、私達は教師と生徒なのよっ」
「何の話ですか」
本気で意味が分からん。分からんだけに悪質だ。身構えようがない。
「だってっ、柊くんが熱い眼差しで私を見てるんだものっ」
「見てません」
「見てたよ。なァ、小麦」
「見てたよ。ハル君」
最終的に、僕に戻って来てしまった。
「だから、そんなに見てませんって。ふつーです、ふつー」
「うん、ふつーに見てたよな? ぱんつ」
やっぱりアレはわざとかよ。
まぁそれは見たけどさ。
「あたしのも。戦闘中に見たよね?」
「それは見てねぇよ」
「即答!?」
「だって小麦、スカートの下ブルマじゃん。邪道だそんなもん」
「あー、邪道だなそれは。女子の風上にも置けん」
それは意味不明だけどさ。オヤジめ。
「え? え? 悪いのあたし? あたしが悪いわけ?」
うんうん、と頷く僕と先生。
「おかしーなー、だってミニスカ+ブルマだよ? 萌えない?」
萌えねーよ。っつか足し算になってないから。それは。
そもそも、お前は一体何を狙っていると言うんだ。
「ともかくっ」
素早く立ち直った小麦は、ようやく足をどけたかと思いきや――
「一発殴らせてね」
と、笑顔で言った。
「ちょ、おま――」
抵抗する暇もなく。
目の前の少女は、笑顔のまま容赦なく僕に平手打ちを食らわすのだった。
あー、眼鏡飛んだよ畜生。
そして、その元凶と言うべき天文学部顧問は、にやにやとしたまま。
大好きな香気アロマを吸引しながら。
幼馴染キャラも大変だな、虎春こはる――と他人事のように言ってのけた。



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