放課後の切断魔:2



僕の属性は安楽椅子探偵だと自負している。
目的に必要な情報を、何気ない会話から聞き出し、引き出し、推理する。
順列を組み替え、語呂を合わせ、遠隔地にいながら目的に向かって収斂させる。
それこそが、僕の本来のスタンスだ。

「――という手法を、僕としては主張したいのだけれど」
「却下」
相変わらず一言で片付けられた。
小麦は、いつでも現地調査フィールドワーク主義なのだ。
そして、その決定に僕は逆らえない。逆らう権利がない。
そんなわけで――僕らは今、くだんの裏門傍にいる。
時刻は、17:50。問題の時刻まで、あと9分。
まぁ、こうなるんだろうなと思ってはいたんだけどね。うん。これホント。

――じゃあ、今から行こう。
僕からの報告を聞いた彼女は、それだけ言ってさっさと教室からここまで移動してしまった。
案の定、噂を実践するのだという。
つまり。

@17:59に学園の裏門から外に出て。
A最初の声は、敢えて無視して。
B切断魔ジャック・ザ・リッパーの質問を受ける。

ということ。
それはまぁ、いいとして。
「質問には、何て答えるのさ」
その一点が、どうしても気になった。
YESと答えても。NOと答えても。ついでに無視しても、NGだ。
見事なまでの八方塞がり。将棋で言えば、詰んでいる、、、、、
「ハル君はさ」
と、小麦は僕を見ずに、呆れた風に言った。
「頭が良いのに、バカだよね」
なんじゃそれは。
取り敢えず、そんな謂れのない侮辱は無視して。
「・・・あとさぁ」
もうひとつ、突っ込んでおく。
「何よ」
「スカート、さっきより短くなってね?」
「そこはほら、乙女のヒミツってヤツ?」
そして振り向いた小麦は、晴れやかな笑顔でこう続けた。
「ま、小麦ちゃんの活躍を、そこで黙って見ていなさい」

――そして、17:59ジャスト。
小麦の右足が、裏門から一歩、外へ出た。
そのままゆっくりと、歩を進める。
裏門を出た先には、薄暗い山道が続いている。
木々の隙間に、飾り程度のアスファルトが延びているが、基本何もない。
5歩、6歩、と進んだところで一瞬小麦の足が止まった。
しかし、それも一瞬のこと。直ぐに何もなかったかのように再び歩き始める。
多分。
聞こえたのだ。何者かの、声が。
僕には、聞こえない。学園の敷地内に残る僕には、何も聞こえない。

そうか。そういう理屈か、、、、、、、
あー。はいはい、なるほどね。分かったよ、仕方ないなぁ。
ホント、嫌なんだよね。直接的過ぎて、美学がない。僕のキャラじゃない。
だから僕は、嫌々、あくまでも嫌々、裏門から足を踏み出した。
時計は、まだ17:59を示している。
3、40秒程遅れたけど、僕の時計には秒の表示はない(というモード設定だ)から大丈夫だろ。
すたすたと、小麦の元へと駆け寄る。その時――
「ハル君、ストォーーーップ!」
振り向かず、僕を制止するように左手を挙げて小麦が叫ぶ。そしてそこで足を止めた。
「来たよ、来た来た来たァッ!」
――声。
曰く。

「足、いるか?」

・・・本当に、聞こえた。
周囲を見回す。当然のように誰もいない。
小麦は――震えている。
そして、僅かに漏れる嗚咽にも似た――嗤い声。
あぁ。
もう、僕には止められない。
小麦は、答える。
正答が用意されていない、質問に。

「足、いるかって?決まってるじゃない。
 あたしのカワイ〜イ足は必要だけど、他人の足を貰うなんてマッピラ御免!」

それは、YESでもなく、NOでもなく、無視ですらない。
意地悪ナゾナゾの仕掛けを見破った前提の、イレギュラーな回答。
「足・・・あし・・・アシ・・・いるか・・・」
依然、声の主は見えない。声だけが聞こえてくる。
だけど、声が聞こえるだけなんて。
そんなの――悪いけど、小麦の相手じゃない。
「はん。なぁにこの程度のことでバグってんのよ。くッだらない!」
見えない相手に、小麦が凄む。
「あ・・・し。足。脚。よこせ。あし、よこせえええ。足脚あしアシ」
おお、いい感じに壊れてきたぞ、切断魔ジャック・ザ・リッパー
「欲しい?小麦ちゃんの、カワイイあんよ」
一転、猫なで声で小麦が聞き返す。
そして、膝上20cmはあろうかというミニスカート(校則違反)を両手でつまみ、
ゆっくりと焦らすように持ち上げていく。チビのくせに足の長いヤツだ。
「ホラホラ。ねぇ、欲しいの?」
1cmずつ、1mmずつ、小麦の白い太腿が、露になっていく。
――道理で。道理で不自然だと思ったんだ。そのための、ミニか。
全力で馬鹿らしい。
だけどとことん、小麦らしい。
するり、するりと。
小麦は、スカートを持ち上げて。
もうちょっとで、見えそうなところまで持ち上げて。
言った。

「だけど、お前みたいなヤツには死んでもあげない」

そこで、僕の視界が混乱する。
確かに、そこには何もなかったはずなのに。
小麦が、スカートから手を離して、不自然に体を左に捻った刹那。
――鉈が、回避した小麦の肩を掠めた。

さあ――ついに、お出ましだ。
都市伝説フォークロアが具現化した、怪物。
語り継がれる、実体無き化け物。
小麦が誰よりも出会いを望み。
小麦が何よりも生き甲斐を見出す。
人々の好奇と興味と猟奇と狂気の産物。

僕らはそれを、「ロア」と呼ぶ。



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