祭の合図:5



周囲は闇。
曇った空には月も星もなく、街灯より随分高い位置にある屋上は黒一色だ。
そんな中に、同色の男と女がひとりずつ。
ひとりは、喪服の成人男性。
ひとりは、巫女服の成人女性。
――夕月明と、「未来の小麦」。
「久し振りだね、虎春君。小麦ちゃんは――まだ話せる状況じゃないかな」
「あぁ、全部あんたの思惑通りだよ」
「おや、人聞きの悪い――」
わざとらしく、肩をすくめてお道化る夕月。
「まるで俺が君達に嫌がらせをしてるみたいじゃないか」
「みたいも何も、嫌がらせだろう」
今にも倒れそうな小麦の肩を抱いたまま、僕は警戒心を最高レベルにまで高める。
もし、あの黒巫女が襲い掛かってきたら・・・きっと、どんなに警戒しても無駄だろうけれど。
「ふふふ、まぁそう邪険にするなよ。俺は、君達と話をしに来ただけさ」
「信じられねぇな」
「ふむ。これは手強いね――っと。それよりも、描」
言って、久我さんの肩をポンと叩く。
「あ・・・ゆ、夕月さん。ごめんなさい、負けちゃったっす」
僅かに、怯えるような表情を浮かべる。
それを気に留める様子もなく、夕月は続けた。
「そうだね。だから油断するなと言っただろう?」
「うぅ・・・ごめんなさい、ごめんなさい・・・」
「仕方のない子だ、帰ったらいっぱいお仕置きしないとね?」
「お仕置き・・・お仕置き、うふ、オシオキ・・・えへへ、はい、っす・・・」
「く、久我さん!?」
そこで何故うっとりする!?
全身にぞわぞわと鳥肌が立つ。ああ、何ておぞましい!
久我さんは、本気で手遅れのようだった・・・色々と。

それはそうと、と夕月が僕らに向き直る。
「ヒントをあげなくちゃいけないね。見事、ワーカホリックに勝ってみせたのだから」
いちいち上から目線でモノを言うな。イラつくヤツだ。
「ああ、そうそう。『黒い悪い夢ナイトメア』の前身についてだったか」
「ちょっと待て、その前に、前回の約束はどうなった?」
あれは僕の失態だった。
聞き出せるはずの情報を得られないまま、逃走を許してしまったのだから。
「約束――ふふふ、約束ね。覚えている、覚えているさ」
本当か嘘か分かったもんじゃない。
「だが、焦る必要はない。全ては、繋がっているのだから」
「どういう意味だ。いちいち回りくどいんだよテメーは」
「前回の約束と『黒い悪い夢ナイトメア』の前身は、イコールだと言っている。つまり」

「――『黒い悪い夢ナイトメア』の前身こそが、『友達の友達F.O.A.F.』だ」

何だって――!?
じゃあ。
友達の友達、、、、、というのは、個人の名前でもロアの名前でもなく――
「組織名、だと言うのか?」
「ああ、その通り。噂を生み出し、管理し、抹消するための組織、名付けて『友達の友達F.O.A.F.』。
 それは、多分君達が想像するより――否、誰にも想像できないくらいに大きな組織だ。
 そして、大きな組織には必ず下部組織や派閥といったものが存在する。
 その中のひとつを、俺が名付けて仕切っているというわけさ」
「そういう、ことか」
僕の頭の中で、情報がめまぐるしく行き交う。
切断魔ジャック・ザ・リッパーの噂を広めた者。
マキオの噂を手助けした者。
友達の、友達――。
巨大な組織が、その末端が、秘密裏に動いていたとしたなら。
そしてそれが、ロアやその語り部、修正者を管理しているというのならば。
不可能ではないのだ。起こり得るのだ。現実なのだ。
有り得ないことを基本ベースにして考えれば、有り得ないことではない。
何という矛盾、パラドックス。
「いや――待て。そもそも、何故そんな組織が存在する?」
そう、ここに来て疑問はスタート地点に戻る。つまり、組織の目的。
「それを語ると長いのだがね。まぁ簡単に端的に言うなら、世論の調査と調整、誘導のためだ」
「世論? そんなもの、一体何の役に」
「立つのさ、それはもう、劇的に。
 何せ――組織の発足は第二次世界大戦中、、、、、、、、にまで、、、遡るのだから、、、、、、
「あ――!」
一瞬の閃き。
それは、僕から見れば、悪意と狂気と恐怖の塊。
「その通り。世界を敵に回す戦争に向けて、国民を扇動するため、、、、、、、、、
だとしたら、確かに・・・僕らの想像など及ぶところではない。
「もっとも、その後はさすがに戦争利用のために存続したわけではないが。
 今ではすっかり力を失い、形骸化している部分も多い――だから俺が好き勝手できるのさ」
夕月の語ることだ。
全部、中二病全開の妄想、虚言、戯言だと言って片付けてしまいたい。
しかし、心のどこかで納得する自分もいるのだ。
それは・・・僕もまた、、、、語り部、、、だから、、、なのだろうか。

「ふふん。そんなの――あたしには関係ないわね」

腕の中から、強気な声が聞こえる。
「小麦っ」
息はだいぶ整ったものの、汗はまだ引いていない。表情もどこか余裕がないように感じられる。
「言ったわよね? できる限り万全パーフェクトに育てなさい、って」
「おお、これはこれは小麦ちゃん。今日も可愛いね。実にステキだ。結婚しよう」
「「死ね」」
僕と小麦は見事にハモった。当然だ。
「ああ、振られてしまった。悲しいなぁ。悲し過ぎて今夜も描に八つ当たりしてしまいそうだ」
「人質かよ!」
実に有害な大人だった。僕は決してこうはなりたくないもんだ。
「いやいや・・・すまないね、小麦ちゃん。今夜は、ちょっと別件なんだ」
「何? まだ万全パーフェクトじゃないの?」
「ああ、まだまだだ。もう少し待っておくれ」
「ふん。だったらとっとと帰りなさい。アンタの顔見てるとムカムカするのよね」
「まあまあ、そうつれないことを言わないでくれ――今日は、この子の名前を伝えに来たのさ」
――いずれこの子に名前を付けたら、真っ先に報せよう。
確かにヤツはそう言った。しかし。
「名前なんかどうだって良いわよ。要件はそれだけ?」
「ふふふ、名前、ナマエ、なーまーえ。名前は何より重要さ。ああ、間違いないとも」
「聞いちゃいないわね・・・」
「すぐに分かるよ、名前がいかに重要か・・・」
夕月は、黒巫女を前に出るよう促す。
そして、高らかにその名を告げる。

「この子の名前は、遠野、、輪廻、、

瞬間。
小麦は僕の腕を弾くように押しのけ、雷光の如く夕月めがけて飛びかかった。
瞬き程度の時間で、その距離はゼロになる。
――激突!
小麦の拳は――しかし、夕月には届かない。
「ああ、ありがとう、輪廻。助かったよ」
軽々と、黒巫女――遠野輪廻は、小麦の攻撃を受け止めていた。
そして小麦の拳を緩やかに払い、そのまま流れるように両手で弧を描く。
この構えは――!

「――炎舞エンブ

炎を纏った拳で直接攻撃を行う、人外技!
紙一重のタイミングでそれをかわすと、小麦は慌てて距離を取った
僕の目の前まで戻って、動揺するように叫ぶ。

「何でよ! 何でアンタが、あたしのお母さん、、、、、、、、を知ってるんだ!」

お母さん?
お母さんは――小萩さんだろう?
「いや、まさか――小麦」
「本当の、お母さん・・・」
「だっ・・・だって! どこの誰かも分からなかったんじゃ」
「名前だけは・・・今のお母さんが、教えてくれた」
「そんなっ」

じゃあ、何で?
何でこいつは、そんなことを知っているだ!?

「ふふふ。どうかな、名前は重要だろう、、、、、、、、?」
このヤロウ・・・そんなもん、反則だろうが!
こんなことされれば、誰だってマトモではいられない。
名前がどうとか、一切関係ない!
「今日の用事は、それだけさ」
「ま、待てっ! 今! 直ぐに! あたしの質問に、答えろッッ!!」
「ふふふ、そう急くなよ、小麦ちゃん」
「こ、の、ヤ、ロォォォ!!」
身構える小麦。
「輪廻」
夕月の合図に反応し、遠野輪廻は両手で弧を描く。
――違和感。
その距離での炎舞は無意味だ。遠距離の場合、風舞とのコンボで始めて威力を発揮する。
当然、小麦は打ち終わりを狙うべく、その場で身構えた。
遠野輪廻の両腕に、炎が灯り。
人外技が発動する――はず、が。

そのまま炎を纏った両手を合わせ、両腕の炎を掌へと移し。
ゆっくりと、棒状の炎を、、、、、生成した、、、、
そして、それを右手で掴み。
まるで、先ほどの小麦の動きをコピーするかのように、大きく振りかぶる。

炎舞エンブ香車ヤリ

激しく風を切る音が、確かに、僕の耳にも聞こえた。

投擲される炎の槍。
目にも止まらぬ速さで――それは、小麦の右肩を貫いた。

「あああああああああああああああああああああああ!!」
「小麦ィィィィッ!」

血が! 血が溢れて、止まらない!
「小麦、しっかりしろ、小麦っ!」
「んっ、く、痛・・・ッ」
小麦は必至に傷口を押さえつけている。
「大丈夫、虎春君。小麦ちゃんの回復力なら、何てことはない」
こともなげに、吐き捨てる夕月。
「キサマ・・・ッ」
「おお、怖い怖い。そういう顔もできるんじゃないか、虎春君?」
邪悪な笑み。
何て、悪辣な。何て、腐敗した。
人間を辞めたかのような、微笑だった。
こいつは――小麦のことを、何だと思っているんだ!
「・・・ふふん、これくらい、何てこと、ない・・・」
気丈にも立ち上がる小麦。
「ふふふ、まだ立ち上がるかい、小麦ちゃん」
「あたしは、全ッ然闘えるんだからね!」
肩口に、僅か、湯気のようなものが立ち上っている。
まさか――これが、小麦の超回復能力だというのか?
「そうか・・・ふむ、ハッタリではなさそうだね。末恐ろしい」
「ヒトの技、パクりやがって。絶対許さないんだから!」
「いや、すまないね。少しは成長したところを見せたかったのさ。今日はここまでだ」
そう言うと、夕月はそっと遠野輪廻の肩を抱く。
「ああっ、夕月さんっ。ボクもボクもっ」
慌てて夕月にすがりつく久我さん。
噂中毒ワーカホリックだけでは終わらない。汚染流行パンデミック誇大妄想レジェンドと、後が控えているからね。
 じゃあ、また会おう。小麦ちゃん、虎春君」

「――風舞カザマイ

小麦と同じ声だけを残して、3人はその場から消える。
跡形もなく、最初からそこに存在しなかったかのように。
「くそ・・・また逃げられたッ!」
「落ち着け、小麦! お前だって重傷なんだ、じっとしてろ!」
「むぅ・・・あたしはまだ闘えるもん!」
「じっとしてろって、言ってるだろうが!」
「ひっ・・・うっ・・・う・・・ふぇ」
やべ、泣きそう!?
「ああ、いや、とにかく、今日はもう帰ろう・・・ぜ?」
「う・・・っく、う、うん・・・」
ギリギリセーフ、って感じか・・・。
正直、助かったのはこちらの方だ。今回ばかりは――そう思う。
久我さんのロアとの連戦、そしてパワーアップした黒巫女、遠野輪廻。
あのまま闘っても、消耗した小麦では到底勝ち目はないだろう。
畜生、一体どうしろってんだ。
小麦の反則じみた強さをもってしても勝てないなら――。
僕は、薄暗い明日を思って、大きくため息を吐く。

以下、余談。

「柊センパイ!」
次の日の昼休み、廊下で僕を呼ぶ声が聞こえた。
「げっ・・・」
「げっ、て!? ひどっ!」
振り向くと――
「可愛い後輩に声かけられて、その態度はないんじゃないっすか?」
生徒会副会長様が、そこにいた。
「・・・君、何考えてんだ」
「え? 何がっすか?」
「敵同士、だろう」
「センパイと? ボクが?」
「・・・いや、僕らと、君達の組織が」
「そんなー。ボクは結構、好きっすよ」
「は?」
「ハイ。勇ましくて、カッコ良かったっす。惚れちゃったっすよ」
「おぉ、う・・・」
「――神荻センパイ」
ですよねー!
うん! 分かってた! お兄さん分かってたから! 誤解とかしてないんだからね!?
「・・・って、えぇ? 小麦!?」
「いやぁ、最初はちっちゃくって可愛いなーくらいだったんすけどねー」
てへへ、と照れるボーイッシュ美少女(16)。
・・・百合っ娘かよ!
「ああ、あの細くて長い足で踏まれてみたいっす・・・」
・・・しかもドMかよ!
頭痛がするぜ、全く。
「っていうか・・・夕月は?」
「男のヒトは、夕月さんだけっす!」
「そんなこと、宣言されてもなぁ・・・」
「昨夜も・・・えへへ・・・」
「ごめん、そこ詳しくは聞きたくないな、お兄さん」
禁断の匣のような気がして、僕は遠慮した。
「とにかくっ」
改めて、久我さんはぺこりと頭を下げる。
「昨日は、色々すみませんでした。でもでもっ、今後も仲良くして欲しいっす!」
特に神荻センパイは。という言葉はスルーした。
良く考えれば、久我さん自身は敵でも嫌な奴でもないのだ。
僕らの敵は、あくまでも――夕月そのものなのだから。
色々と戸惑うことはあるけれど、敵だ仇だと罵ることはしたくない。
だから――僕は彼女の申し出を快く了承することにする。

「ありがとうございます! ・・・というわけで、神荻センパイの携帯番号を」
「それは断る!」



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