祭の合図:2



――ガタン。

一度、音がして。
続いて、ガタガタ、ガタガタと、廊下側の窓ガラスが震えた。
「小麦」
「ん。任せて」
日も暮れかけた、オレンジの教室。
同じ色のコスプレをした少女は、口の端に笑みを浮かべ、機を待つ。

ガラリ、と窓が開き――セーラー服の袖が、窓から侵入して来た。

「く、ら、えッッ!」
右手に構えたリコーダーを、槍投げの要領で投擲。
それは、窓の向こうからタイミングよく顔を出したロアに見事的中した。
・・・マジかよ。ロンギヌスの槍みてーだな。
「さて、こんなもんじゃないでしょ?」
言って、小麦は軽快に走り出した。
ひょいとジャンプして、開いた窓から廊下へ飛び出す。
やっぱ、戦闘中の小麦はイキイキしてるなー。
――と。
「あれええええ!?」
僕が分かりやすく油断する中、廊下から素っ頓狂な声が聞こえた。
チッ、まずったかっ。
ロアは大抵、並じゃない能力を持っている。
あんな適当な遠距離攻撃ひとつでどうこうなるものではないのだ。
僕は急ぎ廊下へと飛び出す。
「小麦、大丈夫――か?」
そこには。
ぴくりともしないロアと、割れた仮面、そして不満そうにそれを見下ろす小麦がいた。
「コイツ、もう死んだっぽいよ? 超弱いんですケドー」
・・・遠距離攻撃ひとつで、どうこうなるもの、だったな。
唇を尖らせ、ジト目で僕を見る。
「いや、僕に訴えられても。良いじゃないか、勝ったんだし」
「そうだけどー。つまんないー」
愚痴りながら、げしげしと朽ちる寸前のロアを蹴飛ばす。何てヤツだ。
そういえば、このロアの「顔」は――と。
僕は、(下半身を見ないように気をつけながら)その素顔を覗き込んだ。

――ん?
何だ、こいつ――。

「危ない、ハル君っ!」
どん、と真横からの衝撃。
僕は堪らず廊下の端へと倒れ込む。
小麦が、凄まじい勢いで体当たりしてきたのだった。
「な、何だよっ、小麦っ」
「・・・人体模型」
「は?」
「見慣れた人体模型が、猛ダッシュしてった・・・」
「見慣れた・・・って、あれか。部室の」
「うん、多分」
「マジっすか」
「マジっす」
それって、ロア、だよな。だって、足音しなかったし。有り得ねえだろ、色々と。
僕は、大きくため息を吐いた。
「おかしいと思ったんだよな。楽勝過ぎて」
一方、すぐさま体勢を立て直した幼馴染は、ニヤニヤ笑いながら言った。
「ふふん、あれくらいじゃ面白くもなんともないって思ってたところよ」
あー、そりゃまあ、オマエはそうだろうよ。
仕方ないな、と僕も立ち上がる。
「さてと――」
多分、と僕は予想する。
――多分、これにはまだ裏があるな。
そして。
僕の役目は、いつだってその更に一歩先にある。

人体模型が走り去ったと思われる方を睨み付ける小麦。
案の定、再度攻撃を仕掛けるべく、その方向からロアがやってくる。
・・・足早っ。
っていうか、人体模型でも律儀に仮面付けてるんだな。
小麦は、先ほどのリコーダーを拾い上げて、猛ダッシュで近づくロアを迎え撃つ。
「ほらほら、掛かってこいよォォ!」
という挑発に乗ったのかどうか。ロアは更に速度を上げる。
そして更に。
ロアが、分裂した、、、、
「げっ、増えた・・・そんなのアリ!?」
否、最初から2体だったのだ。1体は影に隠れていたに過ぎない。
さすがに不意を突かれ、慌てる小麦。
となると――。
僕は、周囲の様子を伺う。
「えーい、面倒臭い、2体まとめてやっつける!」
動揺したのも僅か一瞬、小麦は気を取り直した。その辺はさすがである。
僕なんか、ある程度予想していたのにちょっとびっくりしたからなー。
・・・さてと。
僕の役割の方については――びっくりするわけにもいかないな。

「小麦、そっちは任せた」
「ん? うん。トーゼン!」

そして僕は、くるりと後ろを向く、、、、、
「不意打ちは卑怯じゃねえ? 久我さん、、、、

こちらも、案の定。
廊下の角からこちらを伺う久我さんが、姿を現した。

「あちゃ。バレてました? さすがっすね、語り部さん、、、、、
「・・・・・・にゃろう」

不覚にも、苦笑が漏れる。
『語り部さん』ときたか・・・こいつ、何か知ってやがるな。
僕は、最悪のケースを想定する。
・・・ちっ、面倒なことになりそうだ。

背中からは、小麦と人体模型×2が闘う音が聞こえる。
僕は、それを小麦に任せる、、、と言った。
だから――その存在は、一旦無視することにする。

「よく分かったっすね、しっかり隠れてたのに」
「ロア2連発はいくらなんでも怪しいだろ。となると、1体目の噂を持ってきた君が一番怪しい」
「えー、それ、殆どカンじゃないっすか」
「経験と言って欲しいね。で、久我さん。君の目的は、何だ?」
「んー・・・どこまで話して良いのかなぁ。ちょっと判断に迷うトコっす」
「僕らを、罠にハメたことは認めるな?」
「ああ、はい。そこはガチっす」
副会長は、明るく笑ってあっさりと肯定した。
その朗らかな態度は、逆に不気味に映る。
「一応、上半身オバケで油断させて、人体模型クンでトドメというコンボの予定でした」
「詰めが甘ぇよ」
「はい、反省してるっす。やっぱ、ヒトの言うことは聞くもんっすね」
・・・はて。ということは、つまり。
「組織立って動いてる、と判断して良いのかな?」
「あうあう、またバレちゃったっすか!?」
結構、アホの子なのかも知れない。
僕の中で、生徒会の地位がどんどん失墜していく。大丈夫か、この学校。
「はあ・・・気が進まないけど、しょうがないっすね」
「ん?」
「柊センパイ、ちょっと動きを止めさせてもらうっす」
・・・何だって?
僕は確かに直接戦闘向きではないが、女子生徒ひとりに取っ捕まるほど弱くもない。
「ええと、こんな噂、知ってます?」
実に唐突に、久我さんはその都市伝説フォークロアを語り始めた。

「この学校の1Fの水道――ちょうどセンパイから見て左にあるソレっす。
 その水道の鏡、見えるでしょ?
 夜にその鏡を覗き込むと、悪魔が映る、、、、、んっすよ」

・・・しまった、そういうことか!
気付いたが、既に遅かった。
僕は、反射的に左を――蛇口の上に備え付けられた大きな鏡を覗き込んでしまっていた。
そこには、当然、僕と。
仮面を付けた悪魔が、映っていた。
黒い肌、尖った耳、細く長い手足。
僕の左約2メートル・・・ちょうど小麦と僕の中間くらいに立ち、こちらへにじり寄る。
「見えましたか? そいつ、ボクの最新作にして自信作っす」
久我さんが、余裕たっぷりに言う。

名付けて、、、、忍び寄る悪魔カウントダウン

畜生、まるで誰かを連想させる言い回しじゃないか。
イライラする、イライラする、イライラする!
「そいつは、呪いの一種っす。発動トリガーは『特定の鏡を特定の時間に覗き込むこと』。
 そして、発動後は鏡に写っている間、悪魔と『だるまさんがころんだ』することになるっすよ」
「『だるまさんがころんだ』・・・?」
「そっす。鏡に写ってる間、悪魔は近寄ってくるっす。写らなければ、悪魔は動きません。
 じりじり忍び寄って、最終的にはセンパイの首を絞めて殺すんっすよ」
朗らかな声色のまま、恐ろしいことを宣言された。
故に、忍び寄る悪魔カウントダウンってか。
全くもって、趣味が悪いね。僕とは到底合いそうにない。
ともかく――この場にいるのはまずい。
にじり寄る悪魔から逃れるように、身を屈める。これで鏡には写らないはずだ。
「おお、素早い対処」
「お褒めにあずかり光栄の極み」
「でも、そのままじゃジリ貧っすよね。ボクは、今のうちに逃げさせてもらうっすよ」

「逃がすかバカ」
勇ましい声。
「――え」
驚愕する久我さん。

「おー、小麦、終わった?」
「楽勝!」
にひ、と武器リコーダーを片手に小麦が笑う。
その背後には、砂のように崩れ落ちる人体模型が2体。
「え? え――ま、マジっすか? そんな、マジでそんなに強いんすか?」
「ふふん。あたしを誰だと思ってるのよ。あんなロア、瞬殺なんだから」
「はへー・・・これは、マズいなぁ。マズいっすよ。うーん・・・」
困り顔で、しきりに首を捻る久我さん。
しかし、それは降参の意ではなく。
「じゃあ、しょうがないから奥の手、、、を出させてもらうっすね」
なっ、奥の手――だと!?
「これ以上、何かあるって言うのか?」
上半身だけの女子高生、走る人体模型、鏡に写る悪魔。
全て、久我さんが創作したロアだろう。
ひとつひとつの強度は大したことないものの、その数は驚愕に値する。
だというのに、まだこれ以上手駒を持っていると言うのか。
怯む僕に、久我さんは――改めて、誇らしげに名乗りを上げる。

「ボクの名前は、噂中毒ワーカホリック・久我描。息をする様に噂を作り出してみせるっす」



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