祭の合図:1



僕と小麦は今、宵闇の学校の空き教室にいる。
隅の方で二人、ぴったりと身を寄せ合って座っている状態。

――別に、気が違って小麦といちゃついているわけではない。

息を殺し、物音を立てないように。
そして逆に、教室の外から聞こえる音を逃さないように。
緊張し、集中している。

「ってか、ハル君」
「ん?」

ヒソヒソと、外部に極力音が漏れないような小声で小麦が問いかけてきた。
うん、お兄さん、空気が読める子好きだな。
「何で逃げんのさ? そーゆーの、性に合わないんだけど」
「いやごめん。なんつーか、予想以上に・・・キモかったから?」
隣で、小麦がわざとらしく息を吐いて頭を抱える。
・・・うわー、コイツにそういうのやられると超ムカつくんですけどー。
畜生、バカのくせに。バカのくせに!
「じゃ、あたしが迎撃するのはOKってことね?」
「ああ、そうだな。小麦さえ問題なければ」
「あたぼーよー」
言って、彼女は満面の笑みを浮かべて立ち上がった。
ちなみに、本日の衣装コスプレはチアリーダーで、武器エモノはリコーダーだ。
そんな格好で勢い良く立ったら、短いスカートが舞い上がってぱんつが見えるじゃないか。
いや、そもそもあれってどうなんだ。テニスのアンダースコートみたいなもんか?
ぱんつじゃないから恥ずかしくないもん、とか言うつもりか?
あと何でリコーダーなのかというと、近くに武器っぽいものがそれしかなかっただけである。
チアリーダーにリコーダー。
非常に眩暈のする取り合わせだと思う。
しかし、本人的には動きやすくて気に入っているらしい。
いつになったら羞恥心を覚えてくれるのか、幼馴染のお兄さんとしては甚だ不安なものだ。

さて、僕も少しずつ落ち着きを取り戻せてきた気がする。
ここらで、頭の整理をするためにも少し時間を巻き戻そう。
頭脳労働者の僕が混乱してるようじゃ、お話にならないからな。
そう、あれは、2時間ほど前のことだった。

――放課後、我らが天文学部部室に珍しいお客様が舞い込んできた。
「紹介するまでもないでしょうけれど――久我くがえがくさんです」
「はじめましてー、久我っす」
委員長こと二条にじょう三咲みさきから紹介を受けた久我女史は、そう言ってペコリと頭を下げた。
僕と小麦は、どう対処して良いものか分からず、はぁそうですかと間の抜けた返答をした。
はじめましてと言われても、相手は多分全校生徒がもれなく知ってる生徒会副会長だ。
コッチとしては一方的に存じ上げておりますが、という感想しか持てない。
そもそも、こんな大物が一体こんなところに何の用だと言うのだろうか。
・・・生徒会副会長、久我描。逆から読んでもクガエガク。
いいトコのお嬢様で頭も良く、僕らのイッコ下(1年生)にして副会長という才女である。
但し、口調がやたら体育会系。
いや、そこがまた男子にも女子にもウケが良い理由だったり。
そういえば、生徒会長は委員長で副会長が久我さん・・・女性にシメられてるんだな、ウチ。
と、僕の頭をそんなどうでも良いことが過ぎった。

「ということで、彼女の話を聞いて頂けないでしょうか」
言って、委員長は久我さんに場を譲った。
何が「ということ」なのかサッパリ分からん。
分からないが――久我さんは許可が出たとばかりに語り始める。

最近新たに話題になっているという、都市伝説フォークロアを。

「放課後、少し帰りが遅くなったある生徒のお話っす。
 彼女は急いで帰り支度をして、教室を出ました。
 その時、既に誰もいなくなったはずの教室の窓が、カラカラ・・・と開いたんっす。
 何事かと振り向くと、開いた窓の向こうには誰もいない。
 ところが、よくよく見ると窓の溝の部分に・・・指が、掛かっているのデス。
 そして、その指でぐっと体を持ち上げて、一人の少女が窓から身を乗り出しました。
 それは、見たことのない少女で。
 少女はそのまま窓から廊下へと転がり落ちたのですが、何と」

「――足がなかった?」
僕は、割り込むようにそう言った。
久我さんはオチを取られて驚くような様子もなく、
「ええ、その通りっす」
と頷く。
「さすがにこの手のお話にはお詳しいっすね。尊敬するっす」
「いえ――まぁ、割とベタな都市伝説ですからね。
 『カシマレイコ』とか『テケテケ』とか、そういった類でしょう」
「なるほどー、そんな名前なんすね」
「もしくはその派生といったところでしょうか。断定はできませんが」
っていうか僕は何で後輩に向かって敬語で話してるんだろうね?
恐るべし、副会長マジック。

「じゃ、そいつやっつければ良いのね?」
それまで聞きに回っていた小麦が、元気いっぱいに叫んだ。
さすがにこちらには驚きつつ、久我さんは答える。
「はい・・・その話を聞いて、ボクのガラじゃないんすけど、怖くて怖くて」
「それで、私に相談してきたものですから、適任がいますよってコトで」
と補足する委員長。
・・・おおう、何という盥回し。
さては、今回のロアが少女だからやる気ないな、コイツ。
少年だったら絶対自分がヤる(性的な意味で)って言うくせに。

ともあれ、そのような理由で僕らはロア退治を引き受けることになった。
珍しく小麦の趣味だけでなく、世のため人のためになるロア退治である。
素晴らしいことじゃないか。
僕は、噂の1年生の教室で待機しながらそんなことを考えていた。
ちなみに、この隙に小麦はどこからか仕入れてきた衣装に着替えてリコーダーを装備した。
着替えるから後ろ向いちゃダメだよ、とか言うくらいなら違う場所で着替えろよ。
・・・と文句を言ったら、乙女心が分かってないとか言って背後から殴られた。
何でだよ。見られたくないんだろうに。理不尽すぎる。

そして、待つこと1時間と少し。
「・・・そういえば、今回のロアの出現条件って何だろうね?」
今更過ぎる疑問を投げかける小麦。
しかし、疑問そのものは割と適切だ。
「正直、ランダム要素が強いとしか思えないな」
僕は暗い気分で答えた。
「条件らしい条件なんか、時間と場所くらいのものだしさ」

――切断魔ジャック・ザ・リッパーなら、特定のタイミングで裏門を通ること。
――マキオなら、体育館でスクエアという降霊術を行うこと。
――そして例の黒巫女の場合は、特定の電話ボックスから自分の携帯に電話すること。

そんな風に、これまでのロアは具体的な手順が示されていることが多かった。
勿論そうじゃない場合も多々あるわけだが、そんな時はどうしても持久戦になる。
つまり、何度もトライしてみること。
要は面倒臭いのだ。
多分、今回のパターンだと10回か20回くらいはやってみないといけないだろう。
下手すると、向こう1ヶ月は放課後拘束されることになるわけだ。
・・・マジめんどくせぇー。
「仕方ないじゃない。出てくるまで、何度でもやるわよ!」
「はぁ、ま、そうだよな」
諦めて、僕らは教室を後にする。
帰るわけじゃない。これが、今回の唯一の「手順」だからだ。
どうやって帰るとか、帰る前に何をするとか、一切なし。
ただ、少し遅く帰るだけだ。
外は日も傾き始め、薄暗くなっている。良い頃合だろう。
教室のドアを閉め、背後の音に気を配りながら廊下を歩く。
こんなんで出てくるワケねぇよなー。

・・・というのは、当然大間違いだったわけで。

背後から控えめに、カラカラという音が聞こえて。
小麦は当然、喜び勇んで振り向いたね。
マジかよ。1回目で?
1万回に1回しか起こらないことは、最初の1回に起こるもんなのさ。
なんて誰かが言った台詞を思い出した。
ともかく、そんな呑気なことを考えてる暇もないな。
僕は、警戒しながら様子を伺う。

ずるり、と仮面を付けた黒髪の少女が窓から顔を出し。
そのまま、頭から廊下に落下。
上はクラシックなセーラー服で。
下半身は、無かった。
いや、無いのは分かってたのだけど。
ず、ず、ず・・・と肘で歩く様はかなりアレで。
歩いた後にしっかり血痕が残っていた辺りで、僕はもうダメだった。
「う、うおおお、キモッッッ! 逃げんぞ、小麦っ!」
「え、え? えぇえええ?」
力の限り叫び、小麦の腕を掴んで半ば強引に逃げ出した。
そして、手頃な空き教室に身を潜めて。

――そのまま現在に至るのだった。
ええ、ヘタレですとも。
ヘタレですけどそれが何か?

いや、ダメなんだよ、あの手のグロさ。
だって、血ィ流れてんだよ?
アレ、セーラー服の下は絶対内臓とか骨とかむき出しだって。
小麦は何で大丈夫かな・・・。
「あんなの、どうってことないじゃない?」
「・・・へぇへぇ、さいですか」
バカだからかな。バカだから、想像力とか働かないのかな。
「繊細な僕としては、耐えられない光景だったね」
と情けなく愚痴りながらも。

「ふふん。仕方ないなぁ。ハル君は、あたしが守ってあげるからねっ」

今は、目の前のやる気に溢れた少女がとても頼もしく見えた。
・・・角度的にぱんつ丸見えなのは正直どうかと思ったけども。



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