5番目のマキオ:1



秋も深まり、随分と寒く感じられるようになったある日の放課後。
天文学部員、二条三咲にじょうみさきが言った。
「気になる噂を耳にしたので、少々調べて参りました」
噂。
ここでいう噂とは、所謂都市伝説フォークロアに限定される。
なぜならば、ここは天文学部部室であり僕らはその部員であるからだ。
――説明になってない、なんてことは僕が一番よく分かってる。
そこで、彼女は何故かちらりと僕に目線を送った。
「こういうことは、柊君の役目かもしれませんけれど。怒らないで下さいね」
そんなことはどうでもいい。
というか、それで怒ったら僕が調査しか出来ないみたいじゃないか。
・・・ぶっちゃけ調査しか出来ないんだけどさ。
取り敢えず僕は、気にすることないさ委員長、とだけ言っておいた。
「私は委員長じゃありません」
そうかそういえば今期はもう委員長じゃないんだったね――と分かりきったことを言う。
「で? で? 何か面白いことでもあったの? いいんちょさん」
小麦は既に乗り気だ。
その隣で香気アロマをふかす伊崎先生も妙にニヤニヤしている。
この人たちは最初から即座に瞬間的にトップギアだからね。尊敬するよ、ホント。
「まったく、神荻さんは相変わらず人の話を聞かないんだから――概要は、こうです」
そして、やや低目のトーンで、委員長改め生徒会長は語り始めた。

ある日、我が校の恥とも言うべき不良が4名、夜中の体育館でたむろしていたそうです。
馬鹿なことに、お酒を飲み、タバコなど吸いながら。
そこで、その中の一人がこういう話を持ち出したのですよ。
スクエアをやろう、と。
――スクエア、ご存知ですか?
まず、ひとつの部屋の4隅にそれぞれ一人配置スタンバイします。
そうですね・・・
部屋の4隅をそれぞれ角A、B、C、Dとし、それぞれ不良W、X、Y、Zが陣取るとしましょう。
まず、不良Wは角Bへと歩き不良Xの肩を叩く。
肩を叩かれた不良Xは角Cへ移動して不良Yの肩を叩く。
これをA、B、C、D・・・と繰り返し、グルグルと回り続けるという降霊術の一種です。
もうお分かりでしょうけど、これは絶対に1周で終わるのですよ。
最後の不良Zは角Aへ移動しますが、既に不良Wは角Bへ移動済みなのですから。
角Aには誰も居ない。
だから、これは論理的に絶対に続かない。
だけど――これが、何故か続いてしまった、、、、、、、
さて、誰も居ないはずの角Aにいたのは、誰でしょう?

「ロアね!」
話を聞き終えた小麦は、嬉々としてそう言った。
だけど。
「小麦さぁ」
「何?」
「今の話、分かってないだろう?」
「分かってるわよ。体育館で4人でグルグル回ったらロアが出るんでしょ?」
やっぱり分かってねぇ!
・・・いや、でもある意味分かってるのか?
「神荻さんの言う通り、ロアでしょうね」
僕らのやり取りの後半部を華麗に無視して、二条は言った。
「ここからが、私の調査内容。
 今回のキーパーソンは、誰が何と言っても――4人目、『不良Z』です。
 そこで私は、彼に接触して話を伺いました。
 彼は確かに、角Aで誰かの肩を叩いたのだそうですよ。それも、何回も。
 最初は、不良Wが悪ふざけしているのだと思ったのだそうです。
 体育館の中に灯りはなく、余程目を凝らさないと誰が誰だか分からなかったそうで。
 ・・・でも、冗談にしてはくどい。
 それに、何より・・・体が、ちょっと小さかったのだそうです」
「小さいって・・・どれくらい? 小学生くらい?」
身を乗り出して、小麦が問う。
「ええ、小学生高学年か中学生くらい、だそうです。曖昧な感想ですが」
「子供のロア、かー」
感心するように、小麦は呟いた。
そういえば、僕らにとって子供のロアは初めてだ。
「――継続するスクエアに、さすがに4人はおかしいと思い始めた。
 そして、誰かが声を上げたのだそうです」

マキオがいる、、、、、、

ぞくり、と背筋に寒いものが走り、口元が痙攣するのを感じた。
嗚呼――この不条理な恐怖。ワケの分からない不安定こそが。
都市伝説フォークロアって感じ、ね」
小麦は、心底楽しそうだ。
多分、放っておいたら直ぐにでも部室を飛び出して体育館へ向かうことだろう。
しかし、もうちょっと。
もうちょっとだけ、待って欲しい。
「今回は、物騒な話はナシ?」
僕は、少し引っかかったことを質問した。
「ええ、今のところ危害を加えられるようなパターンの話は少ないようですよ」
ということは、危ない噂もないわけじゃない、といったところか。
まぁ都市伝説というのはそういうものだ。
広まっていく中で、細かくバリエーションが分かれていく。
だが、今回の話のキモは、きっとこの不条理さだ。
本当に、マキオは居たのか。
そもそも、マキオって誰だ。
何で、4人の中からその名前が出たんだ。
・・・全て、分からない。
理解できないということより、意味が、意義が分からない。
だから、物騒な話とは縁がないとは言わないまでも出る幕ではないのか。
下手に死人や怪我人が出ると、きっとこの不気味さは伝わらない。

――まだだ。
まだ、足りない。
このハナシには、きっと、もう一段深い領域エリアがある。

僕は思案する。考察する。検討する。
何が足りない? どんな情報が足りない? そして、僕はどう動くべきだ?
しかし――そこで、時間切れ。
「よし、じゃあ今夜、この4人で『スクエア』ってのをやるわよ!」
小麦は高らかに宣言した。
この4人――僕、小麦、委員長、伊崎先生。
僕はこの中の責任者である先生に、とある意図を込めた視線を送る。
笑いながら構わねェよと答える彼女と、一瞬だけ目が合う。
たったそれだけで、彼女は。
咥えた煙管キセルに歯を立て、ニヤリと嗤って視線を返してきた。
そして、即座に続ける。
「但し。お前らは一回家に帰るんだ」
「えー? めんどいよ、園絵ちゃん。どこかその辺に夜まで隠れてるからさ」
「うるせェよ。一回帰ッとかないと両親オヤが心配すんだろ?」
むー、と小麦が不満げに唸る。
まぁまぁ、神荻さん、私も一度帰ってシャワーくらい浴びたいですし――
と委員長がフォローを入れる。
それでようやく、小麦は納得した。
「よし、なら一旦解散だ。えーと、時間は?」
「24:00くらいだという話でした」
「オーケー、30分前までにここに集合ッてことで」
そして小麦と委員長は、ばらばらと部室を出て帰っていった。
僕は、先生とくだらない話をする振りをしてそれを見送り、
足音が充分に遠ざかったことを確認して言った。
「ありがとうございます、先生」
「なァに、大したことはしてないさ――それより」
「何ですか」
「納得してねェ、ッてなツラだな。今から調べるのか?」
咥えていた煙管を右手に持ち、くるくると器用に回す。
「はい、そのつもりです」
「大して時間はねェぞ? 本当は明日に引き延ばしてやりたかッたが」
それは多分無理だろう。小麦が絶対に黙っていない。
だけど。
委員長の調査のお陰で、僕の仕事は絞られている。
だから。
僕は、なるべく軽薄そうに、言った。

「――充分、ですよ」

頼もしいねェお兄チャン――そう言って、先生は上機嫌に微笑んだ。



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