「ヤンデレという属性があるだろう?」
「ねえな」
「あるんだよ」
――恒例、一言で会話を終わらせる試みもあっさりと砕け散って。
結城はやはりいつも通り、ヤマもオチもイミもない話を繰り広げる。
「このヤンデレという属性、実に素晴らしいと思わないか。
病んで、デレるんだぞ。
ゾクゾクするよな」
「しねえよ!?」
結城は割といつでも変だが、今回は更にブーストがかかっている気がする。
のっけからトップギアもいいところだ。
っていうか変態だ。
「ベースになるのはやはりツンデレという言葉だな。
この言葉がキャラクターを取り扱うあらゆる創作に与えた影響は計り知れない。
そしてその後に現れたのが、このヤンデレという言葉だ。
これもツンデレ同様、概念そのものは昔から存在する。
しかし、言葉として確立したことは非常に大きな一歩と言えるだろう。
ここでひとつの重要なポイントとして、ツンデレは『変化』に伴う属性だ。
最初はツン、後にデレ、という感情や態度の変化を指す。
対してヤンデレは、病んでいながらデレている、という同時に発生するものだ。
この複合性こそが魅力の鍵になっていると俺は思うね。
ともあれ、このようにツンデレとはその構造からして決定的な違いがある」
「・・・はい、以上、結城先生によるヤンデレ概論でした。おしまい」
ぱちぱちぱち。
無理矢理締め括って拍手してみる。
「うむ。そして次に本命であるヤンデレの魅力についてだが」
締め括れなかった。
というか、締め括った後に第二論が始まった。
結城は勝手に僕のペットボトルを口にして喉を潤し、話を続ける。
「ヤンデレというのは、ある種、究極の愛の形なのだな。
相手が好き過ぎておかしくなってしまう。
おかしくなるほど好きになる。
いずれにせよ、ヤンデレキャラはそのような狂い方をする。
狂うほどの愛、というのは具体的な経験はないが、推測はできるだろう?
愛さえあれば何もいらないとか、そういう甘い言葉を現実的にした狂気だ。
それは時に、相手や自分の命さえ落としかねない。
それほどの狂気、それほどの愛情だ。
理由はどうあれ、その姿勢にはやはり感じ入るものがある」
「いつにもまして情緒的だな。お前はもっと理論派だと思ったが?」
「愛に理論はないんだよ」
「えー・・・」
何を言ってるんだこいつは。
急にいいこと言ってる風を装われても困る。
「要するにヤンデレキャラは、相手しか見えていないんだな。
結果、一般的視点からするとおかしな行動を取っているように映る。
これは言い換えれば一途だと言えるんじゃないか?」
「一途・・・ねえ?」
それはちょっと美化しすぎじゃないかと思うが。
「例えば、ヤンデレキャラの一人称で描かれた物語は、純愛モノになると思うんだ」
「いや、ちょっと待て。僕はさっきから微妙に話についていけてないんだよ」
いまいち馴染みのないジャンルについての話を、そんなに畳み掛けられても。
「具体例を挙げてみよう」
と結城。
何だかもうすっかりいつものペースに乗せられていた。
さすがにもう脱出も困難だろう。
諦めて付き合ってやるしかない。
「簡単にあらすじを説明する。
登場人物は・・・まぁ何でもいい。
太郎くんと花子さんにするか。
太郎くんは普通の青年、花子さんはヤンデレヒロインだ。
太郎くんは花子さんをただの友達だと思っているが、花子さんは太郎くんが好き。
花子さんは徐々に思いを募らせ、ストーカー行為に及ぶ。
最終的に、太郎くんには別に恋人がいることを知る。
花子さんは悲しみのあまり太郎くんの部屋で自害する」
「エグいな!」
「そう、これはあらすじという形で、いわば三人称視点で物語をとらえたからだ」
「一人称だと、これが純愛モノになるって?」
「うむ。ではこれを一人称にしてみよう。
――私は、太郎くんが好きだ。
今日も太郎くんと話ができた。
それだけでも嬉しい。
でも、もっともっと太郎くんと話をしたいな。
太郎くんと触れ合っていたいな。
電話をしてみるのはどうだろう?
いや、迷惑になるからやめておこう。
じゃあ、こっそり遠くから眺めるのは?
それなら迷惑にならないはずだ。
そして毎日、遠くから太郎くんを見つめる。
ある日、彼の家に知らない女がやってきた。
様子を探ると、どうやら恋人らしい。
ショックだ。悲しい。切ない。辛い。
私はこんなに彼のことを思っているのに、それが伝わることはないのだ。
だったら、せめて彼の記憶に私という存在を刻みつけたい。
今できることは何だろう――。
できることは何もない。
だったら、いっそ死んでしまおう。
それも、彼の部屋で――。
となる」
「いやいやいやいや、ホラーだろ! それ十分にホラーだろ!」
「そうか? 純愛じゃないか」
「どこがだよ! 恐怖しか伝わってこねえよ!」
「古来から、愛するが故に死を選ぶというのは純愛のセオリーだぞ」
「いや、ないわー・・・。そのセオリー自体は分からなくもないが」
「むう、そうか・・・」
結城はいまいち伝わらないことが不満な様子だ。
そりゃ伝わらねえよ。
何だよそのホラー話。
「っていうか、最大の問題点は『太郎くんの部屋で』自殺することだよな」
そこがホラーに思える所以だ。
「例えば、ひっそりとどこか遠くへ行って、海に身投げするとか・・・」
「何を言う孝明、この『太郎くんの部屋で』というのがヤンデレポイントじゃないか」
「そうだろうけど。だからつまり、ヤンデレ=ホラーなんだよ、もはや」
僕にはそうとしか思えない。
ヤンデレが純愛なんて、飛躍が過ぎる。
結城は、むう、と唸っては何やら思案している。
僕を説き伏せる手段を考えているのだろう。
いつもなら、その手段は事前に用意しているのだろうが。
いや、今回も十分に用意していたつもりなのだろうが。
僕には通じなかった、ということである。
というか、こいつの人にモノを伝えようとする執念は毎度恐ろしい。
これこそリアルヤンデレなのかもしれない、とさえ思うのだった。
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