マスコットキャラの脅威



「マスコットキャラって、気持ち悪くないか」
僕の部屋で携帯を弄る結城に問いかける。

「・・・急にどうした」
パタンと携帯を閉じ、怪訝な顔で結城が答えた。
「いや、お前の携帯に付いてるそのマスコット」
「ああ、可愛いだろう」
言って、携帯をかざして僕に見せつける。
いわゆるスマートフォンではなく、普通の国産携帯。
二つ折りタイプだ。

・・・ではなくて。
問題はそのストラップに付いている小さなマスコットである。
ベースは子猫、だろう。きっと。
「可愛くねえな」
僕は素直な感想を口にした。
「なっ! 孝明にはこの愛らしさが理解できないのか・・・」
悔しそうに言う結城。

だってなぁ・・・これは明らかに可愛くない。
子猫なんだからどう弄っても可愛くなりそうなものなんだが。
微妙に溶けたような全体像、大きすぎる目、退化した手足に尻尾。
どっちかというと、不気味の部類に入る。

僕は総じてマスコットと呼ばれるものが苦手だ。
「どうして、基本的に可愛い動物を歪にするのかが分からん」
「孝明・・・それは、ディフォルメと言ってだな?」
「可哀そうな人を見る目で僕を見るな!」
何て失礼な奴だ。
僕だってディフォルメくらい知っている。
「ディフォルメにしたって、度が過ぎると思うんだよ。原型残ってねーじゃん」
猫にしたって犬にしたって熊にしたって、それぞれの可愛さ、美しさがある。
しかし、過度のディフォルメによってそれらは損なわれていると言っていいだろう。
「ふっ、孝明は頭が固いなあ」
「それは否定できんが、お前に言われると超腹立つわー」
普段からわけの分からんことを並び立ててる奴に言われたくはない。

まぁ、それにしたって僕の頭が固いというのはもっともな意見だ。
世の中では、そのストラップのような商品が山ほど売られている。
それだけの需要があり、市場があるということだ。
日本だけでなく、世界中でそういったキャラクタービジネスというものは定着している。
であれば、それを理解できないのは僕の方に問題があるということだろう。
問題があるというのは言い過ぎにしても、マイノリティであることは間違いない。

「例えばこのストラップに付いてるマスコットだが」
再び結城が携帯をかざし、説明を始める。

「チャームポイントは何と言ってもこの大きな瞳だな」
「デカすぎるだろう」
「確かに生物学的にはそうだ。だが、それを言うなら萌えキャラだってそうだろう?」
「まぁなぁ」
萌えキャラは割と好きな方である。
人間だったら、人間だと分かるディフォルメなら、問題なく受け入れることができるのだ。

「まずこの大きな瞳で我々の目を引く。
 そして全体の丸っこいフォルムだ。
 人間、ほぼ無条件に丸いものに愛着を持つらしい。
 そこを上手く突いていると言えるな。
 そして多くのキャラクターは、子供だということもポイントだ。
 子猫、子犬なんかが多いな。
 子供は可愛い、故に無敵だ」
「無敵ですか・・・」
「ああ、無敵だ」
自慢気に繰り返す結城。何かムカつく。

言ってることは、まぁ分からんでもないんだが。
目が大きいものは可愛い、丸っこいものは可愛い、子供は可愛い。
全部その通りだと思う。
しかし、ひとつひとつに細かく突っ込みどころがあるのも事実だ。

「この目って、どこ見てるか分からねえし死んだ魚みたいじゃねえか?」
「そんなことはない。まるで宝石のようじゃないか」

「全体のフォルムもおかしいよな。この生き物、骨ねえだろ。もしくは溶けてる」
「この丸みがいいのだ。癒し効果抜群だな」

「子猫だっつっても、頭デカすぎんだろ。どんだけ脳が詰まってんだよ」
「だから、そういう生物学的なツッコミは無粋だと言っているのだ」

駄目だ、話が通じない!
僕らの議論は、どうにも平行線だった。
僕がキモいと思うものを、そっくりそのまま可愛いと言われては話にならない。
もう価値観がまるで違う、というか見えている物が違うんじゃないだろうか。

これはもう、諦めるしかない。
可愛いと思う人には可愛い。
そうでない人には可愛くない。
それも個性、個人差なのだ。

しかし。
もうひとつだけ、どうしても言っておきたいことがあった。

「そもそも、結城が可愛いストラップを付けてるという事実に違和感がある」

「なん・・・だと・・・!?」
驚愕する結城。
「孝明、俺を何だと思ってる」
「男よりも男らしい女」
「いやまぁ、そういう評価なのは知っていたが、ね・・・」
がっくりと項垂れる。
そして付け足すように一言。
「じゃあ、俺はどんなストラップを付けてるイメージだったのだ?」
「・・・敢えて言うなら、七福神根付とか」
「ネツケ!? 江戸時代の人間か俺は! しかも七福神だと!?」
「コンプリートしててもおかしくない」
「7人も!? どれだけジャラジャラ付けさせる気だ!」
酷い言いがかりだ、と結城はますます凹んでいった。
だってイメージだもん、仕方ないじゃん。

「そもそも、僕が結城に話を振ったのもその違和感からだからなー・・・」
「今日の話は、全部が全部俺を否定するためのものだったのか・・・」
「別に否定はしてねえよ?」
キモいとは思うけど。
・・・ああ、そうか、それが否定なのか。
難しいものである。

今回ばかりは、さすがに結城に悪かったかなと思う僕だった。




INDEX