「百合が流行っているらしいじゃないか」
結城が唐突にそんなことを言う。
いつものことだ。もう慣れた。
「百合って、花の?」
部屋に入るなり意味の分からない発言をする結城に、狼狽えることなく訊く。
「いや、ガールズラブの方」
「あー・・・」
女性同士の同性愛、いわゆるレズ物のことか。
確かに、最近何だかよく目にする気がする。
というわけで、今日のテーマは百合らしい。
「俺にはアレがどうにも分からなくてな」
「やっぱり、女性から見ると異様に映るのかな?」
「そうだな、少なくとも俺にはちょっと気持ち悪く見える」
例えば、と少し考えて結城は言った。
「こういう言い方は少し卑怯かもしれないが、孝明、ガチホモは好きか?」
「嫌いだね!」
即答してやった。
僕にその手の趣味はない。
いや、その手の趣味がある人のことを悪く言ってるわけではないけれども。
「まぁ、そういうことだ。そこまでの嫌悪感はないが、好きだとは言えないな」
それはまぁ、そういうものだろう。
女性同士の恋愛に否定的だという女性は、珍しくない。
「で、だ。最近、どこを見ても百合物ばかりだろう」
「うん、多いような気もするけど・・・どこを見てもってわけじゃないよな?」
実際、それほど百合を前面に押し出した作品は、数えるほどしか知らない。
僕が知らないだけかもしれないけども。
「それは孝明、見解の相違だな」
「ほう?」
「俺は、画面中に女子しか映らない漫画やアニメも百合物と思っている」
「なるほどなぁ。でも、それはちょっと極端じゃないか?」
「そうかもしれないが。にしても、不自然じゃないか」
結城は少し怒ったように、腕を組む。
「その世界には女しかいない、みたいな作品が気になるんだ。
そうなると、その背景には女性同士の繁殖があるのじゃないかと想像するだろう。
ならば広い意味で百合物と言えよう。
もちろん、そんな作品があってもいい。
あってもいいが、多すぎると不気味じゃないか」
結城の言うことも、もっともだと思った。
最近の流行の中には、女性キャラばかりの日常物というものが確かに存在する。
もはや、いちジャンルとして確立するほどの存在感だ。
であれば、それに嫌悪感を抱く――
というより違和感を持つのは、自然かもしれない。
・・・女性同士の繁殖云々はどうかと思うけどな。
「というのが俺の持論というか、感覚だが。孝明はどう思う?」
「僕か?」
そうだな――特に考えたこともなかったけれど。
強いて言うなら。
「要は、ユーザーとしてはキャラ間のマジな恋愛を見たくないんだろうな。
異性間の真剣な恋愛は、どうしてもギスギスするじゃないか。
そういうことにもう疲れてるってことだろう。
だったら、女性だけの世界観を構築してしまえばいい。
間違いなんか起こりようがないからな。
そのように恋愛要素を排して創り上げた世界観に、敢えて再び恋愛要素を持ち込む――
それが今流行の百合作品というわけだ。
これはそれほど深刻なレベルの恋愛要素じゃない。
あくまでも味付け程度のものだ。
それこそ、日常系のギャグで済んでしまう程度の問題だな。
一言でいうなら、究極の癒しを提供するための仕組みということだろう」
「待て孝明。だったら、男同士でも――」
「男なんかフィクションの世界でまで見たくねえんだよ!」
「・・・あー、なるほど。なるほどなぁ。何か、凄い納得したぞ、孝明」
あれ。どうしたことだろう。
言葉とは裏腹に結城がすげえ引いてるぞ。
僕は何も変なこと言ってないのに。
「孝明は未だに男尊女卑なんだなー」
「何を言う。僕は結構なフェミニストだぞ」
「だったら、俺に対してももう少し優しくだな」
「は? 何だって?」
「・・・何でもないよ」
結城は、諦めたように溜め息をついた。
全くもって、おかしなやつである。
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