「強さはすべて数値化すべきだと思うんだ」
自ら持参したスナック菓子を食いながら、結城はそんなことをのたまった。
僕は黙って、それを横からつまみ食いする。
「例えば、アレだ。
『戦闘力たったの5か・・・ゴミめ』みたいな」
「何だか、昨日の気になる台詞みたいだな」
「ああ、それとも重なる。
そういえば昨日の話を美沙にしたが、酷く怒っていたな。
・・・まぁ、それはどうでも良いとして――」
「良くねえ!」
何だそれ、超気になるよ!
むしろ今日の本題をそっちにしてくれねえかな!?
そんな僕の憤りをスルーして、結城は続ける。
「ここで言う強さとは、何も戦闘力的なものに限らない。
バトル以外にも当てはまる」
「・・・どういうことだよ」
蒸し返してもどうにもならない空気のため、しぶしぶ話に乗ってみる。
「極端な話、恋愛モノにも強さの数値化は必要だと思うわけだ。
ああ、何も具体的に数字にしろと言っているわけではない。
客観的に物事の度合を判断できるだけの材料を提示しろ、と言っている」
「うーん、何だかイマイチ良く分からないな・・・」
「だろうな。では、具体例を出してみよう。
A君、Bちゃん、そしてZ君の3名が登場する恋愛漫画があるとする。
A君とBちゃんは告白できないだけで実は相思相愛、そこにZ君が横恋慕という図式だ。
この漫画では、主にBちゃんの揺れ動く心情にスポットを当てる。
BちゃんはA君のことが大好きだ。だが、Z君の猛烈なアプローチにもときめいてしまう。
このとき、BちゃんのA君に対する思いがどれくらいのものなのか?
逆にZ君に対する思いはどれくらいのものなのか?
――と、これらが客観的に分かるだけの根拠が必要だと思うのだ」
「なるほど・・・まぁ、言いたいことは分からないでもないが」
僕は苦笑交じりに答える。
「取り敢えず、その現代の女子大生らしくない妙な喋りはどうにかならんのか」
横恋慕とかリアルに聞いたのは初めてかもしれない。
コイツ、本当に僕と同い年なのか。同い年なんだけどさ。
「つまり数値化というか読者が納得できるだけの伏線を張っておけと」
「然様、いかにも」
だから、何でそんなに語彙が古臭いんだお前は。
今のは若干わざと臭いけども。
「その伏線をはっきりさせることが重要だと俺は思う。
突き詰めると数値化すべきだ、と」
・・・確かに、数値化はもっとも分かりやすい証拠である。
強さ100のヤツは、どう頑張っても強さ200のヤツには勝てない。
しかし、そこに強さ110の仲間が加わると、合計210で勝てるかもしれない。
これは多くの読者にとって非常に納得のいく展開であると言えるだろう。
この数値の部分を納得できるだけのイベントに置き換えよ、とそういうことか。
つまり――。
「A君とBちゃんは幼馴染で、幼稚園の頃には結婚の約束までした仲です。
Z君とは高校で出会い、同じ部活に所属するようになりました。
この条件だけだと、付き合いが長く且つ深いA君の方が明らかに有利です、と。
こんな感じか」
「そうそう。ここでZ君がA君を追い抜いてBちゃんを射止めるのは相当辛い。
そこでZ君のパワーアップイベントとして部活の合宿が発生、二人は良い感じに、
みたいなところだな」
「なるほど。恋愛漫画の教科書みたいなストーリーができたな」
もちろん、教科書通りというだけでは面白味に欠けるのだが、と結城は付け足した。
それにしても、まあ確かにそれなりの説得力があるように思えた。
「世の中、数値化の悪みたいな風潮があるじゃないか。
先の戦闘力なんて、今ではチープだと捉えられているだろう。
気力妖力霊力、名称は様々だが数字にして表現する作品はもはや絶滅したと言える。
しかし、数値化というのはある意味王道。
いくら手を変え品を変えても、突き詰めれば結局は数値化に辿り着く。
ならば、真っ向から否定はできまい。
王道とは否定するものではなく踏襲するものだ。
偉大な先人達が作った数値化という王道は、そのまま流用することは愚の骨頂だが
上手に利用することは必要不可欠だと考える。
つまり、強さの数値化はある種必要悪なのだ」
いつものように、一度も噛むことなく熱弁を振るう結城。
今回のは特に気合が入っており、いつもなら半ばスルーしてしまう僕も
ちょっとだけ聞き入ってしまった。
僕は、感心して思わず呟く。
「うん、そうだな、今回のはちょっと納得した。面白かった」
「おお、そうか。同意してくれるか、孝明」
「うん、結城にしては良かったんじゃないか」
「何点?」
「は?」
「今回のお話。100点満点で、何点くらい? 数値化してくれよ」
「いや無茶振り過ぎんだろ! 僕はそんな立派な評論家じゃねえよ!」
「そこは、取り敢えず100点だと言ってくれよ。つれないなー」
「僕は別にお前の好感度を上げようと思ってないからな!」
珍しく褒めると碌なことがねえな、と僕は溜息を吐く。
心なしかしょんぼりした結城は、袋の底に残ったスナック菓子を口へと流し込むのだった。
|