ときめく台詞を言ってみよう



「何だか気になる台詞勝負。先攻、俺」
植田結城(19歳♀)は、僕の怪訝な視線をものともせずそんなことを言う。

「・・・・・・」
また何か妙なことを思いついたんだな。
僕は、小さく溜息を吐きつつ、諦めた。

「『前の車、追ってくれ』」
「・・・・・・」

「続けてもうひとつ。『俺に構うな、先に行け・・・っ!』」
「・・・ああ、なるほど」

一度言ってみたい格好良い台詞とか、そういうことか。
ルールは何となく把握した。
そういうことなら僕にも心当たりがある。

「『謎は全て解けた!』とかどうだ?」
「お、やるじゃないか」
抑揚なく感心するという器用な真似を見せる結城。

「じゃあ、次は俺だな。『俺、この戦いが終わったら結婚するんだ』」
「それは死亡フラグじゃねえか!」
「気になるだろう?」
「気になるけど!格好良くはねえよ!」
「良いんだよ、気になる台詞勝負なんだから」
若干、僕の認識は間違っていたらしい。
・・・なんだこの勝負。

続いて僕のターン。
「うーん。『お釣りはいらない、取っておけ』」
「ふむ、せこい孝明らしいチョイスだ」
「うるさいな」
だが、否定はできない。こちとら貧乏学生なんだ。

「『世の中、金が全てだ!』というのはどうだ」
「気になるか、それ?」
「俺は気になるな。どういう人生送ったらそんな台詞が言えるのだろう?」
知らねえよ。

「さあ、次は孝明の番だぞ」
「え。うー・・・ん、そうだな」
気が付けば、真剣に考え込んでいた。
何をしてるんだ、僕は。
だがまあ、乗りかかった船というか、単純にヒマだというか。

「じゃあ、『マスター、いつものやつ』」
「ふむ、確かに。どんなに飲食店の常連になっても、『いつもの』で通じるわけがないな」
「だろう。でも、いつか言ってみたいんだよ」
「ああ、調子が出てきたじゃないか、孝明。じゃあ、そうだな・・・」
そこで、彼女は少し困ったように考え込んだ。
もしかして。

「すまん、ちょっと方向性を変えても良いか」
「ネタ切れかよ!」
「いやいや、誤解するな。まだまだ気になる台詞はあるさ。だが、多分・・・」
「歯切れが悪いな」
「ああ、すまない。多分、孝明の求める方向性ではない気がして」
「大丈夫だ、最初からこの会話自体が僕の求める方向性じゃないから」
「なるほど」
納得されてしまった。
それはそれで何か腑に落ちないものがある。

「では、ちょっと毛色を変えて。『開くドアにご注意ください』」
「何だそりゃ。電車のアナウンスか?それのどこが気になる台詞なんだよ?」
「だって、『開くドア』に注意しろってことは、『開かないドア』もあるんだろう?」
「ねえよ!あったとしても、開かないんだから気をつけなくて良いだろ!」
「何を言う。自分が降りようとしてたドアが開かなかったら凄く困るじゃないか」
「そんな心配してるのは、お前くらいのもんだと思うぞ」
「そうか・・・」
同意を得られなかったことに少しだけ凹んでいるように見えた。
コイツはもっと反省すべきだと思う。

と、そこでふと気になることが。
「っていうか、結城。もう少し女らしい台詞はないのか」
「ん?」
「いや、お前な・・・一応女だろうが。さっきから、妙にセレクトが男らしいんだが」
ああ、と今気付いたような反応を示す結城。
「『女王様とお呼び!』とか、こういのがお好みか?」
「好みじゃねえな!」

「『べ、別にアンタのことなんか好きじゃないんだからねっ!』」
「お前、まだツンデレ引きずってんのか!」

「『お兄ちゃん、だーい好き☆』」
「それは明らかに僕への嫌がらせだな!?」
微妙に美沙ちゃんの声色を真似てる辺り、抜かりない作戦だと言えた。
何でこんなヤツが美沙ちゃんの姉なんだろう。

「どうだ、俺だって結構女らしいだろう?」
「いや、何つーか・・・もう、どうでも良いや・・・」
「ふふ、俺の魅力にメロメロだな?」
「どっちかっつーと、ヘロヘロって感じだ」

「お、孝明。バス、来たぞ」
「おお・・・遅かったな」
目の前で、20分も遅れてきたバスが停車する。
「良い暇つぶしになっただろう?」
「まぁ・・・疲れたけどな」
バスに乗り込み、座席に座りながら答えた。
「今から疲れてどうする。デートはこれからだぞ」
「デートじゃねえよ」
ウチの親が映画のチケットを2枚くれたから、何となく誘っただけだ。
「ふふ、帰ったら美沙に自慢してやる」
「な!ちょ、おまっ、余計なこと言うなよ!?」
「何を焦ることがある」
そりゃ焦るだろ。
僕は一人称『俺』の女とデートする気はないし、美沙ちゃんに誤解されたくもないんだよ!
という僕の心の叫びなど通じるはずもなく。
結城は終始上機嫌なままだった。

「そういえば、結城。あの勝負って結局どっちの勝ちなんだ?」
「あ・・・まぁ、その、引き分け?」
「曖昧だな!」




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