ツンデレの意義について



「ツンデレの意義が分からない」
いつものようにウチに遊びに来るなり、結城はそんなことを言ってのけた。
「また唐突だなオイ」
唖然として、部屋の入り口で立ち尽くす彼女を見やる。
まぁ座れ、と座布団を勧め、自分は勉強机の椅子に座った。

「昨日、美沙から言われたのだ。お姉ちゃんはツンデレだよねって」
「・・・結城が? ツンデレ?」
俄かに信じられないことだった。

「ああ。俺のどこがツンデレなのか分からないし取り敢えず否定したんだが。
 美沙が言うには、そういう性格の方が好感を持たれるらしい」
「まぁ、今の世の中、何かにつけてツンデレを持ち上げるけどさ」
だけどそれが現実世界でも通用するとは思わない方が良いんじゃないだろうか。
ううむ、美沙ちゃんは影響されやすいところがあるからな。
今度、何でも鵜呑みにしないように言っておく必要があるかもしれない。
美沙ちゃんが急にツンデレになってたりしたら、僕はその場で自決するだろう。

「例えば、100歩譲って俺がツンデレだとしよう」
「ああ、その仮定にはかなり無理があるが、妥協しよう」
だが、納得はしていなかった。

「俺がツンデレだと、孝明としてはどうだ? 嬉しいか?」
「嬉しくねぇな」
即座に、切って捨ててやった。

「べ、別に孝明の好みを聞き出そうとしてるわけじゃないんだからね!」
「うわ、気持ち悪ぃ」
「勘違いしないでよね! 孝明はただの幼馴染なんだからね!」
「まず、声色を作るところからヤメてくれないか」
「・・・予想してはいたが、不評だな」
「当然だ」

ふむ、やはりな、などと呟く結城。
僕には、コイツの行動理念が分からねえ。
「そもそも、俺としては全ての台詞が『〜だからね!』で終わるところが気持ち悪くて」
じゃあやるなよ。
「〜ね、〜ね、って続くと何だか厭にならないか?」
「いや、すまんが僕にはお前が何を言ってるのかも良く分からないよ」
そもそも、そこはツンデレの真骨頂ではないと思う。
面倒だから口には出さないけど。

「ともあれ、だ。翻って、ツンデレの何が良いのか理解に苦しむ」
「それは、勿論『ツン』と『デレ』のギャップが良いんだろ」
普段怒ってばかりいる厳しい委員長が、放課後ふたりっきりになると優しくなるとか。
威厳あるお姫様が、時折見せる柔らかな笑顔とか。
要はそういう落差にときめくものなのだろう。

「相手の普段は見れない一面が見れる点が良いのだろうか?」
「まぁ、そういう感じかなぁ」

「確かに、相手の色々な面を見れることは楽しみのひとつとして理解しよう。
 だがしかし、『ツン』の部分を全面に押し出す必要はないのではないか?
 排他的とも言える行動・言動は大概においてマイナス要素にしかなるまい。
 となると、現実に即して考えた場合、こちらに『ツン』な態度を取っている人は
 概ねこちらのことを嫌ったり煙たがったりしているのではないか?
 それを『ツンデレだな』と受け取るのはあまりにもバカバカしいし、
 または逆に好感を狙って『ツン』を装うことも意味がないように思えるわけだ。
 無論、天然で、実際の性格として相手に『ツン』としてしまう人もいるだろう。
 その場合も、『私はツンデレだから』として自らの排他的行動を容認すべきではない。
 相手になるべく不快な気持ちを与えないよう配慮することこそ、好感に繋がると――
 俺はそう考えるのだが」

一気に、流れるように、結城はまくし立てた。
・・・僕はもう慣れたものだから、特に引いたりはしないのだが。
「まぁ、言ってることは理解できるけどさ」
そもそも、ツンデレなんて諸刃の剣以外の何物でもないのだ。
拒絶から入るわけだから、それを好感度上昇に用いようとすることこそどうかしてる。
とはいえ。

「まず、漫画や小説の中限定のキャラ付けなんだから、ちょっと極端にはなってるよな」
「なるほど、表現のデフォルメ化だな?」
「そうそう。
 作り話なら、その極端な部分をもれなく味わえる作りになってる。
 だけど、現実世界ではそうとは限らない」
「もっともだ」
「だから、ツンデレが成立するのは作り話か、余程付き合いの長い仲に限られる――
 んじゃ、ないかな」
最後、ちょっと言葉を濁してみた。
学者か何かじゃあるまいし、僕に断言できることなんてそうそうないのだ。

「ああ、そうか。ふむ・・・なるほどな。うん、納得したぞ」
「おお、それは良かった」
結城が、このように素直に納得することは、実は結構珍しい。
大体は禅問答のような答えが出ない議論になり、拡散して収拾がつかなくなるのだ。

「つまり、美沙が言いたかったことは――

『お姉ちゃんと孝明お兄ちゃんは付き合いの長い幼馴染なんだから、
 お姉ちゃんの色んな部分を見せられて、それを受け入れてもらえる、
 そんな作り話みたいな理想的関係なんだよね』

 ということだな?」

「うん、多分違うと思う」

理想的関係というか、ただの腐れ縁です。
そこのところ、美沙ちゃんにはしっかり理解して欲しいなぁ・・・。
ああ、何か、いらぬ誤解とかされているんじゃないだろうか。
心配だ。
結城は、あれー、また分からなくなってきたぞー、とかぼやいている。
もう知ったことじゃねえよ、畜生。




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