「ご都合主義、ってよく言うじゃないか」
ウチでぐだぐだと本を読んでいる最中、結城が寝転んだままそんなことを言った。
適当にしか聞いていなかった僕は、何事かと聞き返す。
「何だって?」
「ご都合主義。漫画なんかで、偶然とか運命とか都合の良いことばかり起こるやつ」
・・・ああ、また独演会が始まった。
基本的に人畜無害な結城だが、時々こうやってわけの分からない議論を始めてしまう。
別にそれが嫌いだとか迷惑だとかいうことはないのだが。
特に、今日のように暇で暇ですることがないときなんかは、詮ない話も悪くない。
「俺は、このご都合主義っていうモノ自体は悪くないと思うんだ。
むしろ、架空の話が架空足り得るのはご都合主義あってのことだと言って良いと思う。
スーパーマンが空を飛ぶのに理屈は要らないし、悟空が突然超サイヤ人になるのも格好良い。
ただなぁ・・・」
「ご都合主義自体が嫌いじゃないなら、何が気に食わないのさ?」
と、お約束の合いの手を入れてみる。
今日の話は割と面白そうな気がした。
ここで僕は、ある程度覚悟を決めて、読んでいた小説を閉じてテーブルに置く。
結城は、まだ寝転んだまま漫画本へ目を向けている。
「俺が厭なのは、作者がそのご都合主義をどう使うか、という点さ。
本来それは、主張したいことや話の方向性を明確にするために使われるわけだろう?
――となると、これは一体どういうことだ」
言って、結城はようやく視線を僕に向けた。
同時に、今読んでいた漫画の表紙を僕に見せる。
可愛らしい女の子がきわどい格好で微笑んでいる、所謂萌え系ってヤツだ。
「あぁ、それか。昨日買ってきたばかりなんだよ」
僕は基本的に、漫画も小説もジャンル問わずで読んでいる。
だから、本棚には全く統一性がなく、初めて訪れた友人からは漏れなく失笑されるのだ。
幼馴染の結城は、その辺も理解しているはずなのだが――
「なあ、孝明。俺は別に他人の趣味に対して非難をするつもりは全くない。
だからこれは非難ではなく純粋な疑問だと受け取ってくれ。
・・・孝明、これは一体どういうことだ」
再びの問いかけ。
どういうことだ、と言われても。
「どうも何も。面白いんじゃないのか?」
「面白い、面白くない以前の問題だよ」
結城は呆れたように溜息を吐いた。
「この漫画、何でやたらと妹がベタベタくっついてくるんだ」
「可愛いからいいんじゃね?」
「そう、そこだ。『妹がくっついてくること』がご都合主義ポイントだということだろう。
つまり、作者は主人公と妹が接触することが目的、命題だと考えているのか?」
「そうだな。妹の着替えを偶然見てしまったとか、お風呂に間違えて妹が入ってきたとか」
「それの、何が楽しい」
うわぁ。
一刀両断だよコイツ。
「ええと、それは・・・なんつーか、説明しないとダメか?」
「是非、説明してもらえないか。でなければ俺はこの作品を楽しめそうにない」
うん。そういう場合は、楽しまなくても良いんじゃないかな。
と思ったが、それは胸の内にしまっておくとしよう。
「だから、だなぁ。こう・・・単純に見た目が可愛いじゃないか」
「妹は、そりゃあ可愛いだろう。だが、この漫画にあるように下着姿を見て興奮する・・・
なんてことは有り得ないだろう?
読者に対して、『妹の下着姿』を提供しても、需要はないんじゃないだろうか」
「いや、あるだろ」
「あるのか?」
いや、そこで僕がシスコンの変態であるかのような目で見るのはやめてくれ。
「・・・僕は、お前と違って実の妹なんかいないからな。色々憧れはあるわけだ」
「美沙は孝明にとっても妹みたいなもんだろう。美沙の下着姿、見て楽しいか?」
「・・・・・・」
ちょっと、何となく、結構、楽しいかもしれない。
・・・これも、胸の内にしまっておくことにする。
ちなみに、美沙ちゃんは今年で高校1年生になる。
お堅いばかりの結城とは違い、のんびりした雰囲気のいかにも守ってあげたくなるタイプ。
小柄で黒髪ロング、昔一緒にお風呂に入ったこともある。
「何故そこで黙る」
肉親の冷たい一言で回想という名の妄想は中断された。
ああっ。視線が痛いっ。
「と、とにかくだ。その漫画の女の子は可愛い顔をしているだろ。それが全てさ」
「むう。確かに、可愛らしい絵柄だと思う」
「となれば、その可愛い女の子と都合良くくっついたりしたいなってのが、
素直な男の願望じゃないか」
「単純に男の欲求としてそうであることは分かる。しかし、俺が引っかかるのは――」
「妹ってとこ?」
うん、と結城は頷いた。
ええい、面倒臭いヤツだなぁ。
「世の中には、妹萌えってジャンルがあんだよ。
実の妹だったり義理の妹だったりは様々だが、要は年下で可愛らしい女の子が良いんだな。
男の欲求として、支配欲とか保護欲とかがあるだろう。
妹萌えってのは、そういった部分を刺激するパターンだ。
妹ならば年下、年下ならばか弱い、か弱いならば守りたい。そういう連想な。
まぁ、これは一例というか、極端な例に過ぎないんだけど。
ともあれ、ここでは血の繋がりってのはそこまで重視されない。
血縁が問題になるレベルの接触はまずないからね。全年齢向けだし。
となると、そこにあるのは『可愛い』とか『守ってあげたい』とかそういう気持ちだろ。
だからこの漫画の妹キャラは、単純な、本能的なところを突いてきてるわけ。
基本ツンツンしながらも、お兄ちゃんのことは大好きだし頼りにしてるよ、みたいな。
そんな妹とのちょっとエロいハプニングは、だからまぁそういう層には需要があるわけだ」
これでどうだ、文句あるか。
そんな感じで言い切った。
「・・・・・・驚いた」
結城は、ぽつりと感想を漏らす。
「孝明がそこまで熱く語るのは、珍しくないか」
・・・しまった。墓穴った気がする。
「そうでもないだろ。あくまでも一般論さ?」
取り繕ってみる。
「いやー、何か、今のは・・・ちょっとした執念を感じたぞ」
ダメだった。
「まぁ、何だ。僕にもこう、そういったところがあるかなーって」
「シスコンか」
「うわぁ! 端的過ぎる!」
妹いないのにシスコン扱いされちゃった。
とはいえ、ある程度納得したのか、結城は再び漫画に視線を戻した。
「ううむ」
何か唸ってる。
まぁ、こうなったら議論もひと段落だ。放っておいて良いだろう。
そう思い、テーブルに置いた小説を再び手に取る。
「・・・そうか」
再び、結城。
「んー?」
「孝明は、こういう妹が欲しいんだな」
「まだ引っ張ってたのか、そのネタ」
「気になるじゃないか」
「気にするな。趣味に対して非難したりはしないんだろう?」
「非難はしないさ。ただ――」
「ただ?」
「孝明の好みは、美沙なのか、と」
「直球だ!」
衝撃のあまり小説を破るところだったぜ・・・。
そこは割とデリケートな問題だと思うんだけどなぁ。
でもまぁ、うん、別に間違ってるとは言わないよ?
「ふむ。参考にさせてもらう」
「どういうことだ」
「俺だって、孝明好みの女になりたいじゃないか」
「・・・そういうことは、まず女らしい振る舞いができるようになってからだろ」
「失礼だな。俺だって女らしいだろう?」
「一人称『俺』の女が言うな。あと、ミニスカートのまま寝転んで足バタバタするな」
「おお、すまんな。いつもの癖で」
「さっきから、がっつりパンツ見えてるからな?」
「そうなのか。・・・エロいハプニング?」
「嬉しくねえよ」
「つれないなー。ご都合主義な展開に興奮とかしてくれよ」
「別に都合良くねーもん」
「・・・孝明こそ、直球じゃないか」
そんな、妹以上に恋愛対象外な幼馴染――植田結城とのいつものやり取り。
何だかんだで、僕も結構、楽しんでいる。
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