センサク。



その日、放課後の部室には委員長がいた。
「あ、柊君、こんにちは。丁度良いところに」
「ごめん、僕実はちょっと急用で」
僕は逃げ出した!
――しかし、回り込まれてしまった!
「ダメですよ、柊君」
そして、僕の腕をガッチリと掴んで言う。
「部室の掃除、手伝ってもらいますからね」
・・・タイミングが悪かった。
まぁ、毎日ここに来てるんだから、たまにはこういう日もあるか。
僕は諦めて、委員長から箒を受け取る。
「へいへい、手伝いますよー」
「はい、よろしい」
我が校の誇る美少女生徒会長は、眩い笑顔でそう言った。

僕達天文学部の部室であるところの理科準備室は、当然のように物が多い。
実験器具から人体模型、薬品に謎の化石。
それらが乱雑に棚に入れられ、あるいは床に積み重ねられている。
これって、多分高価なものばかりなんだよな?
僕らは細心の注意を払いつつ、それらの埃を払ってゆく。
正直、超メンドくせー。マジやってらんねー。
「柊君」
「ひゃいっ!?」
「・・・そんなに驚かなくても」
「ああ、いや、ごめん」
心を読まれたかのようなタイミングに、ちょっと声が上ずってしまった。
「で。どうした? 委員長」
「私は委員長じゃありません」
と、いつものやりとりおやくそく
「・・・こほん。それで柊君、ちょっとお伺いしたいのですが」
「何なりと」
これ幸いとばかりに手を休め、手近な椅子に座る。
委員長は、休むことなく話を続ける。
・・・この辺が、優等生と一般人の違いだ。
「神荻さんのことです」
「あぁ、小麦?」
「ええ。彼女・・・何者なんですか?」
「ナニモノって」
えらくまたストレートな物言いである。
「失礼な言い方になってごめんなさい。でも――私は、あまりに彼女を知りません」
「そうは言ってもな。本人に直接聞けば良いんじゃねぇ?」
「普通はそうしますね。でも、彼女については本人よりも貴方の方が詳しいでしょう?」
「んなことねーって」
「あまり、私を見くびらないことですね。貴方ほどじゃなくても、私だって無能じゃない」
それはまるで僕が有能であるかのような言い回しだな。
光栄だけど、買い被られてもロクなことはない。
「・・・良いよ、僕に答えられる範囲だったらね」
ありがとうございます、と微笑んで、委員長は今度こそ掃除の手を止める。
そして、僕をしっかりと見据えて問いかけた。

「私が知りたいのは、彼女の異常な強さの秘密」

概ね予想通りな質問。
しかし。
「そんなもん、僕にも分からねえよ」
「例えば――格闘技の経験は?」
「見て分かるだろうけど、皆無だね」
「・・・でしょうね。体育が得意、とか?」
「そりゃまあ、得意中の得意だよ。走るのも跳ぶのも全部我流だけど」
「ふむ・・・それは、昔から?」
「いいや、最近になってからだな。小学校くらいまでは普通だった」
最近というのは、無論、ロアと闘うようになってからという意味だ。
聡い委員長は、そんな行間を当然のように察してくれるので話が早い。
「天性のものではない・・・ということでしょうか?」
「どうかな。多分後天的なモノだと思うけど。何だかんだで努力はしてる」
血統、、、という可能性はどうでしょう?」
血統。
――僕は、僅かに言い澱む。
「何か、気になることでも?」
本当に、察しの良い人だと思う。
まぁ・・・小麦も、気にしてる話ではないのだし。
「それについては、本当に分からない」
僕は、正直に答えることにする。
「小麦の両親は、本当の両親じゃないんだ」
「・・・え」
「赤ちゃんの頃に養子に入ったんだとさ。だから、本当の親のことは分からない」
「そ、そんな!」
しまった、地雷を踏んでしまった、といった表情で声を荒げる。
「――そんなことまで馬鹿正直に答えないでよ!」
そこで自分の声に驚いたのか、我に返って言葉を飲み込む。
何というか、珍しいこともあるものだ。
「・・・っと・・・ごめんなさい。・・・私から伺ったことでしたね」
でも、と苦笑して付け加える。
「プライバシーって言葉、ご存知ですか?」
「大丈夫だって。小麦も小萩こはぎさん――小麦のお母さんも、気にしてないし」
そう、至って普通。
冗談交じりに言えるレベルの話である。
当然それを僕が話すことに抵抗がないわけではないのだけど。
しかし、変に気を使おうものなら僕が叱られる。
「小萩さんって仰るのね。神荻小萩――早口言葉みたい」
「ああ、それ気にしてた。たまたまダンナが神荻だったからこんな名前になったのよって」
「神荻小麦も、十分早口言葉だと思いますが」
「『あたしだけがこんな思いするなんて許せないっ!』とか言ってたな・・・」
「結構凄い人ですね・・・」
「ああ、小麦を色んな意味でグレードアップさせた感じだと思えば早い」
それを聞いて、委員長は再び苦笑を浮かべる。
・・・本当に、似たもの親子なのだ。
つくづく、人の内面を形作るのは血だけではないと思わされる。
「そうかぁ・・・じゃあ、血統っていう線は本当に謎ですね」
「だな」

「・・・・・・」
「・・・・・・」

早くも行き詰る小麦分析会議。
「・・・っていうかさ」
耐えかねて、僕は逆に質問する。
「何でそんなに小麦のことを知りたがるのさ?」
「何でって」
すると、委員長は涼しげに――当たり前のように、呟いた。

あの娘は異常だから、、、、、、、、、

――異常。
それは勿論、異常だ。常軌を逸している。
だけど。
「それは君だって一緒だろ? ロアと闘うなんて普通じゃない」
「そうじゃありません。ロアと闘うのは基本ベースです」
委員長は、笑わない。誤魔化さない。茶化さない。
ありのままの気持ちを口にする。
「それを踏まえて、同じロアと闘う者として、理解できないと言っています」
理解できない。
それはきっと、僕が委員長を理解できないのと同じような気持ちで。
「神荻さんは、正直、私なんかとは次元が違います。あの強さは、有り得ない、、、、、
「僕には、ある意味では君の方が強いように見えるけれど」
「そうですね、スピードと戦略くらいは私の方が上でしょうか。だけど」
委員長はそこで言葉を区切る。
「骨折を数日で癒す超回復、そして、武器を選ばない戦闘スタイル」
武器――先日の黒巫女戦の話か。
あの時の話は、当然みんなに報告済みだ。
「あの時は確かに武器を使ったけど、普段は使わないぜ?」
「それが既に異常だとどうして気付かないのですか」
「・・・まぁ、なぁ」
そりゃ、武器を使った方が強いのは当たり前だよな。
つまり。
「武器を使っても使わなくても、彼女はロアに勝てるのです」
馬鹿にされた気分ですよ、と委員長は吐き捨てた。
小麦は今、自分に合った武器を探し始めているように見える。
もし、小麦がそれを見つけ出すことができたら。
きっと、小麦は、今よりもっと強くなる。
委員長では到底太刀打ちできないほどに。

そうか。
「君は、小麦をライバル視してるわけだ」
実に意外な事実だった。
「・・・何の話をしてるんですか」
「いやー、あの二条三咲が、ねぇ?」
「ちょっと。何か、甚だしく誤解を受けているような」
「それくらいの方が、親近感があって良いと思うよ、生徒会長?」
「私は委員長ではありま――あう」
秘技・お約束崩し。
弱点を握ると途端に強気になる僕だった。
「誤解しないで下さいね。私は別に彼女をライバルと認識したわけではありませんから」
気を取り直し、宣言する。
「私は、より自分を磨くために――強くなるために、調査しているだけです」
「ああ、了解。そういうことにしておこう」
「釈然としませんが・・・まあ、納得してもらえたとしておきましょう」
どうしよう。
何故かニヤニヤが止まらない。

と、そこで更にひとつの疑問。
「委員長は、何でそんなに強くなろうとするの?」
僕は、掃除を終えて帰り支度をする委員長に問いかけた。
「強くなる理由、目的・・・ですか?」
「うん」
すると、彼女は・・・アノ時のように、淫らに笑って言った。

「――性欲、ですね♪」

・・・ああ、聞くんじゃなかったなぁ。
さようなら、と言って部室を出て行く委員長を見送りながら、心底後悔するのだった。



INDEX