セイギノミカタ。



年が明けた。

気を抜けない年末を経て、気を抜けない年明けとなってしまった。
それもこれも、全部あの変態夕月のせいだ。
・・・年明けからイライラすることこの上ない。
ともあれ、何事もなかったのだからよしとしなければならないだろう。
僕は、意識して気分を変える。
息を吐き、
「行ってきます」
そう言って、玄関から外へ出る。
今日は小麦と初詣へ行く予定になっていた。

待ち合わせは、神社の前。
予定の時間丁度に辿り着くと、既に着物姿の小麦が待っていた。
「おーそーいー」
僕に気付くなり、目を尖らせて抗議する。
「あぁ、悪ぃ。つか、遅れてはないぞ」
「あたしは10分くらい待った」
「そか・・・。そりゃ、寒かったよな。ごめん」
分かればよし、と妙に偉そうに言う。
お赦しが出ましたよ。ありがたやありがたや。
・・・僕はやっぱり悪くないと思うのだが、相手は小麦だし。仕方ないところだろう。
「っと。それはそれとして――明けましておめでとうございます」
改めて、礼儀正しく小麦が頭を下げた。
「うん、明けましておめでとうございます。今年もよろしく」
僕もそれに答える。
頭を上げると、小麦は何だか照れ臭そうにはにかんだ。

それにしても――と、僕は思う。
小麦の着物姿は、丁度1年ぶりになるか。
去年の初詣の時は特に何も感じなかったのだが・・・やっぱり、高校生になると変わるのかね。
あの小麦が、妙に大人っぽく見えてしまう。
華やかなピンクの着物を纏う女性の隣を普段着の僕が歩くという図も、なかなかシュールだ。
馬子にも衣装、ってヤツかな。
どう形容すればいいのか分からない感覚を、そうまとめることにした。

名前も知らないその神社は、初詣客で溢れかえっていた。
普段からすれば10倍、いや100倍・・・否、普段が基本ゼロだから何倍してもダメか。
とにかく信じられないくらいの人出だった。
多分、この神社の賽銭収入はこの3が日だけで年間の9割超だろう。
「小麦、迷子になるなよ?」
「子供扱いすんなっ」
脛を蹴られた。地味に痛いじゃないかバカヤロウ。
「しかし、何でこうも並ぶかね・・・僕には理解できん」
「そりゃ、お参りするからでしょ?」
「それにしたって、さ」
僕は、拝殿(というか賽銭箱)へと続く行列に並びつつ愚痴を漏らす。
無宗教な僕には、列に並んでまでお金を払う神経が分からなかった。
ま、あんまり言うと一緒に来てる小麦にも悪いし、これ以上は押し込むことにするけれど。
小麦は、何だか楽しみにしてたみたいだしな。進んで空気を悪くする理由もない。

行列に並ぶこと、約30分。
賽銭箱へ5円玉を投げ入れ、トータル30秒ほどのお参りが完了した。
この時間配分にはどうにも納得がいかないが、もうこういうものなのだと諦めるしかあるまい。
一方、同じく参拝を終えた小麦は何が楽しいのかハイテンションでおみくじを買い、
「うはー、また凶だ! 今年も凶だってよハル君! すげー!」
とひとしきり騒いでそれをその辺の木の枝に結んでいた。
基本的にクジ運の類は悪いヤツだから、この程度のことは慣れっこなのである。
多分、大凶でもめげないな、コイツは。
そもそも大凶なんて本当に入っているのか疑わしいけど。
いや、多分入ってないな。ここ数年同じ神社に来ているが、未だ凶しか見たことがない。
小麦が複数回くじを引いて、一度も最低が出ないなんてことは有り得ないだろう。
・・・と、ちょっと論理的でないことを考えると、少しだけ可笑しくなってしまった。
「お、ハル君やっと笑ったね」
「ん? あー、そんなに仏頂面してたか、僕」
「うん、最近は結構笑わなくなったかなー」
どうも、小麦にまで心配されているらしい。
「僕だって、笑うこともあれば笑わないこともあるさ」
適当に、はぐらかすことを言う。
「何だそれー」
何がツボにはまったのか、けらけらと声を出して笑った。
ううむ、こうやって妙にバカ騒ぎしてるのも、僕を心配してのことなのだろうか。
だとすると、何だかやっぱり自分が情けなくなってしまう。
だから、というわけでもないけれど。
「じゃ、帰るか」
僕は、少し無理して笑顔を作ってそう言った。

「・・・お。ハル君ちょい待った」
「どした?」
神社を出てすぐ、住宅街に入ったところで小麦が立ち止まる。
エモノ、、、発見」
「・・・・・・えぇー?」
嫌悪感丸出しの声を漏らす僕。
「行ってきます!」
「ちょ、マジか! 正月から!」
「正月とか関係ないね! あたしはあたしの道をゆく!」
格好良さげに言ってもダメです。
「・・・ちっ、仕方ないか」
言い出したら聞かないのが小麦の小麦らしさである。
だから、僕に出来ることは・・・いつだってひとつしかないのだ。
「じゃ、小麦ちゃん戦闘モード入りまーす」
「戦闘モード?」
何のことだろうと思って小麦を見やると。

そこには、自ら着物の裾を縦に切り裂く馬鹿がいた。

「なっ、ばっ、ばバばバカかお前! もしくはアホか!」
「ふふん。これが小麦ちゃん戦闘モードお正月バージョンなのだ」
裂けた裾から白い太腿を露出させながら、小麦は高らかに宣言した。
そりゃ、それだけがっつりスリット入ってれば動きやすいだろうけども!
着物って超高いだろうに!
「大丈夫!これはお母さんお手製の小麦ちゃん仕様だからね」
「え?」
言われて、スリット部分をまじまじと見つめる。
ふむ・・・確かに、無理に引きちぎったような感じではない。
元々この着物にはスリットが入っていて、普段はそれが分からないように止めてある仕組みか。
全く、小麦のお母さんにも困ったものである。技術の無駄遣いはやめて欲しい。
ちょっと、ドキドキしちゃったじゃないですか。
「さて! 改めて・・・行ってきます!」
言って、小麦は走り出す。
僕も、それを見失わないように後を追う。
・・・体力勝負は、ガラじゃないのになぁ。

小麦の目的は――「いじめっ子いじめ」。
いじめっ子を探し出しては、現行犯で相手をとっちめる・・・と言うと伝わるだろうか。
要は、お仕着せ正義の味方である。
自ら揉め事に首を突っ込んでは暴力的に解決するという、何とも小麦らしい行為と言える。
当初は対ロアのための訓練の一環だったのだが、もはやこれ自体が趣味になってしまっていた。
ここでの僕の役目は当然、小麦と一緒に闘うこと――なんかではなくて。
可哀想ないじめっ子の皆さんが、せめて死んだりしないよう助けて差し上げることである。
小麦に目を付けられた以上、多少の打撲、出血、骨の2、3本は覚悟してもらうとして。
心臓を貫くとか頭を潰すとか塵にするとか灰にするとか、そこまでイってしまうとヤバい。
だから僕は、被害者加害者問わずこっそり逃がしてあげたり介抱してあげたりする必要がある。

小麦は、独自の聴力(だけとは言い切れない)で割り出した現場へと急行した。
住宅街の細い路地裏、リアルに治安の悪そうな場所である。
そこでは、いかにもなお兄さん3名が中学生くらいの男子2名からお金を恵んでもらっていた。
っていうかカツアゲだ。正月だし、お年玉狙いだろうか。
お兄さん達は、頭の悪そうな髪で、痛そうなピアスをどこかしらにしてるようなパンクな方々。
男子中学生の方は、まあ普通の?マジメそうな子達だった。
そこに。
「そこまでだ、悪党どもぉ!」
定番且つ最低の掛け声で、小麦が割り込んだ。
びしっ! とお兄さん3人組を指差す。
多分、キメポーズのつもりなのだろう。着物のヒーローなんてこの世にいねぇよ。
お兄さん達は、そんな頭のおかしい少女の登場に唖然とし――半笑いになるのだった。
うん、はずかしい。そういう意味で、逃げ出したい。
でもまぁ・・・取り敢えず、僕は僕の仕事をしましょうか。
ふう、と大きくひとつ息を吐いて、呼吸を整える。
そして、中学生男子2名に手招き。
「こっちこっち。今のうちに逃げてねー」
二人して泣きそうになりながらも「へ?」という顔をする。
そりゃまあそうだよな。
・・・でも、ちょっと急いだ方が良いかも。
「ん。いいからいいから。危ないよ、そこにいると――」
「おいテメ、何フザけてんだ?死にてェの――」

「そのお兄さん達の巻き添えを食うからね」

その台詞が終わるより早く、お兄さん1(鼻ピアス)は空を飛んだ。
たっぷり1秒は滞空し、受身も取れずに地面に叩きつけられる。
みんな、柔道の授業はちゃんと受けた方が良いぜ。
残る二人は、1秒強だけ鳥になったお友達を呆然と見下ろしている。
「正義の味方、小麦ちゃん登場っ☆」
――正義の味方は、殴った後に名乗るようなことはしない。
と心の中で突っ込みつつ、中学生二人を安全な場所まで誘導する。
「おお、おまっ、何モノ」
「あたしの超絶カッコイイ名乗りを聞かなかったバカは死ね」
はい出た全力小麦キック。
お兄さん2(3連耳ピアス)が、ちょっと考えられないくらいの速度で水平に飛んだ。
脇腹にクリーンヒットしたから、多分アバラが2本くらいイってるなー。
折れた骨が肺に刺さってないといいけど。
っていうか、ついこの間僕もアレを食らったんだよな。
・・・よく生きてたな、僕。
さて、残るはお兄さん3(口ピアス)ただひとり。
とはいえ、その惨状に耐えられる精神の持ち主でもなかったらしく。
「な、ば、バケモノっ!」
と、至極当然の感想を述べて走り去って行った。
っていうか友達は放置かよ。
仕方ないので、倒れた二人がそれ以上小麦に苛められないよう道の端っこへ寄せることにする。
二人とも気絶してるだろうし、難儀だな――
そこでふと小麦の様子を伺うと――無表情のまま、妙に体を震わせていて。
「バケモノ・・・?
 この最強超絶美少女小麦ちゃんを捕まえて、バケモノ・・・だって・・・?」

・・・お兄さん3、ごめん。君はもう、明日の朝を迎えられないかもしれない。

既に10メートル以上も離れたところまで逃げているが、ま、小麦から逃げ切るのは無理だろう。
とにかく僕は、目の前で二つの尊い命が散らなかったことを幸運に思うことにした。
合掌。
――気付くと、助けたはずの中学生二人も必死こいて逆方向へと逃げていくところだった。
仕方ないっちゃ仕方ないわなぁ・・・。

「いやー、何か、途中からあたしもよく分からなくなっちゃってね?」
「怖ぇよ、マジ怖ぇよお前・・・」
えへへ、と笑ってごまかそうとする小麦。
いやいや、それじゃごまかされませんからね!?
結局、先に倒れたお兄さん二人を安全な場所までずるずる引きずって。
無駄かなーと思いつつも、瞬歩レベルの速度で敵を追いかけた小麦を探した。
5分程辺りを探してやっと見つけ出したのだが、丁度、お兄さんの頭を踏んで土下座させ、

「あたしって、可愛いでしょ? 可愛いわよね?」
「ひ、ひゃい・・・」
「うん。うん。そうでしょ。もう一度、はっきり言い直しなさい?」
「か、可愛い・・・でしゅ」
「『世界一可愛いです、小麦様』でしょ?」
「――こむ、ぎ、しゃま」

という、とても楽しそうなやり取りをしているところだった。
お兄さんの顔は別人のように腫れており、髪もところどころ抜けていて、前歯がなかった。
愉快な愉快な拷問タイム☆が繰り広げられていたものと考えられる。
にしても、約5分少々でヒトの容姿ってここまで変わるものなんですね。
・・・マジ怖ぇよ!
「いや、だってさー。あれはアイツが悪いんだよ? あたしにヒドいこと言ったー」
それ以上にヒドいことしたのはどこのどなた様でしょうかね。
僕は大きく溜息を吐く。
「まぁイイじゃない? 今日も正義の味方小麦ちゃんの活躍で町の平和は守られたのだ!」
「へいへい」
もう、何を言っても無駄だと思った。
・・・実際、あんなチンピラどもなんかどうなったって良いしね?
まさか「ロリっ娘にフルボッコにされました。テヘ」なんて被害届は出さないだろう。
取り敢えず見なかったことにしようそうしよう。うんうん。
そういえば――。
僕はふと、気付いたことを口にする。
「っつーかさ、小麦」
「んー?」
「着物、全然汚れてないし・・・破れたりもしてないな」
「ふふん、当然でしょ。あの程度のやつら、あたしの着物を汚すこともできないわ」
どこの悪役だ。
「まぁ、そうだろうけどさ」
「そうそう、そんなの心配する必要ないってば」
「つってもさ、心配はするよ。折角、小麦が可愛くしてるんだからさ」
――っと、口が、口が滑った。
はっとするが、言った言葉は戻せない。
僕は何て・・・恥ずかしいことを!
焦りや動揺で、背中に冷たい汗が流れる。
恐る恐る・・・隣を歩く小麦を見やると。

「か、かかか、可愛いって、あ、あた、当たり前っ、そんなの当たり前でしょっ!!」

真っ赤になって、全力でシタバタ悶えていた。
コイツ、見知らぬ他人には強要してたくせに・・・。
それから二人、一言も喋ることができずに、小麦の家の前まで辿り着いた。
「じゃ、じゃあ・・・またな」
「うん、ばいばい」
そんなそっけない挨拶だけして、小麦を見送る。
玄関のドアを開けて中へ入ることを確認すると、僕は振り返って歩き始めた。
はぁ、何だって言うのかね、全く。調子狂うったら――
「ハル君っ!」
――と、そこで背後から小麦の声。
玄関からひょっこり顔だけ出す形で、一言こう言った。
「今日は・・・初詣一緒に行ってくれて、ありがとねっ」
手を振って、慌ててドアを閉める小麦。

・・・本当に全く一体全体、何が何だって言うんだろうね。



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