5番目のマキオ:4



マキオの姿が完全に消失して、どれくらい経っただろう。
薄笑みを浮かべ、惚けた委員長を囲む3人は、無言で立ち尽くしていた。
小麦なんか、完全に引いている。しかも、やたら僕の方を見てるし。
――面倒なことは僕の役割かよ。
とはいえ、いつまでもこの状況のまま、というのは確かに辛い。
僕は諦めて、否、仕方なく、止むを得ず、委員長に声を掛ける。
「い、委員長・・・?」
「んー? なぁに、ひーらぎくん」
自分から見てちょうど左の位置に立つ僕に対し、ぐるりと首だけ傾けて、
下から覗き込むようにして答える。
軽く怖ぇよ、それ。
「えーと、何だ。大丈夫か?」
「うん、大丈夫・・・ぜっこーちょーだよぉ。くふ」
・・・先生と小麦が、一歩引いた。卑怯者どもめ。
けど、一応会話は成立してるし、さっきまでと違ってちゃんと句読点を入れている。
若干は、コチラに戻ってきている、、、、、、、、、、、と見て良いだろう。
「ん、じゃあ、立てる・・・か?」
「うん、立てる・・・いや、ちょっとキツイかなぁ」
「手、貸そうか」
「うん、オネガイ」
おっかなびっくり、委員長に近寄って手を伸ばす。
委員長は、その手をゆっくりと掴もうとし――そのまま腕を掴んだ。
そして、物凄い力で一気に引き寄せる。
警戒していたにも関わらず、僕はバランスを崩し、多分委員長の目論見通り、
彼女に覆い被さる形で倒れこんでしまった。
「な、何を――」
「くふふふふ、ひーらぎくぅん。私ね、まだカラダが熱いんだぁ。
 今なら――何されても、良いかなってカンジ」
「えーと。なんつーか、委員長。帰って来い?」
「なぁに? 女の子に興味ないの? それとも――私、魅力ないかな?」
「そうじゃないけどさ」
「じゃあ、いいじゃん。ちょっとだけ、あそぼ?」
「待て待て。落ち着くんだ、委員長」
「落ち着いてるよー。カラダ以外は。くふふふふ」
――駄目だ。少しは戻ってきてると思ったけど、実際さっきよりはましだろうけど。
淫乱サイコからサイコを引いたら淫乱だけが残りました。
みたいな。
いや、普段の委員長とのギャップを考えるとちょっと来るものがあるけど。
あー、何か良い匂いがする。委員長のシャンプーの匂いかなぁ。
・・・そうじゃなくて。
「とにかく、もう帰ろう、委員長」
いい加減、委員長を組み伏せて腕立て伏せ一時停止状態を続けるのも限界だ。
色んな意味で。
「あーん、つれないの。っていうか、ひーらぎくんはやっぱ小さい娘が良いのね」
「な! なんだそりゃ! 人をロリコンみたいに言うんじゃねえよ」
「だって、何だかんだで神荻さんじゃないと欲情しないんでしょう?」
「ん・・・どういうことだ。何で僕が小麦に欲情するんだよ?」
言ってる意味が分からない。
――と思った瞬間、横から物凄い衝撃を受けて、僕の体は吹き飛んだ。
あ。僕今、生まれて初めて空を飛んだかも知れない。
「いい加減にしろっ! ハル君の浮気者っ!」
遠くから、小麦の声が聞こえた。
気がした。
そこで意識が飛んだから、良く分からないけれども。

目を覚ました時、最初に目に入ったのは見知った天井だった。
そのままぐるりと辺りを見渡す。
部室、らしい。椅子を数脚寄せ集めてベッド代わりにしてあるらしかった。
「おー、目ェ覚ましたか」
部屋に居るのは、先生だけ。小麦と委員長の姿は見当たらない。
「災難だッたな、心配したぜ」
「厄介ごとを完全に丸投げしておいて、心配したはないでしょう」
天井を見上げたまま、独り言のように呟いた。
先生は、お決まりの香気アロマをふかしながら言う。
「まァそう言うな。お前も役得だッただろ?」
「役得って何ですか」
「委員長に言い寄られたり。委員長に抱きついたり。委員長の乳揉んだり」
「胸は揉んでないですよ・・・」
「嘘吐け、あの状況で揉まなかったらおとこじャあねェだろうがよ!」
「どんな偏見ですか、それは!」
「それとも何か、脚か! 脚の方を攻めたのか! 羨ましい奴め!」
「僕はアンタと違って脚フェチじゃねぇ! っていうか半泣きかよ!」
アンタは本当に女なのかと疑いたい。見た目だけは立派に女教師の癖に。
思春期真っ只中の男子高校生の女性幻想を見事にぶち壊しやがって。
これで僕が男色に転んだら、間違いなくこいつのせいだ。転ばないけど。
「――で。小麦と委員長はどうしたんですか?」
「あァ、一足先に帰したよ。委員長は小麦に任せた」
任せた、って、ちょっとちょっと。
「・・・大丈夫そうでしたか?」
「いや、何かあいつ小麦にも言い寄ッてたな。
 『女の子同士の方がキモチイイって知ってる?』とか何とか。
 小麦の貞操が無事なら良いが」
「シャレになんねえ!」
「ま、二人とももう大人なんだから、何かあっても大丈夫だろ?」
「そんなわけあるかー!」
「祝ッてやれよ、お兄チャン。赤飯でも炊いてさ」
「悪趣味も極まったなこのセクハラ教師!」
最低だ、速攻追いかけないと。
ロア相手ならまだしも、あの委員長相手じゃ分が悪い。
「じゃ、僕も帰りますから」
慌てて立ち上がろうとする――が、動けなかった。
脇腹付近に走る激痛。小さな呻き声と共に、僕は再び簡易ベッドに沈んだ。
「無理すんな。多分、折れてる」
「マジで!?」
「うん。小麦、遠慮とかしてなかッたからなー。フルパワーで蹴り入れてたぞ」
何てことだ。よりによって、全開小麦キックかよ。
そりゃ空も飛ぶし骨も折れるわ。っていうか良く生きてたな、僕。
はぁ。まったく何でこんなことになったのやら・・・。
「ま、ここは諦めて――少し先生と話でもしようや」
先生が声のトーンを落とす。少し、モードが変わったらしい。

「虎春、お前どこまで読んでた、、、、?」

そのものズバリ、直球過ぎる質問。先生らしいといえばそれまでか。
多分、とぼけても嘘を吐いても誤魔化してもはぐらかしても、無駄だろう。
「基本的に、委員長の件は全く読めていませんでした。あんなの完全に想定外です。
 で、ロアの方は――これも結局最後まで分からずじまいですね」
「それは、マキオの件についてのことか?」
「いいえ。そのさらに裏の件について、ですよ。マキオの件は殆ど問題じゃない。
 結局、推測はしたものの回答は得られず次回へ続く、といった感じでしょうか」
「ふん、興味あるな。その辺、聞かせろ」
いいですよ――と言いながら、僕は今日の放課後のことを思い出す。

「今回の件は、最初ハナっからどこかおかしかったんですよ。
 そもそもの発端は、不良4人組がやらかしたことでしたよね?
 今日確認してみたんですけど、問題の不良達はマキオのことなんて知らない――
 というか、今でも良く分かってなかったんです。
 しかも、ここが一番引っかかったところなんですが。
 僕が知ってる彼らって4人組じゃなく『3人組』なんですよね。
 委員長の話から、そのグループについては大まかにアタリは付いてました。
 でも、彼らは4人組じゃない。だから僕は、人違いだと思ったんです。
 で、確認したところ、これが何と僕が知る3人組で間違ってなかった。
 その日は、たまたま、一人追加になってただけらしいんですよ。
 しかも、3人が3人とも、その最後の一人を知らないと言うんです。
 XはYの知り合いだと言う。YはZの仲間だと言う。Zは――Xのツレだと言う。
 みんな、4人目については、友達の友達、、、、、だと言うんです。
 であれば、暇つぶしにスクエアをやろうと提案したのも、5人目を『マキオ』だと
 最初に言ったのも、それに――スクエア中にマキオから肩を叩かれた、、、、、、、、、、、のも、全部、
 間違いなくソイツ――『W』なんだろうな、と推測したわけです。
 結局最初から最後まで徹頭徹尾、『W』の計画通りだったんじゃないでしょうか。
 ――と、まぁこんな感じなんですけど。どうですか、先生」
「あァ、成る程ね。こいつァ面白くなッてきやがッたな畜生」
「でも、こいつの目的って、何なんでしょうね。
 何も知らない生徒を誑かして、マキオを召喚させて・・・一体何がしたいのやら」
「まあな。でも、そんなモンは考えるだけ無駄かも知れねェぞ」
「無駄?」
「理由なんかない、愉快犯かも知れねェ。というか俺は逆にその方が納得するね」
――愉快犯。
確かに、そう考えた方が納得がいくというのも分かる気がする。
というか・・・現時点では、そう考える以外に現実的な推測ができないのだ。
これだけ堂々と姿を現しているというのに、肝心な証拠は何も残っていない。
何せ人の記憶に残らないのだ。これほど完璧な証拠隠滅もないだろう。
と、ここで問題になるのは、どうして記憶に残らないのか、という点だが。

仮説1、奴は人の記憶に残らない何らかの技術を持った人間である。
仮説2、奴は人の記憶を操作する能力を持ったロアである。

どちらにしても恐ろしいし、そしてどちらにしても現時点で対策案はない。
僕達は、結局今回も何もできていないのだ。
一歩だって、「友達の友達」に近づけていないのだ。
まだ、目立った害があるわけではない。
だけど、だからこそ、僕は怖くて仕方ない。
分からない、ということほど――この僕にとって恐ろしいことはないのだから。

――以下、余談。

「しッかし、委員長ッてああ見えて実はアレなのな」
「ええ、アレでしたね」
会話も一段落して――話題が向かったのは、やはり委員長のことだった。
「つーか、武器が剃刀ってどうよ?」
「あー・・・そうそう、ちょっと思い出したんですけど。中学生の頃のこと」
「あァ、そういやお前ら中学校同じだッたよな」
「ええ。中学時代、ある時ふと見ちゃったんですよね。
 ・・・委員長のカッターシャツの袖口から、手首に巻いた包帯を」
「・・・・・・」
見事に、先生は黙り込んだ。
口を半開きにし、呆れとか恐怖とか、そういうのが綯い交ぜになって・・・
結果、薄笑いになった。
っていうか、痙攣してるし。
「もしかして、自傷癖があったりして」
「で・・・もしかして、いついかなる時もお守りみてェに剃刀持ッてたりして」
「もしかして、その理由が血を見るためだったりして」
「更にもしかして、自分好みのオトコノコの血を見ると最高に欲情したりして」
「あ、あは」
「あはははははははは」
あーあ、辻褄合っちゃったよ畜生。
・・・怖ぇ! 超怖ぇ! 助けて小麦!

最後に、ポツリと先生が言った。
「・・・身裂みさきの三咲ミサキ、なーんて」
「・・・駄目です、それは洒落になってません、マジで」
「・・・うん、ごめん。先生、一寸無理してた。本当にすみませんでした」
こんなに素直な先生は、はじめて見た。
けど、それを堪能する余裕なんて、あろうはずもなかった。



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